第32話 春日黒助が帰った後に始まる夜戦

 2つの太陽が山の向こうに沈むと、春日大農場では終業の合図。

 それぞれの班が引き上げていく。


 黒助はそれを見届けてから、何か変わったことがなかったかを各班のリーダーに確認をする。

 そこで問題がないようであれば、日報を翌日にチェックする事で情報共有を成すのが彼らのやり方である。


「それでは、俺は帰る。今日の見張りはゲルゲとウリネに任せる」


「ははっ! 心得ましてございまする!! この命に代えても農場は守りまするぞ!」

「ゲルゲ。お前は本当に命をかけるから困る。いざとなったら逃げろ。作物も大事だが、俺はお前の存在も稀有だと感じている。作物はまた作ればいいが、お前は死んだら生き返らんだろう」


「ぐぅ! あ、ありがたきお言葉……! このゴンゴルゲルゲ、生涯忘れませぬぞ!!」

「ゲルゲ。もう少し肩の力を抜け。あと、感激するな。ちょっと暑い」


 やる気が天元突破しているゴンゴルゲルゲ。

 対して、ウリネはと言えば。


「ゲルゲのおじさんがいればボクって必要ない気がするんだよねー。ねーねー。ボクはお留守番じゃダメなのー?」

「ウリネ。タダでお前を働かせようとは言っていない。冷蔵室にあるスイカ。1玉食べて良いぞ」


「えー!? ホントー!? もぉー、仕方ないなぁー! クロちゃんがそうまで言うんなら、ボクも農場の平和を守ってあげるー!!」

「そうか。すまんな。まったくお前たちは頼りになる」


 四大精霊の扱い方が上手くなって来た春日黒助。

 未だに姿を現さない風の精霊・セルフィを除けば、コルティオールの女神軍は既に黒助の手の平の上と言っても過言ではない。


「ミアリスとイルノはしっかり寝ておけ。明日は朝からスイカの苗を定植する。農協の岡本さんが安く大量に手配してくれた。ミアリス、マルチが大量にいるから、特にお前はよく休んでおけ。魔力を使うと疲れるのだろう? もう寝ろ。今すぐに寝ろ」


「はいはい。分かったわよ。マルチも創造し慣れて来たし、まあ、任せときなさい!」

「イルノも頑張りますぅ! スイカ、たくさん育つと嬉しいですぅ」


 女神と精霊たちに「では。今日もご苦労だった」と挨拶をして、黒助は転移装置に消えていった。

 残った女神軍も、各々が風呂、着替え、食事を済ませる。


 そののち、ゴンゴルゲルゲとウリネは農場の警戒を開始した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 危機はすぐそこまで迫っていた。


 魔力を極限まで抑えた五将軍が一人、魔獣将軍・ブロッサム。

 同じく、鬼人将軍・ギリー。


 彼らは春日大農場が見える位置に塹壕を掘り、そこに潜伏していた。


「旦那。間違いなく異次元農家は自分の国に帰ったぜ」

「うむ。吾輩もしかとこの目で確認した。であれば、ギリーよ」


「奇襲作戦の好機は今ってヤツだな! 旦那!!」

「見たところ、四大精霊が警らしているようではあるが。所詮は精霊。吾輩たちに負け続けてきた者どもよ。恐るるに足りず!!」


 黒助に煮え湯を飲まされた将軍コンビは、黒助の留守を狙うと言う空き巣のような作戦でリベンジを達成させようとしていた。

 彼らは異界から来た農家の実力をその身で味わっている。


 ゆえに、もはやプライドもなければ恥もない。



 春日黒助が怖くて仕方がないのである。



 だが、魔王軍にも帰りたい。

 もう、暗い洞窟でカエルやトカゲを食べる生活にはうんざりなのだ。


 そのために、彼らは「女神軍の拠点を破壊した」と言う手柄を得るべく、立ち上がった。


「手筈通りに行くぞ、ギリーよ」

「おう! オレがまず、結界にどでかい穴をぶち空けるぜ!!」


 魔獣将軍・ブロッサムは『狂獣進化トランスフォーム』を済ませ、鬼人将軍・ギリーは拳に魔力を溜めている。

 彼らは一気に農場へと駆けだした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「むむーっ! ゲルゲおじさん! 緊急事態だよー! おっきい魔力が2つ! ボクのいる方に走って来るよー! これ、将軍クラスだー!!」


 ウリネはテレパシーでゴンゴルゲルゲに呼びかける。

 火の精霊は足からジェット噴射のように炎を吐いて、宙に浮いた高速移動ができる。


 もちろん、畑に悪影響があるので農場の外を大回りする必要はあるが、そのスピードはなかなかのもの。

 2人の将軍が農場に到達する前にウリネとゴンゴルゲルゲは合流を果たした。


「ぬう!? あやつらは、魔獣将軍と鬼人将軍!! 黒助様が討ち取った者どもではないか!!」

「クロちゃんもうっかり屋さんだねー。ボク、先制攻撃するよー! 『土の拘束ロックロック』!!」


 ウリネはそこが大地であれば、無類の強さを発揮する。

 土の全てを統べる彼女にとって、コルティオールの大地そのものが眷属のようなものなのだ。


「ぐぉっ!? くっそ、土の精霊の野郎だ!」

「ギリーよ! その程度の拘束魔法、どうにかできぬのか!?」


「旦那は飛んでるからいいけどよ!! こいつぁなかなか硬いぜ! だがぁ!! だぁりゃぁぁ!! 鬼人の力を舐めんじゃねぇよ!!」

「おお! やるではないか! さすがは若くして五将軍に選ばれただけのことはある!」


 ウリネの拘束魔法を力任せに振りほどいたギリーは、拳を振るう。


「いっくぜぇー!! 『ウルトラメガトンパンチ』!!」

「よし! 結界が崩壊したぞ!! 良くやってくれた、ギリーよ!!」


 ギリーの拳から放たれた拳閃は、名前こそ声に出すと恥ずかしくなるようなものだが威力は抜群。

 春日大農場の結界にヒビが入り、瞬く間に弾け散った。


「うわわー! ゲルゲおじさん、敵が来るよー! どうしよー!?」

「下がっておれ、ウリネ! お主は多人数を相手に後方で戦ってこそ! ここはワシが引き受ける!!」


「む、無理だよー! ゲルゲおじさん、この前は鬼人将軍だけにボコボコにされたじゃんかー!!」

「ぐははっ。負けると分かっていようとも! ワシは黒助様の信任に応える義務がある!!」


 敗色濃厚な戦いが始まろうとしていた。


 ブロッサムは上空から、ギリーは地上から。

 猛スピードで農場に接近する。


 ゴンゴルゲルゲが捨て身の特攻を仕掛けようと身構えていた、その時だった。

 思わぬ伏兵が現れる。


「待ちな! 春日黒助の首はね、あたいがもう予約してんのさ! 男どもが野暮な事すんじゃないよ!! 大人しく退きな!!」


 ゴンゴルゲルゲは絶望した。

 ここの展開で3人目の五将軍までやって来るとは、いくらなんでも想定外。


 既に諦めた自分の命だったが、ゴンゴルゲルゲは現世の黒助に心の中で詫びた。

 「主の農場を守れずに申し訳ございません」と。

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