第40話 動き出す! 魔王三邪神!!

 コルティオールのとある山脈。

 魔王城の謁見の間には、狂竜将軍・ガイルと通信司令長官・アルゴムがいた。


 ガイルの前には魔法陣が描かれており、その中心には棺が置かれている。


 魔王ベザルオールは2000年の時を生きる魔族。

 その間には幾度となく戦いの日々が繰り返され、強大な女神がいる時代は劣勢に立たされることもあった。


 その時に生み出したのが、魔王三邪神である。


 だが、3体の邪神はその力が強大過ぎるため、常に傍に置いておくのが憚られる存在だった。

 そのため、有事が再び訪れるまでの間、ベザルオールが自ら封印を施していたのだ。


 その封印が、100年の時を経て解かれる時が来た。


「ベザルオール様。用意が整いました」

「が、ガイル殿……! この中に、邪神が眠っておるのですか?」


「そうか。アルゴムは知らないのだな。確かに、この棺の中には邪神がいるのだよ。三邪神はそれぞれ、力、魔、夜を司る。ここに封じられているのは、力の邪神なのだよ。その能力は、我々五将軍よりも強いと評すに値する」


「な、なんと……! では、ガイル様よりも!?」

「バカを言うな。私は魔獣を越える狂竜を身に宿した魔族。いかに邪神が相手とは言え、そう遅れは取らぬのだよ」



「……あの。それでしたら、ガイル殿が農家を征伐なされたら良いのでは?」

「くっくっく。それな。アルゴム、よくぞ申した。余もそれを言って良いのか、ずっと迷っておったのだ」



 ガイルは首を横に振る。

 そして、神妙な表情で言った。


「恐れながら、我が主ベザルオール様。三邪神は長年封印されていた者。そのようなものに、あなた様の傍仕えが果たせましょうか? 恐らく、100年の間に色々と忘れておりますぞ。ベザルオール様のお気に入りのマグカップの場所をすぐに言えるのは、この私、狂竜将軍・ガイルだけでございます」


「くっくっく。なるほど。一理ある。余のマグカップをうっかり割られては敵わぬからな」

「ご理解頂けてなによりでございます」


 アルゴムは色々と言いたい事があったのだが、それを全て飲み込んだ。

 とても苦かったため、彼はスプーン一杯の砂糖を欲した。


「では、ベザルオール様。封印の解除を……!」

「よかろう。……ぬぅん! 蘇るが良い、我が忠実なる神の名を持つ者よ」


 魔法陣から真っ黒な光が立ち上り、その光が消えるタイミングで棺の蓋が開く。

 中からは、細身の青年が現れた。


「こ、このお方が!? 力の邪神、でございますか!?」

「いかにも。くっくっく。目覚めた気分はどうだ。力の邪神・メゾルバよ」


 力と名の付く者であるから、さぞかし逞しい肉体を持つ豪傑だと考えていたアルゴムはいささか拍子抜けした。

 メゾルバと呼ばれた青年は色も白く、腕は細い。


「これは魔王様。お久しぶりです。我の眠りを覚ますとは、何事ですか?」

「ガイルよ、説明してやれ」


「はっ。メゾルバ、久しいな」

「ガイルか。随分と大きな口を叩くようになったじゃないか。100年前はゴミのようだったのに。相当な努力の成果が見られるな。結構、結構」


 アルゴムはガイルと対等に、もっと言えば少しばかり見下している態度のメゾルバに言い知れぬ脅威を感じた。

 差し出口を挟めるはずもなく、彼は事態を見守っている。


「実は、女神軍にとんでもない猛者が現れたのだよ。五将軍のうち、既に3人がその男に倒されている」

「ほう。五将軍か。今は誰がその任についている?」


「ギリーとヴィネは若いゆえ、貴公は知らないだろうな。ブロッサムも敵の手によって敗れ去ったのだよ」

「ブロッサムが負けたからと言われても。我にとってあの男は片手で相手をしても事足りる小物ではないか」


 メゾルバは両手を組んで背伸びをする。


「分かった。我が行って、その敵を殺してこよう。今の女神軍の規模は?」

「当代の女神と四大精霊だ。が、正直、ヤツらはさほど脅威にもならん」


「はて。ガイルは異な事を言う。ならば、他に戦力があるのか?」

「先ほど言った、敗れた五将軍だがね。それがそのままそっくり、女神軍の一員になっているのだよ」



「ベザルオール様。100年ののちでは、このような冗談が流行っているので?」

「くっくっく。夢ならばどれほどよかったでしょう」



 どうやら、ベザルオールも事実を認めているらしいと判断したメゾルバ。

 「分かりました。我が行って、首を人数分この場に並べてご覧に入れましょう」と言うと、無愛想な表情で謁見の間から出て行ってしまった。


「どうですか。100年ぶりのメゾルバは。私が察するに、力は衰えていないようでしたが」


 アルゴムも感想を述べるべきだと思い、具申する。



「あの不遜な態度からすると、かなりの戦闘能力なのですね!?」

「くっくっく。正直、余も思った。あれ? なんか距離感近くない? とな。あやつは見た目が若いままゆえ、余計に怖かった。くっくっく。できればもう会いたくない」



 飛竜に乗って、アルゴムは100年ぶりのコルティオールの空へと飛び出して行った。

 目指すは春日大農場か。

 それとも——。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 三邪神の1人が復活したとは知らない春日黒助。

 彼は、今日も仲間たちと農作業に励んでいた。


「明日からの3日間は、仕事を休みとする。俺も出勤してこないので、各班のリーダーは水やり係のシフトを組むように」

「なんでよ? あんたにしては珍しいわね。現世で何かあるの?」


「正月が来る。本来ならば、農家に盆も暮れも正月もないのだが。今年はお前たちがいるのでな。久しぶりに家族水入らずで過ごさせてもらおうと思う」

「ああ、いいんじゃないの? あんた働き過ぎだもん。休みなさいよ。こっちの事は3日くらいならわたしが指示だしておくから」


「ミアリス」

「なによ?」


「お前、どんどん有能な農家になっていくな? うちに嫁ぐか?」

「なぁ!? は、はぁ!? 急に何言って……!! べ、別に嫌じゃないけど……!! いくらなんでも急よ! そりゃあ、わたしだって乙女なんですから? 結婚に憧れがないって言ったら嘘になるけど……。すぐに返事なんてできないし!!」



「そうか。鉄人なら喜んで結婚したと思うのだが。残念だ」

「……あんたはそーゆう男だったわ。即答しなかった自分を胴上げしたい気分よ」



 その日の作業もきっちりこなした黒助。

 「何かあったら連絡して来い」と言い残して、転移装置に消えていった。


 春日黒助、実に4年ぶりの正月休みである。

 3日間全部休めるとなれば、これはもう高校時代以来になる。


 戦士の休息の時が訪れた。

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