第34話 最強の農家、ちょっとだけ本気を出す

 戦場に到着した春日黒助。

 ファンシーな柄のパジャマを着ていた。


 続けてやって来るミアリスとイルノ。


「大丈夫!? あんたたち! ウリネが呼んでくれたのよ!」

「た、大変ですぅ! すぐに治療をしますぅ!!」


「イルノ。ヴィネの治療も頼む」

「はあ!? 死霊将軍よ、この女! ダメよ、ダメ! 何考えてるのか分かんないもの! 仲間割れを装って、隙を作ろうとしてるのかもしれないじゃない!!」


 ミアリスの判断は正しかった。

 女神軍の指揮を執る者として採点をすれば、85点は固い。


 だが、黒助は反論する。


「事実として、この女にうちの従業員は守られた。ならば、義理を返すのがトップとして正しい対応だ。仮にヴィネが寝首をかこうと言うのなら、やってみるが良い。言っておくが、俺の首はそんなに安くはない」



「は、はぁぁ……! いいねぇ、やっぱり春日黒助は最高だよぉ! あたい、その言葉だけで逝っちまいそうだ……!!」

「うん。わたしが間違ってたわ。こんな表情を演技でしているなら、もう運が悪かったと思って諦める。イルノ、治療してあげて!」



 ちなみに、イルノの治療魔法はネクロマンサーのヴィネにとっては毒である。

 だが、「せっかく黒助が手配してくれたんだよ!」と愛に殉じる構えのヴィネは、ウリネが指摘するまで治療で命を落とす覚悟だったと言う。


 恋は魔族の命まで奪うらしかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 穏やかではないのはブロッサムとギリーのコンビ。

 黒助の不在を狙った事がこの作戦のストロングポイントだったのに、その優位が一瞬で消えてしまった。


 地上に降りて来たブロッサムは、ギリーに告げる。


「撤退だ、ギリーよ! 吾輩とうぬ、2人がかりでもあの農家は倒せぬ!!」

「旦那ぁ! 分かってるけどよぉ!! あんたのすぐ後ろまで迫ってんだよ!! 鬼みてぇに怖い、異次元農家の姿がよぉ!!」


 黒助は全力疾走をしていた。

 最強の肉体とは言え、必要以上の力を出そうとすれば、脳が無意識にそれを留める。


 そのようにして、人体は怪我の予防に努めているのだ。


 しかし、この春日黒助と言う男のメンタルは史上最強。

 脳の「これ以上は無理です!」と言う指令を「黙れ」と無視する事が出来る。


 結果、100パーセント最強の体を使いこなす黒助。

 彼のクラウチングスタートからの全力疾走は、もはや瞬間移動であった。


「お前は確か、面白生物のブロッサムだったな。生きていたか。そっちのヤツはしっかりと覚えているぞ。うちの農場にちょっかいをかけて来た、シャーリーだったはずだ」



 割と全然覚えていないのだが、2人は反論しない。



 こうなれば、究極の二択を迫られる。

 無意味を承知で逃げ出すか。

 虚しい特攻を仕掛けて派手に散るか。


 もう、命が助かると言う選択肢がない事だけは2人も理解していた。


「グォオアァァァァァァッ!! ギリーよ! うぬは逃げよ!! ここは吾輩がどうにか時間を稼いで見せる!」

「だ、旦那ぁ! あんた、オレなんかのために……!!」


 感動的な義理と人情のシーンだが、春日黒助は容赦しない。


「……うぉぉぉぉらぁ!! 『農家のうかパンチ』!!」



「えぺぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ひゅぅぅぅぅぅぇんっ!!」

「だ、だだ、旦那ぁぁぁぁぁ!!!」



 ブロッサムとギリーが最期の挨拶を交わしている間に、力を溜めていた黒助。

 彼には魔力などないので、「力を溜める」と言っても「気合を入れる」と言う意味になるのだが、気合が入ったパンチと言うのは何故だか普段よりも強力になるものである。


 結果、ブロッサムは遥か彼方に吹き飛んで行った。


「さて。後はお前だな。メアリー」

「は、ははっ。勝てるわけがねぇ……! 狂獣や鬼人にビビりもしねぇで躊躇なくぶん殴るなんて……。人間じゃねぇよ、あんた!」


 目に涙を浮かべて最期の言葉を紡ぐギリー。

 だが、そのセリフに黒助は反応する。



「ちょっと待て。俺は人間だ。しかも、割とハートフルなタイプの人間だ。面白生物のお前たちに人間じゃないと否定されるのは極めて不本意だ。俺には妹たちがいる。妹たちが今のセリフを聞いたら悲しむだろう。取り消せ、マリー」



 有無を言う暇もなくぶん殴られるだろうと覚悟していたギリーも、これには困惑する。

 だが、もはや逃げる気はなかった。


「あんた、妹がいるのか。オレにも故郷に家族がいた……。最期に挨拶くらいしとくんだったなぁ……」

「なに? お前にも家族がいるのか?」


「いるさ。年老いた両親と、弟が1人。これからは敗北者の家族として誹りを受けるだろうなぁ。だけど、生きててくりゃ、どうでもいい」


 黒助は握った拳を振り抜かず、静かに頷いた。

 そこにミアリスが飛んでくる。


「なにやってんのよ、黒助! こいつも五将軍の1人なのよ! 早くやっつけちゃって!!」

「ダメだ、ミアリス。俺は動物の出て来るテレビ番組が好きなんだ。特に、動物の家族が協力して生きていくドキュメンタリーには弱い。思わず泣いてしまうんだ」



「うん。うん? ごめんね、黒助。最近はあんたの事を分かった気になってたけど。ちょっと何言ってるのか分かんない!!」

「このオマリーと言う鬼人にも、家族がいるらしい。……家族がいつまでもモーリーの帰りを待っていると思うと。なんか気分が乗らなくなった」



 ギリーは敵に情けをかけられている事を悟る。

 黒助がいない時間帯を狙った、奇襲と言う卑怯な作戦を用いたにも関わらず、目の前の農家は顔も知らない自分の家族を慮る。


「負けだ。オレの、オレたちの完敗だ。命をあんたに差し出そう。首をはねるなり、心臓を握りつぶすなり好きにしてくれ!!」



「おい、話を聞いていたか? お前を殴りづらいという内容のセリフだぞ? 頭が悪いのか? ぶっ飛ばすぞ?」

「えっ!? あ、すみません。おっしゃる通りです」



 黒助は「とりあえず、こいつらを農場に連れていって後の事を考えよう」とミアリスに告げる。

 ミアリスはもちろん反対したが、「俺の農場に誰を連れて行っても問題なかろう?」と、最後はジャイアンみたいなパワープレイの理屈で押し切られた。


 ギリーはミアリスとウリネによって捕縛魔法を二重にかけられ、連行された。

 ひと山越えたところで瀕死になっていたブロッサムは黒助が走って回収して来た。


 彼はブロッサムを引きずりながら歩く。

 その道中、ふと気になった事があり、黒助はギリーに聞いてみた。


「聞くが。このブロッサムにも家族はいるのか?」

「いや。魔王五将軍の中で家族がいるのはオレだけだって聞いてるぜ。どいつも何十年、何百年と生きてるからよ」


 黒助はにっこりと笑う。



「それは良かった! ブロッサムは天涯孤独か! じゃあ、こいつがごねたらまた殴ろう!!」



 ギリーは故郷の家族を思い浮かべて、感謝した。

 「オレの家族でいてくれて、ありがとう」と。

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