第24話 土の精霊・ウリネ
その日はついにやって来た。
黒助は指折り数えて待っていた。
「待たせたわね! この子が土の精霊・ノーム族の天才! 名前はウリネ!!」
「ふぁあぁー。どうも、ボクがウリネです。キミが英雄? なんか見た目からして強そうだねー」
眠そうに眼を擦るウリネ。
黒助の腰よりも少し高いくらいの身長をしており、見た目は小学生女児。
自称がボクであるため、うっかりすると男の子と間違えそうになるが、乙女である。
「この度は地の精霊に拝謁が叶い、この春日黒助、恐悦至極」
「うん。うん? どうしたの、この英雄。ホントに英雄みたいな喋り方になってるんだけど? なに? ゴンゴルゲルゲと中身入れ替わったりしたの?」
黒助は恐れていた。
前日の事である。
風呂上りにハーゲンダッツを食べていた鉄人が、黒助に声をかけた。
「兄貴ー。土の精霊って怒らせると大地を痩せさせるらしいよ」
「……!? そ、それは本当の事か!?」
手に持っていたプロテインが力なく床に零れ落ちたと言う。
家族の言う事が世界の真理である黒助にとって、鉄人の進言は聞くに値する。
むしろ聞かない理由がないのである。
そんな事情をウリネに聞こえないようにこそこそとミアリスに耳打ちした黒助。
おねしょをした事実を母に報告する幼稚園児のようである。
「あんたねぇ。そんな事をわたしがさせるわけないでしょ? 言っとくけど、春日大農場は既にわたしたち上位存在が関わってるのよ? 愛着だって持ってるわ!」
「み、ミアリス……! お前、そんな風に思っていてくれたのか……!!」
今なら黒助は何を命じられてもこの女神の言う事を聞くだろう。
「では、ウリネ。この土地を祝福して、豊かにしてくれ」
「あんた……。手の平の返し方がすごいわね……」
「ふぁあぁぁー。ヤダなー。ボク、面倒くさい事ってしたくないんだよね。この間までゾンビとかリビングデッドとか相手に頑張ってたのにさー。まずは何を置いても休息が必要だと思うんだよねー」
「確かに……。では、ゆっくりしてくれ。芋でも蒸かそう」
「お芋かー。ボク、食べ飽きたんだよねー。どうせ、硬くて味がしないヤツでしょー? ヤダなー。もっと珍しいものが食べたいなー」
「貴様、口が過ぎるぞウリネ! 黒助様がこれほど下手に出られておられると言うのに!!」
ゴンゴルゲルゲ、怒りのお説教。
だがウリネは意に介さない。
「ゴンゴルゲルゲのおじさん、しばらく見ないうちにキャラ変えたー? なんかねー、すっごく暑苦しくなったねー。あ、それは前からかー」
「き、貴様……! ワシの事は良い! 黒助様を愚弄するのはヤメよ!!」
「ゲルゲ。俺の事は良い。芋を蒸かすから力を貸してくれ」
「ははっ! かしこまりましてございまする!!」
「何なの、あんたたち……」
黒助はブランドサツマイモの『紅はるか』を蒸かして、実に良い塩梅になったところで皿に移した。
その匂いだけでミアリスはよだれが出そうになるが、女神らしくどうにか耐えた。
「さあ、ウリネ。食べてくれ」
「ふぁあぁぁー。食べるけどさー。なんかボクの知ってる芋と形も違うし、匂いも違うけど。これ、腐ってない?」
「ひひゃま! ほくほく! はんほひふほほほ!!」
「ゲルゲ。俺の事は良い。サツマイモを味わってくれ」
当てのない旅路が見え始めたミアリス、動く。
蒸かした紅はるかをウリネの前に差し出した。
「まあ、食べてみなさいよ。異世界の芋よ。……言っとくけど、腰抜けるから」
「ミアリス様まで英雄をよいしょするんだー。食べますよー。あーむっ」
ウリネが椅子から転げ落ちた。
「な、なな、なぁぁぁっ!? 甘いー! しかもこの口当たり! ねっとりしてて、なめらかでクリーミー!! そしてただ甘いー!! なにこれ、なにこれー!!」
「ふっ。他愛のない小娘よ。黒助様の心を射止めた芋に勝てるはずがなかろう」
「やれやれ。わたしはイルノにも分けてあげて来るわね」
こうして、黒助はウリネを屈服させる事に成功した。
これが勝負だったのかどうかは有識者の間でも判断が分かれるだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここに植わってるの、ぜーんぶさっきのお芋なの!? ねぇ、クロちゃん!!」
「貴様ぁ! 黒助様を何と言う呼び方で……!!」
「良いんだ、ゲルゲ。俺は農場のためならスキンヘッドにして髭を生やし、妙に高い声で喋る事も厭わない」
「ああ……! 意味が分かりませぬが、何と立派なお心……!!」
黒助は咳払いをして、ウリネの質問に答える。
「そうだ。ここには紅はるかを植えてある。だが、収穫できるまでにあと3ヶ月は少なく見積もっても時間を要する」
「えー!? ヤダヤダー! ボク、もっとさっきのお芋食べたいんだけどー!!」
鈍い黒助だが、そんな彼でも分かった。
勝負を分けるポイントはここである、と。
「ウリネの力でどうにかできないか? もちろん、礼はする。魔王軍とも戦おう」
「どうにかできるかなぁー? 作物の育成促進なんてしたことがないしー。ボク自信ないなぁー」
「大丈夫だ! できる! ウリネならできる!! ミアリスもゲルゲも最初はゴミのように役に立たなかったが、今では立派な農業戦士だ!!」
ミアリスはコルティオールを統べる創造の女神。
ゴンゴルゲルゲはコルティオールの火を支配する精霊。
出会った当初の黒助が持つ彼らの好感度はハート0個。
ゴミだったらしい。
ギャルゲーだったら、選択肢で「一緒に帰ろう」を選んだ瞬間に無言で痰を吐きつけられるレベル。
「じゃあ、やってみるねー。でも、ボクからもお願いがあるんだけど、クロちゃん?」
「指だったら薬指と小指なら持って行ってくれ」
「それはいらないかなー。ボクねー、あのお芋の料理、いっぱい食べたいなー! ホルバルバ大陸ってアンデッドが地面を腐らせてたからさー。まともな食べ物が全然なかったんだよー。そんなボクにあんな味を教えた罪は償ってもらわないとー」
黒助は親指をグッと立てた。
続けて、力強く宣言する。
「生産速度向上が果たされた時、腹が裂けるまで紅はるかを味わってくれて構わん。もちろん、毎日食ってくれ。育成速度が上がれば、それでも充分な利益が出る」
「決まりねー! よーし! 頑張るぞー! ウリネ、ファイトー! オー!!」
土の精霊・ウリネの農業促進的な戦いが始まる。
魔王軍とは戦わないのかと思った諸君。
その鋭い指摘はそっと懐にしまっておいてくれないか。
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