第39話 死霊将軍・ヴィネ、肥料を作る
今日も1日頑張りましょうと朝礼を終えると、黒助の仕事が始まる。
ちなみに今朝は軍師も一緒である。
「どうしたのよ、鉄人。あんた、現世で忙しいんじゃなかったの?」
「ああ、平気っすよ! ネットカフェでジョジョ一気読みしようと思ってたんですけど、兄貴に頼まれたら仕方ない!」
「ぬぅ。察するに、そのジョジョとやらは兵法書の類ですかな?」
「さっすがゴンゴルゲルゲさん! 鋭いー!! 皆さんって特殊能力持ってるじゃないですか! だったら異能バトルの王道は読んでおくのがベターかなって!!」
雑談をしていた鉄人のところに、朝礼を終えた黒助が戻って来た。
「すまんな、鉄人。お前の大事な座学の時間を奪ってしまった。身を裂かれる思いだ。帰ったら小遣いをやるから、それでソフトクリームのあるネットカフェへ行くと良い」
「兄貴、太っ腹!! お小遣いくれる時はこっそりお願いね! ほら、柚葉ちゃんと未美香ちゃんが不公平を感じたら良くないから!!」
「鉄人……お前……!! その気遣い、もはや人の領域を凌駕している……!!」
「多分ですけど、妹さんたちにじっとりした目で見られるのが嫌なんだと思いますぅ」
イルノさん、正解。
諸君、お気付きだろうか。
四大精霊の中でも、特にイルノの察しが日に日に良くなっている事を。
彼女は水の精霊。
人のコミュニケーションの事を水の流れに喩える事もあるならば、もしかすると水の精霊には相手の思考をトレースする奥義が存在するのかもしれない。
開花の時を静かに待とうではないか。
「ウリネ。今日はお前に頼みがある」
「スイカなら、もう2週間もすれば最初に植えたヤツが出荷できるよー」
「そうか。素晴らしい働きだな。やはりスイカ班を任せて良かった」
「へっへへー! ボク、農業に向いてるからなぁー! なにせ、土の精霊だしー!!」
「その土の精霊を見込んで、協力してくれ。鉄人が考えてくれたのだが。これが実現すれば農場としてもかなり助かる」
「んー。てっちゃんが考えたってのがなんかヤダけどー! 分かった、行くー!!」
黒助は「よし。しばらく農場を任せるぞミアリス」と告げて、西の出入り口から外へ向かって歩いて行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
春日大農場の西に5キロほど行くと、大きな岩の陰に沼地がある。
ジトジトした湿気は訪れる者を辟易させる。
「な、なんだってんだい!? 黒助、あんたがあたいを訪ねて来るなんて!! ……まさか、ここに住むのかい!? 掃除するから、30分待ちなよ!!」
そう、ここは死霊将軍・ヴィネの住居である。
ものを腐敗させる能力がメインウェポンのヴィネ姐さんは、うっかり農作物を腐らせないように畑を出禁になっている。
が、今回はそんな農作物に愛されない女、ヴィネが輝く時である。
「鉄人が言った。聞くが、ヴィネ。お前のスピリットなんとかボールは対象を腐らせる。それで問題ないな?」
「いや、まあ腐らせる事もできるけどね? あの魔法は、相手に呪い属性の攻撃を加えるものなのさ」
「そうか。そこでだ。ウリネに今、この辺りの木々を集めてもらっているのだが」
「そ、そうなのかい。それとあたいに何の関係があるんだい?」
「ちょっとエビル何とかで、その木を腐らせてくれ。土と混ぜたいのだ」
「何を言ってるのか、さっぱり分からないんだけど」
「お前にしか頼めんのだ。それとも、できんのか?」
「任せときな! 黒助の頼みで叶えられないものなんて、あんたを嫌いになれ以外は存在しないよ!!」
ヴィネは非常に扱いやすく仕上がってきている。
普段はほとんど放置しているのに、たまに会えば勝手に好意値を蓄積させる。
攻略難易度はZだろう。
ただし、黒助に限ると注釈は付くが。
「クロちゃーん! いっぱい木とか枯れ葉とか集めたよー!!」
「ご苦労だった。……思った以上に多いな」
「だってさー。ボク、土の精霊だもん! 土に関わりのあるものはみんな、ボクの言いなりなのだよー!! ふっふっふー!!」
「何と言う頼もしさか。しかし、敵に回すとなんと恐ろしい」
黒助は、ウリネに操作されて農作物に反旗を翻された世界を想像した。
あまりにも辛かったため、そのシミュレーションは2分で終わる。
だいたい6回ほど黒助がストレスで命を落としたと言う。
「これにあたいが『エビルスピリットボール』を撃てばいいんだね!」
「そうだ。俺のツナギを台無しにして、乳首を露出させた時くらいの威力で頼む」
「あの時の乳首……忘れられないねぇ! 目を閉じれば浮かんでくるよ! 黒助の乳首!! ああっ、逝っちまいそうだねぇ!!」
「そうか。逝く前に腐らせてくれ」
ヴィネは魔力を集約させて、『エビルスピリットボール』を放った。
すると、見る見るうちに木々が朽ち果て、落ち葉は腐る。
「よし、そのくらいでいいぞ。……確認させてもらおう。……ふむ」
地面に手をついて、黒助はヴィネが腐らせた土を念入りに触る。
そして匂いをかぎ、当然のように口に含んだ。
「ヴィネ!!」
「は、はいっ! なんだい!? あ、あたい、粗相をしでかしちまったのかい!?」
「想像以上だ! この腐葉土には無限の可能性がある! お前、考えていた以上にずっと使えるな!」
ヴィネには黒助が何を言っているのか分からなかったが、自分が褒められている事だけは分かり、幸せだった。
なお、黒助は新たに作られた肥料に夢中でそんな表情に一瞥もくれなかったという。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ヴィネ」
「……何度も名前を呼んでくれるなんて! 今日はサービスデーかい!? それとも、あたいは死ぬのかい!?」
黒助は乱暴にヴィネの肩を掴んだ。
その豊満な胸がプルンプルン震えるが、彼にとってはどうでも良いらしい。
「死んでくれるな! 明日にでも、この辺りに施設を建てよう。ミアリスの創造に頼ればすぐだ。そして作る施設は肥料研究所。そこの所長がお前だ。やってくれるか」
「あ、あたいが、黒助の農業の役に立てるってのかい!?」
「ああ。そう言っている」
「やるよ! あたい、やって見せるさ!! あんたのためになら、あたいは何にだってなれるのさ!!」
「そうか」
「その素っ気なさ……!! くぅぅぅぅっ!! 逝っちまいそうだねぇ!!」
黒助は「では明日また来る。勝手に逝くなよ」と言い残して、農場へ帰って行った。
実はヴィネの力には『発酵』と言う、肥料のさらにその先の可能性が眠っているのだが、まだその事実に黒助は気付いていない。
死霊将軍・ヴィネ。
彼女が春日大農場に大きく貢献するのは、もう少しだけ未来の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます