第29話 帰ってきた魔獣将軍・ブロッサム

 春日大農場のあるユリメケ平原から数十キロ離れた洞窟の中で、鬼人将軍・ギリーは傷を癒していた。

 傍らには、ギリーの2倍ほどの身の丈の男が1人。


「まさか、あんたに助けてもらうとはな。マジであんたが神様に見えたぜ。ブロッサムの旦那! 生きてたんだな!!」


 魔獣将軍・ブロッサム。

 黒助の『本気ガチ農家のうかパンチ』で絶命したと思われていた彼は、生きていた。


「吾輩も死んだと思っておった。しかし、自分で思うよりもずっと『狂獣進化トランスフォーム』は吾輩の生命力を活性化させていたらしい」


 彼は山の麓に吹き飛ばされて、そのまま意識を失った。

 魔力を使い果たしていた事が幸いして、仮死状態になったブロッサムは様子を見に来たミアリスの目を掻い潜る。


 そのまま、流れて来た土砂に埋まって1週間ほど回復に全精力を注ぎ込み、どうにか動けるようになった彼は黒助が現世に帰るタイミングを見計らって、敗走したと言う。


「しかしよぉ、旦那。生きてたんなら、どうして魔王城に戻って来なかったんだ?」

「戻れるはずもなかろう。吾輩は五将軍の先陣を切って、あまりにも無残な敗北を晒してしまったのだ。どうして魔王様の御前に跪くことができようか」


「いや、多分普通に魔王様、許してくれたと思うぜ? けど、そのおかげでオレは命拾いしたんだから、何の文句もねぇけどな!」

「さすがは鬼人将軍。吾輩の授けたわずかな魔力で……! 目を見張る回復力であるな!」


 ギリーは脚だけではなく全身を複雑骨折していたが、ブロッサムの言うように驚異的な回復力でその身を復元させていた。


「して、これからどうする。ギリー」

「いやー。どうすっかな。ブロッサムの旦那が魔王城に戻らねぇんなら、オレだけ戻るのも筋が通らねぇだろ?」


「うぬ……。吾輩に気を遣わずとも良いのだぞ」

「いや、気ぃ遣うだろ! 命の恩人だぜ? 魔王様にブロッサムはどうした? とか聞かれたら、オレ嘘が下手だから喋っちまうしよ! 旦那さえ良ければ、このまま一緒に行動させてくれよ!」


 ブロッサムは「承知した」と答えて、腕を組んだ。


「そんで、旦那はこれからどうするつもりなんだ? 異次元の農家にリベンジか?」

「……うぐっ」


 ブロッサムは苦い顔をして答える。



「正直、あの農家とは2度と会いたくない。吾輩だって命が惜しい」

「そう言ってくれてマジで助かるわ。もしカチコミかけるとか言われたら、オレ、ストレスで倒れてたもん」



 はぐれ者となった魔獣将軍・ブロッサムと、鬼人将軍・ギリー。

 彼らはしばらく、洞窟でルームシェア生活をする事にした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黒助はギリーを見失ったので、農場に戻って来ていた。

