第28話 敗走の鬼人将軍

 鬼人将軍・ギリーは考えていた。

 頭だけ辛うじて地上に出てはいるものの、体は地面にずっぽりハマっている。


 どうしてこんな事になったのか。


 彼は記憶をリフレインさせる。

 思い出せるのは、異次元から来た農家に一撃加えるために足を踏み出したところまで。


 気付いたら頭上から凄まじい勢いで地面に押し込まれていた。

 ギリーは若いが、頭の回転が速く知恵も働く。


 このままではやられると言う、確信に近い予感が脳裏をよぎる。


 ギリーは両手に魔力を集め始めた。

 もちろん、異次元から来た農家に気取られないように、慎重に。


 この男が魔力を感知できない事は、本人が先ほどそう語っていたので嘘ではないだろう。

 ならば、この不意打ちに全てを賭けるしかない。


 鬼人の体内を流れる血は沸騰させるほどに強くなる。

 彼の必殺技は、両手首を裂いてそのマグマのように熱い血液を噴射する。

 その名も——。


「あー。クロちゃん発見。困るよー。ボク、足は遅いんだからー」

「すまん。だが、ウリネのおかげでゲルゲたちを救う事ができたぞ。礼を言う」


「やっはー。照れますなー。ところでクロちゃん」

「どうした?」


「そこに埋まってる鬼の人、ものすごく高熱の魔力を溜めてるっぽいー」


 ウリネの報告を受けた黒助は「そうか」と短く答えて、ギリーの前に立った。

 ギリーはまだ、必殺技の準備が出来ていない。


 彼は大粒の汗を流しながら、何か時間稼ぎはできないかと考える。

 しかし、黒助は待ってくれない。


「おい。聞くが、お前。まさか、攻撃方法は熱を持っているのか?」


 ギリーは選択を誤った。

 「こいつ、戦闘狂か! 技の話で時間を稼げる!」と勘違いしてしまったのだ。


「あ、ああ! そうだぜ! オレ様の血液は炎よりも高熱で」



「そんなもんを畑で使うんじゃない! このバカタレがぁぁぁ!!」

「ぺゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ」



 ギリーは顔面を黒助に蹴り飛ばされて、晴れて地中から掘り起こされた。

 が、それも束の間。

 エネルギーの法則に従って、彼の体は吹き飛ばされる。


 なんと言っているのか分からない奇声だけが農場に響き渡った。

 ギリーはブロッサムに比べると小柄なので、100メートル飛んだ先達よりも飛距離を伸ばし、150メートルほど吹き飛んだ。


 五将軍のパーソナルベスト更新である。

 結局、必殺技の名前は聞けずじまいだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ちょっとぉ! ゴンゴルゲルゲ、死にかけてるじゃない!! 待ってなさい! 今すぐ回復させたげるから!! ウリネはオーガたちをよろしく!」

「なんだ。ウリネも回復魔法が使えるのか?」


「まあねー。ボクのは大地の癒しだから、厳密には魔法じゃなくてスキルなんだけどー。とりあえず、オーガさんたち可哀想だからねー。面倒だけど、行って来るー」

「ほう。大地の癒し。……そこはかとなく農業に転用できそうだな」


 ウリネは面倒くさそうに怪我をしたオーガたちのところへ向かう。


「ちょっと、黒助!? どこ行くのよ?」

「ああ。さっき蹴り飛ばした、なんだ。メアリーだったか? サリー? とにかく、あいつにトドメを刺して来る」


「ええ……。あんたって去る者は追わずのスタイルだったじゃない。ブロッサムも放置したし、ヴィネも逃がしたんでしょ?」

「そうだな。ブロッサムにはコカトリスを譲ってもらわなければならん」


「……まだその話って生きてたのね。じゃあ、ヴィネは?」

「妹と同じ性別のヤツを殺せるか。妹たちが悲しむ」


「じゃあ、どうしてギリーにはトドメを刺すのよ?」



「俺の畑に炎より高熱の、得体の知れんものを流そうとした。これは理由にならんか?」

「うん。ごめん、わたしが間違ってた。それ、あんたにとっては殺しのライセンスだもんね。いってらっしゃい」



 黒助は「行って来る」と答えて、静かにギリーの飛んで行った平原へ向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「や、やべー! やべぇ、やべぇぞ!! このままじゃ、殺されちまう!! どうにかして逃げねぇと! おい、飛竜! 飛竜!! ちょっと降りて来い!!」


 飛竜は言葉を喋れない。

 だが、テレパシーで交信することができる。


 飛竜は答えた。



『冗談じゃないっすわ。そっちに今行ったら、あたくしもボコボコですやん。家には嫁と子供が待ってますんで。童貞のギリーさんには分かんないでしょうけど。家族がいるって臆病になるんでっせ?』

「くっそぉ!! この役立たずがぁ! あとお前! 今、童貞の話はしなくていいだろ!!」



 ギリーは地面を殴りつけた。

 その衝撃で、大地が割れる。


「ダメだ! 脚の骨が折れてやがる!! こんなもん、1時間もあれば回復できるが……!! あああああっ! あいつだ! あいつ、真っ直ぐこっちに来てるぅ!!」


 ギリーは極めて優れた視力を持っている。

 10キロ先のサキュバスの胸もガン見できるその視力は、よりにもよって異次元から来た殺し屋の姿を克明に捉えていた。


「くっそ! やべぇぞ! こんな事なら、火の精霊なんかいたぶるんじゃなかった! あ、謝るか? そうだ、あいつ意外と話が分かりそうだったし……!!」


 そう思い、もう一度ギリーが黒助を見ると、彼は野球のピッチャーのように整ったフォームで振りかぶっていた。

 1秒の間があって、ピュンと音がしたかと思えば、ギリーの倒れている地点の数メートル逸れた場所が爆発した。


「な、なぁぁぁぁぁ!? なんだ、あいつ!? 今、何したの!? 石投げたよな!? い、石って投げたら爆発するもんだったか!?」


 黒助の投げた石は地面の奥深くまで勢いを失わずに突き刺さった。

 結果、マグマ溜まりまで石が到達して、火山の噴火のような現象が起きたのである。


「ああああああああっ! 誰かぁ! 助けてくださぁい!! 冗談じゃねぇ!! 準備が全然足りてなかったんだ!! あいつを相手にするにゃ、オレだけじゃ……!!」


 後悔の念で唇を噛むギリー。

 そこに大きな影が忍び寄っていた。


「あ、ああっ!? あんたは!?」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黒助が到着した時には、既にギリーの姿は消えていた。


「ふむ。逃がしたか。意外と頑丈に出来ていたようだな、ウォーリーとやらの肉体も」


 黒助は落ちている角を拾い上げる。

 それはギリーのものだった。


 なるほど、ミアリスの元へと持ち帰れば何か情報が分かるかもしれない。


「これは、良い土産になるな! 鉄人が喜びそうだ!!」


 魔王五将軍の折れた角をお土産にする男。

 その奇行は、魔王軍の通信モンスター・モルシモシによって全て撮られていた。

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