第26話 鬼人将軍・ギリー

 鬼人将軍・ギリーは策を弄すタイプではない。

 女神軍との戦いも彼は基本的に勢いでこなしてきた。


 それで普通に圧倒していたのだから、ギリーと言う男はなかなかに強い。


 実際、肉弾戦に限れば魔獣将軍・ブロッサムをも凌ぐ才能と天性のセンスを持ち、さらに彼は努力をする。

 その日々が花開き、ついに彼は五将軍の席に座るまでになった。


 女神軍の本拠地に向けて、狂竜将軍・ガイルに借りた飛竜の背に乗りギリーは進発した。

 魔王城から飛竜を使えば3時間ほどで春日大農場に着く。


 新たな敵が、最強の農家の元へと向かっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ウリネ! 貴様、働かんか! 農場に来てからずっとサツマイモを食うだけではないか!!」

「ゲルゲおじさん、うるさいなー。ボクは別に働かなくて良いってコロ助も言ってるじゃんかー」


「ヤメんかぁ! 貴様ぁ!! 黒助様だ! コロ助ではなぁい!!」

「はいはーい。すみませんでしたー。反省してまーす」


 四大精霊の間にも相性があるらしい。

 例えば、火の精霊であるゴンゴルゲルゲ。


 彼は水を蒸発させてしまうので、水の精霊とは相性が悪い。

 土を焼いてしまうので、土の精霊とも相性が悪い。


 だが、風に煽られる事で炎は強く燃え上がる。

 つまり、風の精霊とは相性が良いのだが、その肝心の風の精霊が未だに女神軍の本隊と合流していない。


「むっ。ミアリス様! セルフィのヤツは、まだこちらに来ぬのですか?」

「あー。セルフィね。あの子、何度声かけても言う事聞かないのよねー。今ってどこにいるんだっけ?」


 通りかかった女神は風の精霊の居場所を把握してすらいない。

 ゴンゴルゲルゲは「ミアリス様までそのような事を申されるな!!」と炎を燃やす。


「分かったわよー。ちょっと確認するわね。……んー」


 ミアリスは目を閉じて、気を集中させる。

 彼女はコルティオールを管理する女神である。

 思い描いただけで、四大精霊の所在地はすぐに分かる。


「あー! いたいた! セルフィなら、ゴンドリパル泉にいるわよ!」

「ここから近いではありませぬか! 何をしておるのですか!? もしや、魔王軍の進軍を単独で押し返して……!? であれば、悪い事を申しましたなぁ」



「えっ? セルフィなら、普通に水浴びしてるっぽいけど?」

「すぐに呼んでくだされ!! 四大精霊の面汚しではありませぬか!!」



 既にゴンゴルゲルゲは火の精霊である前に、農業戦士となっていた。

 であれば、従業員は1人でも多い方が良い。


 四大精霊は強大な力を持っており、それを農業に生かさないのは機会の損失だと彼は考えていた。

 機会の損失ってなんだ。精霊は別に農家ではないだろうに。


「ゲルゲ。ここにいたか」

「黒助様! いかがいたしましたか!?」


「実はな、農場で新しい作物を育てようと思うのだ。そこで、サツマイモの管理はゲルゲ。お前に任せようと思う」

「わ、ワシにそのような大役を……!?」


「ああ。お前は不器用で物覚えも悪い。正直、ミアリスの方がまだ使えると思う事もある」

「なんか失礼なセリフが聞こえて来たんですけどー? わたし、別に好きで農業してるんじゃないんだからね!?」


 腰掛け農家のミアリスよりも劣ると言われて、しょんぼりするゴンゴルゲルゲ。

 だが、黒助は「話を最後まで聞け」と彼に告げる。


「色々と足りんお前だが、ゲルゲ。農業への情熱に関しては、うちの従業員の中でも1番だと俺は思っている。さすがは火の精霊だな。胸に宿した炎が違う。だから、ゲルゲ。サツマイモをお前に任せたい。やってくれるか?」