 そこではミアリスとイルノ、そしてウリネによる治療が続けられている。


「ゲルゲ。今回は本当に助かったぞ。大丈夫か? 芋、食べるか?」

「ちょっとぉ! まだゴンゴルゲルゲは重傷なんだからね! お芋なんか食べたらダメよ!!」


「いえ、ミアリス様。ワシは自分で守った芋を食したく存じます」

「そうか! よし、食え! ここにいくらでもある!!」



「ねぇ。なんか良いシーンっぽく演出してるけどさ。掘りたてのサツマイモを生で食えって、結構むちゃくちゃ言ってるわよね、黒助?」

「……ワシも流されておりましたが、よもや生で出て来るとは思いませんでしたぞ」



 黒助は「そうか……。生はダメだったか……」としょんぼりして、枯れ葉を集め始めた。

 どうやら、火を通してあげるらしい。


「ウリネ。お前はもしかすると、枯れ葉を集める事ができるのでは?」

「できるよー? ボク、土の精霊だからね! 植物の事ならお任せだよー!!」


「では、良い感じに焚火の準備をしてくれ」

「仕方ないなー。ボクにもお芋、ちょうだいよねー」


 ウリネが治療班から離脱。

 治療魔法の序列がミアリスに次いで二番手のウリネを枯れ葉集めに駆り出した黒助。


 ミアリスは、イルノに恐る恐る聞いた。

 これまで誰かにこの質問をして、肯定されるのが怖かったミアリス。


 だが、聞かずにはいられなかった。


「あのさ、イルノ? 黒助って、もしかすると指揮官としての能力に欠けてない? あいつの指示って、基本自分のためよね?」

「イルノはよく分からないですぅ。……と言って差し上げたかったですけど、イルノにも分かりますぅ。黒助さんの指示に思考放棄して従っていると、多分死んじゃいますですぅ……」


 ここに来て判明する、創造の女神が犯した痛恨のミス。



 彼女が転移させた男は、指揮能力がゼロだった。



 1人の戦力としてはコルティオールでも魔王ベザルオールに匹敵するとも、それどころか勝るとも考えられる春日黒助。

 だが、彼の指示は常に明後日の方向へ飛んでいく。


 登山で先頭に立たせては絶対にいけないタイプの人間。

 それをやると、ものの数時間で遭難する。



 そして、黒助が1人だけ無事に生還する。



「おい。芋が焼けたから持って来たが。何を人の悪口を言っている。女神が聞いて呆れるな」

「うぎゃっ!? ちょっと、あんた! 気配消して近づかないでよ! 怖いでしょ!!」


「ふむ。治療もだいたい終わったようだな。よし、ゲルゲ。焼き芋だ。食え」

「ははっ! ありがたき幸せ! 頂戴いたしますぞ!!」


「オーガたちもだ。しっかり食ってくれ。芋ならまだ、売るほどあるからな。明日の出荷は控える。その分、腹いっぱい食え!!」

「なんて心の広いお方だ! 黒助はん……!! おどれらぁ、黒助はんのお心に甘えるでぇ! 畑の芋を食いつくすんや!!」



「ゼミラス。そこまでは言っていない。節度を知れ」

「へ、へい。すいやせん。調子に乗っちまって……」



 それからオーガたちは、節度を守った宴で女神軍の勝利を祝った。

 ゴンゴルゲルゲもオーガたちに囲まれて楽しそうである。


「ミアリス。先ほどの話だが」

「うっ! わ、悪かったわよ! 別に、あんたを責めてる訳じゃなくてぇ! あれは、弾みで言っちゃっただけだから!!」


「いや。的を射ている。俺には農作業を教えることはできても、大軍の指揮を務めることはできないだろう。農作業なら任せてくれ。農作業ならば」

「うん。3回も言ったわね。そして、わたしは別にコルティオールに農業を伝えて欲しいからあんたを召喚した訳じゃないんだけど」


「ところで、ミアリス。俺に優れた軍師の心当たりがある」

「えっ!? 本当に!? すごいじゃない! 教えてよ!!」



「農協の岡本さんだ」

「ごめん。多分だけどさ、その人は絶対に戦いじゃなくて、農業の方面に優れた人よね?」



 黒助は「そうか。岡本さんはダメか」と呟いて、ならばと代替案を提示した。


「うちの鉄人はどうだ? 俺の弟は頭が切れる」

「農協の人よりは良いけど。鉄人ってニートになる前は何してたの?」


「おかしな事を聞く。鉄人は高校を出てからすぐニートの職に就き、今もニートだ」

「……人の上に立つどころか、人の下についた事もないじゃない」


 女神軍の軍師候補に名前の挙がった男。春日鉄人。

 彼はついに職を得るのだろうか。

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