第38話 女神・ミアリス、現世に行く

 その日もしっかり働いた春日大農場のメンバー。


「よし。今日もみんな、ご苦労だった。明日は休みにするから、しっかりと疲れを癒してくれ。ギリー」

「な、なんすか!?」


「お母上の腰が悪いらしいな。オーガたちから聞いたぞ。これを使え。実家から持って来た。温湿布だ。貼るとじんわり温まって、なかなか気持ちがいい」

「く、黒助の旦那ぁ!! すんまっせん!! 母ちゃん喜びます!!」


 従業員の家族にも目を配る男、春日黒助。


「ブロッサム」

「はっ! 吾輩ならばここに!!」


「いちいち跪くな。労力の無駄だ。それよりも、コカトリスの養鶏場を作る話を進めたい。計画がスタートする際にはお前に養鶏班のリーダーを任せるつもりだから、準備しておいてくれ」

「はっ! しかし、吾輩はまだ農家になって日が浅いですが。よろしいのでござるか?」


「コカトリスについてお前よりも造詣が深い者はいないだろう? 信頼は確かに時間が必要だ。だからと言って、はなから従業員を信頼しないバカがどこにいる。ゲルゲ。こいつはなんかキャラがちょっとお前と被るから、色々と相談に乗ってやれ」


「ははっ! ブロッサムよ、今宵はワシとサツマイモを肴に語り明かそうぞ!」

「良いのか、ゴンゴルゲルゲ! すまぬが、世話になる!!」


 新規事業にも臆さずに踏み出す男、春日黒助。


「おい。セルフィ」

「ひゃい!? う、ウチ、ちゃんと言われた事やったし!? 何なん!? 黒助、怖いんだけどー!!」


「別にまだ何も咎めてないだろう。最初の3日間、よく働いたな。気合の入っていない者は脱落する頃だが、お前はよくやっている。今週の春日大賞はお前だ。スイカを2玉ほどやろう。ウリネ辺りに美味い食べ方を聞くと良い」

「な、なぁ! 別に、そんな風にわれても、ウチ農業が好きになったりしないかんね!? ……スイカは嬉しいけど」


 新規就労者に優しい男、春日黒助。


 だいたいの連絡事項を終えると、彼は母屋に戻りシャワーを浴びて汗を流す。

 が、その前に重要な事を伝え忘れていた事に気付き、黒助は浴室から顔を出した。


「おい、ミアリスはいるか?」

「なによー。ってぇ、あんたぁ! どうして裸でわたしを呼ぶのよ!?」


「人体すら創造できるのに、今さら裸も何もないだろう。それよりも、聞くが。お前は現世、つまり俺の世界に来ることは可能か?」

「質問の意図がよく分からないんだけど」


「そうか。女神の力をもってしても無理だったか」

「いや! 待ちなさいよ! そっちの世界に行くんでしょ? 余裕よ、余裕!! 創造の女神なめんじゃないわよ!! ふふんっ!」


 黒助は鍛え抜かれた胸板をタオルで拭きながら、満足そうに答えた。


「そうか。それは良かった。では、明日。俺の世界の時間で午前5時に来てくれ」

「えっ!? えっ!? なんで!? どーゆうこと!?」


 必要最低限の事しか伝達しない男、春日黒助。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌朝。

 時間きっかりに転移装置をくぐって来た女神。


「来たか、ミアリス」

「言われたら来るわよ! って言うか、さすがにわたしだって別の世界に来るのは躊躇するのよ!? 魔法も使えないし……。なんか怖いし……」


「おはーっ! ミアリスさん、いらっしゃーい!!」

「おはようございます! 今日は本当に助かります!!」


「お、おはよ。未美香と柚葉を見ると、ちょっとだけ心が休まる気がするわ。で、わたしはどうして呼ばれたワケ?」

「あれ? お兄に聞いてないの?」


「う、うん。全然聞いてないけど」

「兄さんもうっかり屋さんなんですからー。そんなところがまたステキです!」


「えっ? ステキじゃないわよ? あれ!? 黒助は!?」


 ミアリスが気付くと、黒助の姿は既にそこになかった。

 なんだか嫌な予感が倍増した気がして、ミアリスの心細さが増していく。


 しばらく柚葉と未美香と3人で雑談していると、黒助が戻って来た。

 頭髪が寂しい中年男性と一緒に。


 彼らは「今日はよろしくお願いします」「いや、なに。春日さんの頼みならね」などと、何かの打ち合わせをしている様子であった。


「ああ、これがミアリスです」

「なるほど。こちらが噂の。どうも、お嬢さん。はじめまして。日本語で大丈夫ですかな?」


 丁寧な物腰の中年男性に対して、ミアリスも「あ、大丈夫です」と応じる。

 相手のファーストコンタクトが丁寧だと、ついこちらも低姿勢になってしまうのは異世界共通らしかった。


「今日はな、年末朝市に参加する事になっている。柚葉と未美香が手伝ってくれのだが、うちも作物の量が増えたからな。売り子の手が欲しかったのだ」

「あ、ああ。そう言う事ね。だったら最初から言いなさいよ!」


「そうですかぁ。なるほど、コルティオールと言う国では、皆さん羽が生えておられるのですね?」

「えっ!? いえ、コルティオールでも羽があるのは女神と四大精霊の数人だけですけど」


「はいはい。なるほど、なるほど。特殊な環境なんですねぇ。スッポンポンの評判が良いので、今日は是非、現地の方にお話を聞きたいと思いましてね」


 ミアリスは黒助に顔をくっ付けて、「ちょっと来て!!」と彼を引っ張る。

 女神にも分からない事はあるもので、彼女は不安を吐露した。


「ちょ、ねえ! 誰なのよ、あのおじさん!!」


 黒助は「そう言えば紹介していなかったか」と言って、続けた。



「あの人は、農協の岡本さんだ」

「あの人が!? あんたがコルティオールの軍師に推そうとしてた!?」



「そうだ。岡本さんには朝市をはじめ、主に市場への出荷でお世話になっている。特にスッポンポンは出所が不確かだと言う理由で市場から追放されそうなところを助けてもらった。今日はしっかりと聞かれた事に答えてくれ」

「コルティオールを普通に受け入れてくれている辺りに、そこはかとない大物感は漂っているわね……」


 それから、黒助と柚葉に未美香。

 そこにミアリスが加わって、年末朝市に繰り出した。


 売れ行きは盛況で、これには黒助も岡本さんもにっこり。


「ほわぁー! ミアリスさん、売り子の才能あるよー! 超売れてるじゃん!」

「本当ですね! 皆さん、ミアリスさんの前にある商品から手を伸ばしておられます!」


「そ、そうかしら? ふふんっ! 本来ならば女神が売り子なんてしないんだけど、求められたら応えるのも女神の仕事だものね!! さあ、スッポンポン、安いわよ!!」


 この日、女神・ミアリスは自分の中の殻を破ったと言う。

 その生き生きとした売り子姿には、岡本さんも太鼓判を押す。


「春日さん。年明けの朝市でも、いい場所を確保させてもらいますよ。こりゃあ大したものだ」

「ありがとうございます。では、年明けにも必ずミアリスを連れてきます」


 それから定期的に現世の朝市に女神が出没するようになるのだが、その話はまた、いずれ機会のある時にでも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る