第31話 ブランドスイカがお気に召した土の精霊

 黒助が今日も定時に出勤して来た。

 今日は軽トラでコルティオール入りをする。


「おはようござりまする! 黒助様ぁ!!」

「ああ。おはよう。ゲルゲ」


「これが話しておられた、スイカなる果実でございますか!! まるで大砲の弾のようでございますなぁ!!」

「そうだ。今日は農場の全員にまず試食をしてもらおうと思ってな。大量に買って来た。言っておくが、この『でんすけすいか』は非常に高価だ。俺もめったに食べる事はない」


 黒助はコルティオールで生産する作物の第2弾として、スイカをチョイスした。

 土の精霊・ウリネが参加した事によって、春日大農場のランクが上がったのだ。


 ウリネの使う『大地の祝福』は、土壌を豊かにし、作物を実らせる。

 具体的な言い方をすれば、農家にとって一番恐ろしい作物の病気に怯える必要がなくなるのである。


つまり、正しい生育方法を順守すれば、ほぼ確実に作物が最良の状態で収穫できる。

 全国の農業従事者の声が黒助には確かに聞こえたと言う。


 「それってチートじゃないか」と。


 だが、黒助はトラクターをはじめ、多くの農機具を失った。

 そのマイナス分は補填されておらず、さらに家族を3人養わなければならない。

 よって、この救国の英雄は全国の農業従事者に言う。


 「すまんが、大目に見てくれ」と。


「イルノ! ちょっと来てくれ!」

「はいぃ! おはようございますぅ!」


「ああ。おはよう。このスイカを冷やしたい。ただし、キンキンに冷やしてはダメだ。せっかくの甘みが感じられなくなる。15℃で2時間、いや、2時間半ほど冷やしてくれるか? これはイルノにしか頼めない」


 かつてないほどの真剣な表情に、水の精霊は背筋を伸ばす。


「わ、分かりましたぁ! 頑張りますぅ!!」

「信頼している。では、スイカが冷えるまでは農作業だ! 皆、今日も頑張ろう!!」


 すっかり元気になったオーガも加わって、春日大農場の午前の仕事は順調に進んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「よし。集まったな。みんな、腹は減っているか」

「ペコペコよ! 体動かしてるんだから、当たり前でしょ!!」


 いつの間にか農業にすっかりと染まった女神・ミアリス。

 最近は「羽が邪魔なのよね」と愚痴っている。


「では、農場の代表として、ミアリスと四大精霊にでんすけすいかを試食してもらう。オーガたちの分も後で配るから、遠慮せずに食べてくれ」


 コルティオールにスイカはない。

 それに近い作物も存在しない。


 ゆえに、集まった面々は黒い玉にしか見えないスイカに困惑する。


「ねーねー、クロちゃん? これ、ちょー硬いよ? 齧るの?」

「いや、違う。皮も調理すれば食べられるが、基本的に内側の実を食べるものだ。切ってみよう。ふんっ!!」


 黒助の包丁さばきはなかなかのものであり、リンゴならばウサギを量産できるし、大根の桂むきだってお手の物。

 素早くスイカを切り分けて、皿に載せる。


「おお! これは見事な赤でございますな! まるで宝石のような美しさ!!」

「いや、あんた。そこは火の精霊として、炎のようなとか言いなさいよ」


「でも、本当に綺麗ですぅ」

「クロちゃん! 食べてもいーい?」


「もちろんだ。試してみてくれ。お前たちにもこれから作るスイカの素晴らしさを知ってもらいたい」


 現在、女神と四大精霊がでんすけすいかに感動している。

 その間に、この高級ブランドスイカについて説明しよう。


 でんすけすいかは北海道が生み出した魅惑のスイカであり、品種の名前は『タヒチ』と言う。

 見た目は通常のスイカよりもかなり黒みがかっており、その姿は見る者を圧倒する。


 サイズは一般的な大玉スイカとさほど変わらないが、特筆すべきはその味である。

 果肉がよく締まっているため、シャリシャリとした食感は心地よく、さらに甘みが強い。

 くどい甘さではなく、清涼感のあるスッキリとした味わいは、ついつい「もう1つ」と手を伸ばしてしまう。


 さらに日持ちが良いと言う特性もある、スイカ界の横綱である。


「クロちゃん! これ、すっごいねー!! ボク、今まで食べてきたものの中でも、1番好きかもー!! すごい、すごいー!!」

「そうか。ウリネが気に入ってくれて良かった」


 ウリネの『大地の祝福』が、このでんすけすいかの生育には欠かせない。

 何故ならば、このスイカは育てるのが難しいのだ。


 しかし、無事に出荷できれば1玉が5000円前後で取引されると言う魅力しかない果実。

 熟練の農家に育成法を習わなければハイリスクハイリターンの極めてリスキーな品種だが、そこで登場するのが何度も言うが土の精霊。


「今日より、春日大農場にスイカ班を新設したいと思う。ウリネにはリーダーをやってもらいたい」

「うぇー。ボク、あんまりそーゆうのは好きじゃないんだよねー」


「もちろん、タダでとは言わん。ウリネには、スイカを好きなだけ食っても良い許可を与えよう。イルノに冷やしてもらえば、いつでも良い塩梅のスイカを楽しめるぞ」

「ホントにー!? じゃあ、やるー!! むふふー! ボクの実力がついにベールを脱ぐ時だねー!!」


 コルティオールは太陽が2つもあるため、基本的に暑い日が多い。

 スイカは水分も糖分も申し分ないため、従業員に出荷できない規格外のものを提供すれば、熱中症予防にもなる。


 農業戦士の中でもエリートの春日黒助。

 彼は実に理にかなったチョイスでその才覚を存分に知らしめたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方、その頃。

 春日黒助被害者の会こと、ブロッサムとギリーは反撃の時を待っていた。


「旦那。オレの意見を聞いてくれっか?」

「聞こうではないか。我が同胞、ギリーよ」


「思ったんだよ。女神軍のヤツらはよぉ、異次元農家をハブればぶっちゃけ、オレや旦那が1人でも余裕で倒せるだろ?」

「ふむ。その通りである。だが、あの春日黒助はどこにいても駆けつけて来るぞ?」



「いや、あいつ日が沈んだら帰るじゃんよ。自分の世界に」

「……ギリー。うぬは天才だったか」



 ついに春日黒助の弱点を発見した2人。

 彼らの作戦はシンプルだった。



 春日黒助が帰ったら、普通に女神軍を壊滅する。



 これまで、黒助の存在が強大過ぎて気付けなかった、思考の盲点。

 それに気付いてしまった以上、手をこまねいている理由はない。


「女神軍の壊滅を手土産にすればよぉ! 旦那ぁ!」

「うむ! 我らも大手を振って魔王様の御前に参じることができよう!!」


 悪の手がまた1つ。

 コルティオールに戦いを巻き起こそうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る