 黒助の言葉に、ゴンゴルゲルゲは思わず涙を流した。

 嗚咽を漏らし、人目もはばからず号泣した。


「ぬおぉぉぉぉっ! 黒助様ぁ! ワシ、ワシは!! この身に変えてもサツマイモを立派に育てて見せまする!! そのご慧眼が正しかったと証明して見せまするぞぉぉ!!」

「ふっ。そうか。励めよ、ゲルゲ。期待している」


 2人のやり取りを見ていたウリネが、ミアリスに質問した。



「ねーねー。ミアリス様? 四大精霊の今の役割ってさー。もしかして、全部クロちゃんのためって事になってるー?」

「ヤメて、ウリネ。その話はしないで! わたし、毎日目を逸らしているんだから!!」



 こうして、ゴンゴルゲルゲはサツマイモ班のリーダーに就任した。

 イフリート族の首長だった頃が懐かしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 時を同じくして、春日大農場の上空高くに鬼人将軍・ギリーが到着していた。

 農場はミアリスによって結界の加護が施されており、並みのモンスターならば侵入する事すらできない。


 が、五将軍ほどの実力になれば、その強度の体感は障子紙程度まで落ちる。

 むしろ穴を空けるのが楽しいまである。


「よっし! 飛竜、ご苦労さん! おめぇはこの辺飛んでろ! 帰りにまた呼ぶからよ!」

「グワァアァァッ!!」


 ギリーは飛竜の背から、農場に向かって飛び降りた。

 上空10000メートルからのダイブである。


 現世では航空機が飛び交う高さから飛び降り、さらに魔力を足に込めて速度を上げていく。

 このまま地上に降りれば、その衝撃で周囲は破壊され何も残らないだろう。


「ブロッサムの旦那も、ヴィネ姐さんもやり方が古いんだよなぁ! はなからこうやってよぉ! 奇襲で一気に決着付けちまえば良いんだよ!!」


 ギリーの外皮はダイヤモンドに匹敵する硬さを誇る。

 そこに魔力を纏う事で、五将軍随一の強度を持つ無敵の肉体を作り上げていた。


「はーっはは! 塵になりやがれぇぇ!! ——ぬがぁっ!?」

「ぬぅおぉぉぉぉっ!! 『フレアボルトナックル』!!」


 ギリーが着地しようかと言う刹那。

 上空に向かって放たれたのは、地獄の業火を纏った拳。


「いってぇ! なんだてめぇ?」

「貴様こそ、名の名乗れ!! ワシはゴンゴルゲルゲ!!」


「ああ。てめぇが火の精霊か。なんだよ、せっかくの奇襲作戦が台無しだぜ」

「魔王軍の者なのは分かる! だが、ワシの目の前でサツマイモ畑を襲おうとは、言語道断!!」


「畑ぇ? んなもんに興味はねぇよ」

「抜かせ、小僧!! このサツマイモ班リーダーのゴンゴルゲルゲを前にして、よもや世迷言を口走るとは! 命は惜しくないようであるな!!」



「……お前、火の精霊ヤメたの?」

「ヤメてはおらぬ!! 臨時休業中である!!」



 ゴンゴルゲルゲに敵の接近を察知する能力は備わっていない。

 だが、サツマイモの管理をしていた際、上空から嫌な予感が降って来るのを確かに感じ取っていた。


 それは、サツマイモに対する確かな愛がそうさせた。


「小僧! ワシが相手をしてやろう! 言っておくが、火の精霊からサツマイモ班リーダーになったワシを以前と同じだと思うてくれるなよ!!」

「……やっべー。女神軍の役職の並びが分かんねぇ。それ、偉くなってんのか?」


 黒助たちは、新しい畑の方へ行っている。

 サツマイモ畑には、ゴンゴルゲルゲとオーガのみ。


 コルティオールで一番の農業戦士。

 孤独な防衛戦が始まろうとしていた。

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