第30話 軍師・春日鉄人(ニート)
朝市の出荷を終えて家に帰って来た黒助。
妹たちは学校へ行っている。
リビングには、スマホをいじりながらテレビを見ている鉄人の姿があった。
黒助は「少し良いか?」と鉄人に聞いてから、ソファに腰掛けた。
ニートは少しどころかいくらでも良いので、気を遣わずとも良いものを。
「どうしたの、兄貴。改まって。なんか僕に相談でもあるの?」
「さすがだな。まだ何も言っていないのに俺の心の中を覗くとは。やはり、お前にしか頼めない。鉄人、よく考えて決めてくれ」
「なに? 兄貴の頼みなら、就職しろ以外だったら何でも聞くよ!」
「そうか。コルティオールの女神軍。要するに、ミアリスたちなのだが。あいつらに策を授ける者を探している。鉄人、やってみる気はないか?」
「マジで! 面白そう! やるやる!!」
「即答か。さすがは俺の弟、大した男だ。俺は誇らしいぞ」
軽い感じで鉄人までもがコルティオールの存亡に関わる事になった。
つまり、彼の地は春日家の兄弟によって命運を握られた訳である。
それが吉と出るのか、凶と出るのか。
それはまだ分からない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
黒助と鉄人。
今日は2人揃って転移装置から出て来た。
「遅かったじゃない! もうみんな作業始めてるわよ! ゴンゴルゲルゲが収穫班で、イルノとわたしが作付け班! って、今日は鉄人もいるのね」
「ああ。鉄人に策を授けてくれないかと聞いたところ、良い返事をくれた。今日からは俺の弟がコルティオールを平和へと導くだろう」
「え゛っ。あれって本気だったの!? ちょ、鉄人!? 聞きたいんだけど、あんたって何かを率いた事ある!? できれば、軍隊とかが良いんだけど!!」
鉄人は黙って親指を立てる。
実に良い笑顔で女神に言い放った。
「信長の野望は新作が出る度にプレイしてるから、よゆーっすよ!!」
「ごめん! そこはかとない不安がこみ上げて来るんだけど!!」
ミアリスは後悔していた。
どうしてあの時、黒助の提案をきっぱりと拒絶しなかったのかと。
ミアリスは黒助の性格をかなり把握しつつあった。
つまり、この男が一度決めた以上、鉄人にお帰り頂く手段はもはや残されていないと言う事も理解してしまったのだ。
ミアリスは「ごめん。ちょっとお水飲んで来る」と、肩を落として飛んで行った。
「器用な事をするな」と黒助は感心したと言う。
「では、鉄人。俺は農作業に加わって来る。お前は、そうだな。あそこにウリネが伸びているから、あいつと今後について話でもしておいてくれ」
「オッケー! 任せといてよ! 将来設計とか、僕の得意分野だからさ!」
これは、ニートのセリフの中でも極めて純度の高い死亡フラグである。
「ふっ。さすがは俺の弟だ。もうその目は未来に向けられているか」
黒助はゴンゴルゲルゲと合流し、サツマイモを収穫する。
彼には家族を養う義務があるのだ。
コルティオールの未来については、しばし信頼する弟に託す救国の英雄であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうもー! ウリネさん、こんにちはー!」
「んー? 君は誰だっけー?」
ウリネは基本的に農作業に参加しない。
彼女はそこにいるだけで土壌を浄化するので、四大精霊の中でも特例として農作業が免除されている。
「僕は春日鉄人。黒助は僕の兄貴!」
「そっかー。クロちゃんの弟なんだねー。君も自分の事を僕って言うんだ。ボクもだよー」
「土の精霊様と自称が同じとか、恐縮ですよー! それで、ウリネさん。色々と聞きたい事があるんだけど、良いですか? 兄貴が言ってたんですよね。ウリネさんは四大精霊の中でも一番優秀だから、コルティオールの事は彼女に聞けば良いって!」
そんな事は言っていない。
「うぇー? そう? ボクって確かに優秀だからなー。クロちゃんも分かってるねー」
「いや、もう! 見ただけでオーラが違いますもん! 僕の見立てだと、ミアリスさんよりもすごいんじゃないかと思ってます! マジで!」
「もおー! 鉄人は正直者だねー! でも、ミアリス様に言っちゃダメだよー? ほら、言うじゃん? 真実は時に相手を傷つけるってさー! そっかぁー! てっちゃんはボクに話を聞きたいのかー! いいよー! なんでも聞いてー!!」
四大精霊の一角が、ニートによってこともなく篭絡された瞬間であった。
「助かります! まずはですね、ウリネさんが戦っていた死霊軍団についてなんですけど!」
「あー! あれはね、ボクじゃないと相手は難しかったと思うなー! ゲルゲおじさんは相性悪いしー! イルノはいい線行ってるけど、相手が多数になると弱いからさー」
それから鉄人は言葉巧みにウリネの気分を良くさせて、多くの情報を得ることに成功していた。
ニートはコミュ力が高くなければやっていられないとは、鉄人の言葉である。
いかに効率よく奢ってもらうかは、相手の特性を見定めてからが勝負。
一瞬の刹那に振り下ろすおべっかが、その日の昼ご飯を左右する。
その点において鉄人は、そこらのニートを束にしても叶わない程の実力を持っていた。
だが、鉄人が100人束になっても社会的価値はゼロのままである事を忘れてはならない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「よし。ゲルゲ。昼休みにするか」
「ははっ! 先日、柚葉様にお教えいただいた、サツマイモのきんぴらがございますぞ! そこに、オーガたちが狩って来たゴールドボアの肉をソテーにいたしましょう!!」
「それは美味そうだ。肉をソテーさせたらお前の右に出る者はいないな。ゲルゲ」
「ははぁっ! ありがたきお言葉! 痛み入りまする!!」
火の精霊の力は、肉をソテーするためにある訳ではない。
それを今さら言うのは無粋であるため、誰も口にはない。
いや、もしかすると、皆は既に色々と忘れているのかもしれなかった。
小屋に戻って来ると、鉄人とウリネが楽しそうに話をしていた。
黒助は自分の弟の交渉術に舌を巻き、誇らしく思う。
「鉄人! ウリネも! 食事にしよう。ニートは体が資本なのだろう?」
「さっすが兄貴! 分かってるぅー! 兄貴もしっかり食べてよね! 農家も体が資本なんだからさ!!」
いい感じに纏まろうとしているが、ひとつだけ言っておきたい。
農家もってなんだ。
農家とニートを同列に置くな。
だが、このニートが優れた軍師になる未来は、割とすぐそこまで近づいていた。
コルティオールの未来が非常に心配である。
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