第37話 風の精霊・セルフィ

 コルティオールは女神が統べる。

 それを補佐するのが四大精霊。


 今更すぎる事を確認したのには理由がある。

 四大精霊と言うのに、春日大農場にいる精霊はイルノ、ゴンゴルゲルゲ、ウリネの3人。


 風の精霊が足りないのだ。


 ミアリスいわく「あの子はホントに気ままな子だから」と、言わば上司である女神ですらさじを投げているきらいがある。

 そんな風の精霊が、風の気まぐれにふらりとやって来た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おおっ! マジでミアリス様たち、農業やってる! ウケるんだけど!!」

「誰だ。その見た目から察するに、モブじゃないな?」


 風の精霊・セルフィ。

 彼女は魔王軍と戦う時もあれば、1ヶ月くらい音沙汰なく出かける放浪癖を併せ持つ、非常に掴みどころのない精霊である。


 春日大農場にやって来たのもただの気まぐれ。

 だが、ファーストコンタクトが春日黒助だったのは風の運んできた不運だった。


「あなたが噂の農家? ふーん。あんまイケてないね。マジで強いの?」

「なんだか知らんが、ミアリスの知り合いか? ならば、働け」


「あーね。そーゆう束縛ってウチが一番嫌いなヤツ! ちょっと遊びに来ただけだし! 『ウィンドスピア』!!」

「むっ。妙な魔法を使うんじゃない!! 『農家のうか手刀チョップ』!!」


「へぇー! ちょっとはやるじゃん! ……って、あれ? 待って、なんであなた風と同化してるウチに触れんの? あ、えっ? ちょ、やだ!?」



「俺の知らん魔法を使う時は! まずその仕様と効果について申請しろと言ってあるだろうが!! このバカタレ!!」

「ふぎゃっ!? い、いったーい!! なんでこの人、風を掴めんの!?」



 「魔法とは想像力の集合体である」とは、女神ミアリスの言葉であり、コルティオールにおける魔法の基礎知識の1つ。

 つまり、黒助の解釈だと「気持ちひとつでどうとでもなる」と言う事らしい。


 魔法の神髄について理解した黒助は、また1つ上のステージへとレベルアップしていた。

 メンタルが最強の黒助。


 「魔法のひとつくらい触れずに農作物を収穫できるか」と考えた瞬間に、彼の体は魔力で構築されたものを掴み、破壊する術を理解していた。


「おい、ミアリス! ちょっと来てくれ!!」


 最強のその先へと歩み始めた黒助。

 ならば、ちょっと呼んだだけで女神が急いで飛んでくる。


「なによー。ってぇ! あんた、セルフィじゃない! あれだけ招集かけても来なかったあんたが……。ねえ、そのギャグみたいなたんこぶはどうしたの?」

「やはりお前の関係者だったか。一応手加減はしたが、得体の知れん輩だったからな。先制攻撃を加えておいた」


「えっ、ああ、そうなの? でもさ、黒助? あんたって女は殴らないんじゃなかったの?」

「ああ。妹たちと同じ性別の者に暴力などもってのほかだ」



「あのね、この子。セルフィって女の子なんだけど」

「なに!? 体にまったく凹凸がないのにか!? 胸板など、ゲルゲの方が豊かなのにか!? それは俺の確認ミスだ! すまなかった!! ええと、胸に風穴の精霊!!」



 春日黒助は言葉だけで四大精霊を屈服させる。

 セルフィは「酷いこと言われたぁ!!」と、ミアリスの胸の中で泣いた。

 ミアリスの胸がそこそこ豊かだったので、セルフィは更に泣いたと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 母屋に戻ったミアリスと黒助。

 プラス、傷心のセルフィ。


「黒助様、どうなされた……ぬおぉ!? セルフィではないか!!」

「ホントだー! セルフィだー! 超久しぶりだねー!!」

「イルノは会うの数年ぶりですぅ。元気そうで良かったですぅ」


 驚きを隠しきれない精霊たち。

 黒助はミアリスに確認した。


「おい。このセルフィとやら。もしかすると問題児か?」

「あー。うん。そうなの。四大精霊で1番強いんだけどね。その分、ワガママに育っちゃってさ」



「体の方はワガママどころか慎ましいのにな」

「ヤメてあげてくれる? さっきからセルフィ、まったくあんたの方を向かないんだけど」



 セルフィの見た目は、確かに乱れていた。


 髪型はやたらと長いサイドテールであり、振り向くたびに近くにいる者の顔面を襲う。

 精霊に似つかわしくないアクセサリーだらけの服。

 他の3人とは明らかに反抗的な立ち居振る舞い。


 黒助は「なるほど」と頷いた。


「校則を守らんタイプの問題児か。ギャルと言うヤツだな」

「うん。ギャルが何なのかは分かんないけど、あんたの見立てが外れてたことないから。多分それで合ってると思うわ」


 後日、軍師と言う名のただ飯食らい。またの名を春日鉄人によって、「ああ、この子は間違いなくギャル枠! 分かってるなー! 女神軍、属性被りがないんだもん!!」と、太鼓判を押されたセルフィ。


 彼女はギャルだった。

 鉄人が言うのだから、間違いはない。


「聞くが。セルフィ。お前は何ができる?」

「……ヤダ。無理。この男子は無理。キモい。ウチ、生理的に無理」


 黒助に駆け寄るイルノ。ゴンゴルゲルゲ。そしてウリネ。


「なるほど。つまり、風の精霊は空を自在に飛び回れるのか。……水撒きに使えそうだな。いや、上手くすれば種まきにも転用可能か?」



 四大精霊の3人に速攻で情報を売られたセルフィであった。



 日頃からちゃんと精霊活動に参加していないからそういう事になる。

 ギャルだって、学校行事に積極的なタイプは割と好かれるものなのに。


「ヤダ。ウチもう帰る。ノリで来ただけだし。農業とか無理」

「あー。セルフィ? それはもうね、手遅れなのよ。ごめんね?」


「俺は働く者が好きだ。だが、働かない者を見捨てたりはしない。セルフィ。心が迷って逃げたくなる時もあるだろう。その時は、俺が地の果てまで追い続けて、農業に従事させてやるから、安心しろ! もうお前の魔力は覚えた!!」


 黒助は農業をしながら、戦士としても成長を続けている。

 魔力の判別ができるようになった彼からは逃げられない。



「よし、セルフィ! 今日から頑張って農業従事者になろう! 大丈夫だ! 俺がついている!!」

「ちょ、まっ!! ヤダ!! なんでウチがこんな目に!? 誰かぁ! 助けてよ!!」



 セルフィの救いを求める声に応える者はいなかった。

 日頃の行いがいかに大事であるかを、彼女は我々に教えてくれる。


 バイブスがアガって自分からアリ地獄に落ちて来た風の精霊・セルフィ。

 奇しくも四大精霊が全員揃って春日大農場の従業員になった瞬間でもあった。


 不良ギャルは農業を通じて真っ当な道に戻れるのか。

 新たな挑戦が今、始まる。

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