第25話 魔王城、もう何度目か分からない激震に揺れる!

 コルティオールのとある山脈にある魔王城。

 何度目か分からない激震が襲っていた。


 耐震構造に優れた建築技術が用いられている事が幸運であり、どうにか魔王城は崩れ落ちずに形を保ち続けていた。


 魔王ベザルオールは五将軍に招集をかけた。

 だが、謁見の間には3人の姿しかない。


 既に、魔獣将軍・ブロッサムと死霊将軍・ヴィネは討ち取られていた。

 女神軍との戦争を始めて数十年。

 圧倒的優位を保っている戦線ではあるが、時として劣勢の風に吹かれる事もあった。


 それゆえに、ベザルオールは焦っていない。


「くっくっく。よくぞ集まったな。我が強大な魔力を分け与えた五将軍よ」


「はっ! 鬼人将軍・ギリーはここに!!」

「狂竜将軍・ガイル。参りました」

「虚無将軍・ノワール。馳せ参じましたわ」


 初めて姿を現した2名の将軍について、まずは簡単に紹介しよう。


 狂竜将軍・ガイルは今年で222歳になる。

 いい感じにぞろ目の歳になって、特に理由はないがなんだかめでたい。


 かつて魔獣将軍を務めていた彼は、魔獣の中でも特に強力な竜族のみを配下に置く、狂竜軍団を作り上げていた。

 その後任として、ガイルの部下だったブロッサムが魔獣将軍の席に座る。


 つまり、魔獣軍団の完全なる上位互換が狂竜軍団。

 それを統べる、狂竜将軍・ガイルは、魔王軍屈指の実力者である。


 続いて、虚無将軍・ノワール。

 彼女は性別が女だと言うこと以外は、魔王軍においても謎の存在とされている。


 ベザルオールの信頼も厚く、五将軍の中でも別格の扱いを受ける。


 彼女が使役するのはゴーレムやリビングアーマーなど、無機物に魂を与えた者たち。

 命を持たず、核を破壊されない限りは無限に蘇る虚無軍団は、魔王軍の最終兵器と呼ぶに相応しい。


 普段は人前に姿を現す事さえ数年に1度しかないノワールも、魔王軍の緊急事態に際し重い腰を上げた。


「通信司令長官・アルゴムよ。現状を説明せよ」

「は、ははぁ!! それでは、失礼いたします!!」


 五将軍には及ばないが、魔王軍の要職である通信司令長官に長く在任しているアルゴム。


 彼はこれまで、数々の報告を主君であるベザルオールに伝えて来たが、ここ数か月ほど胃の調子が悪く、魔王軍の軍医に診察してもらったところ、ストレスによる胃潰瘍が発覚した。

 「正直、有給とって2年くらい休みたい」と言うのが彼の本音である。


 だが、魂を燃やして彼は立ち上がる。

 いつの時代も、どこの土地でも、責任感のある者は頼りになるものである。


「魔獣将軍・ブロッサム様に続いて、死霊将軍・ヴィネ様が女神軍の前に倒されました」


 アルゴムの言葉を受けて、ギリーが激しく狼狽える。


「お、おい! マジかよ!? ヴィネ姐さんが!? あんなに自信満々に出て行ったじゃねぇか!? アルゴム、てめーの通信モンスターの見間違いじゃねぇのか!?」

「い、いえ、私も何かの間違いかと思い、幾重にもわたる確認を致しました……」


 ギリーは五将軍の中ではまだ若い。

 ガイルが、自分の10分の1程度しか生きていない若者を制する。


「落ち付きたまえよ、ギリー。貴公は未熟ゆえに慌てふためく気持ちも分かる。だが、これまでだって女神軍に将軍が敗れることはあったのだよ。特に、今の女神の先代は強かった。あの者に敗れた鬼人将軍の後任が貴公だ、ギリー。栄枯盛衰はこの世の常なのだ」


 だが、ギリーにも言い分がある。


「ガイルの旦那は知らねぇんだろ、相手を! 女神の野郎が倒したんじゃねぇんだぜ!? もちろん、手下の四大精霊でもねぇ!!」

「ほう。それは興味深いのだよ。では、一体何者がブロッサムとヴィネを亡き者にしたと言うのかね?」


「アルゴム! 言ってやれ!!」

「は、ははぁ! 申し上げます! ……人間の農家です!!」



「なるほど。意味が分かりませんね。魔王様?」

「それな。余もサッパリ意味が分からぬ。最近はアルゴムの報告も既読スルーしておる」



 アルゴムはさらに続けた。


 女神がどこからともなく連れて来た人間。

 名前を春日黒助と言い、驚異的な力はもちろんの事、何にも動じないメンタルは驚異的という表現では足りない程に恐ろしいと、通信司令長官は熱弁を重ねた。


「……どうやら真実のようですね。まさか、人間に五将軍が2名も敗れるとは。女神軍との戦いにおいてもこれは汚点。嘆かわしい限りなのだよ」

「よろしいかしら?」


 ここで虚無将軍・ノワールが口を開いた。

 その名の通り、常に無の状態でそこに存在するノワール。

 彼女が姿を現すだけでも稀なのに、発言をするとなると極めて稀である。


 ガイルでさえ、数十年ぶりに彼女の声を聞いたと言う。


「良い。申してみよ、ノワール」

「魔王・ベザルオール様の御意を得て。その人間は、もしかするとこの次元の者ではないのではありませんか? から呼び寄せたのではなく、から呼び出した、とか」


「マジかよ!? 次元を超える力が今の女神にはあるってのか!?」

「落ち付きなさい、ギリー。……あり得る話なのだよ。コルティオールや平行に存在している世界ではない、修羅や悪鬼羅刹、魑魅魍魎が蔓延るような極めて劣悪な次元で生きてきた殺戮マシーン。それが、この春日黒助と言う人間の正体なのではないか……?」



 春日黒助、とんでもない認定をされる。



 アルゴムとギリーは「ううっ!」と息を呑む。

 ノワールは澄ました表情でガイルの提言を聞いていた。


「卿らの意見は分かった。では、鬼人将軍・ギリーよ。その殺戮マシーンの性能を確かめて参れ。余は若い卿にこそ、この難局を打破する力があると考える」

「は、ははっ! ベザルオール様のご指名とあらば!! へへっ、オレにお任せを!!」


 控えめに手を挙げるアルゴム。

 これだけは伝えておかなければならないと、痛む胃を抑えて彼は魔王に告げる。



「ところで、鬼人軍団のオーガたちは既に女神軍の農場で働いておりますが」

「くっくっく。どういうことなの? ギリー? 余に分かるように説明して?」



 その後、ギリーは釈明に追われる事となった。

 結局、「一度の失敗は一度の武功で償うが良い」と、魔王ベザルオールの大岡裁きが飛び出して、魔王軍定例会議は幕を閉じた。


 鬼人将軍・ギリーが今、その鋭い爪を研ぐ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ゲルゲ。見てみろ」

「なんでございまするか? おおっ!!」


「柚葉がな。高校の絵画コンクールで賞を取った。美術部でもないのにだ。我が妹の才能が怖い」

「見事なものでございますなぁ! もしやモチーフは……!」



「ふっ。俺だ。まったく、よせと言ったのに。ふっ。うふふっ」

「ご満悦でございまするな! いやはや、実によく描けておりまする!!」



「写真に撮って、最大限に引き伸ばして来たから、これを飾っておこう。従業員の士気も上がるに違いない。どうだ? ゲルゲ」

「まっこと良きお考えかと! すぐに脚立を持って参ります!!」


 春日大農場は今日も平和であった。

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