第23話 コルティオール産の果物・スッポンポン

「お兄! あたし練習してくるね!」

「そうか。怪我には気を付けてな。何かあれば呼んでくれ」


「はーい! まったくお兄は心配性なんだからー! あとでオヤツ一緒に食べよっ!」

「うむ。楽しみにしている」


 放課後になると春日大農場のテニスコートに天使が舞い降りる。

 仕事を終えた者から10メートル以上離れていれば見学を許可するとルールを決めたところ、毎日のように定時前に仕事を終えるオーガで溢れるようになっていた。


 黒助としても、自慢の妹を見せびらかすのはやぶさかではない。

 もっと妹の可愛らしさに酔いしれれば良いと考えていた。


「黒助様! して、会議と言うのは!? 新たに魔王軍を成敗なさるので!?」

「ああ、すまない。うちの未美香の可愛らしさに心を奪われていた」


 今日は女神軍の首脳陣による会議が開かれていた。

 招集したのは他でもない黒助。

 ミアリス、イルノ、ゴンゴルゲルゲは緊張した面持ちでテーブルを囲んでいた。


「ミアリス。聞くが。四大精霊には五穀豊穣の精霊がいたな?」

「いや、いないけど!? 分かってるわよ、地の精霊ね!」


「確か、死霊軍団との交戦中でこちらに来られないと言う話だったな?」

「あー、うん。そうね」


「つまり、死霊軍団が脅威でなくなった今、五穀豊穣の精霊を呼べると?」

「うっ! わ、分かってる! 呼べるわよ! だから、顔近づけないでもらえるかしら!?」



「これはすまない。ミアリスにはなるべく顔を接近させて指示を出すと捗るよと鉄人が言っていたのでな。少し試してみた」

「あんたの弟、ろくな事を考えないわね。どんだけ毎日暇なの!?」



 黒助は土の精霊との出会いを心待ちにしていた。

 これも鉄人から得た情報だが、「地って付くからには、作物の育成スピードとか速くできるじゃん? 絶対持ってるって、そういうスキル!!」と彼は言っていた。


 当然だが、家族の言う事は全て真に受けるのが春日黒助。


「それで、いつ来れる? 明日か?」

「ウリネがいるのはホルバルバ大陸だから、ここまで来るのに1週間はかかるかしら。あの子、移動速度が遅いから」


「……そうか。……そんなにもか。……いや、良いんだ、気にするな」

「分かったわよぉ! なるべく急ぐように言っとくから! 元気出しなさいよ!!」


 会議の空気が重くなり、イルノが「なにか摘まめるもの持ってきますぅ」と台所へと向かった。

 ゴンゴルゲルゲは「熱いお茶を淹れましょうぞ!」と給湯器へ向かう。


 女神軍の基地を兼ねているはずの春日大農場。

 気付けば随分と所帯じみた生活空間になっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ミアリス。お前、なんでも創れるのか?」

「んー。ものによるわね。基本的には無機物がメインかしら。有機物も創れるし、その気になれば生命体も創れるけど。それって世界のためにはあんまりならないでしょ?」


「なるほど。意外と考えているのだな。確かに。女神がなんでも与えてくれると学べば人は怠惰になる。道理だ」

「でしょー? わたしだってね、色々考えてコルティオールを見守ってんのよ! どうよ、見直したでしょ?」


「いや? ミアリスは元から存外マジメな性格だと思っているので、さほど驚かんが?」

「……あんた、完全にわたしを口説きにかかってるわよね!?」


 雑談をしている2人の元へ、イルノが果物を切って持って来る。

 ゴンゴルゲルゲはお茶を淹れ直した。


「どうぞですぅ。オーガの皆さんが近くの森で採って来てくれましたぁ」

「ほう。見慣れない果実だな。色は柿に似ているが。味を見よう。……むっ!」


「お、お口にあいませんでしたかぁ!? すみませんですぅ……」

「違う、イルノ! お手柄だ! これは美味い! マンゴーのような甘さとレモンに似ているが強くはない、ほど良い酸味! なんだこの果物は!?」



「それでしたら、この辺りでよく見かけますぞ! スッポンポンでございますな!」

「ゲルゲ。俺は冗談が嫌いではないが、時と場所は守れ」



 それからイルノがフォローに入り、「この果物はスッポンポンと言う名前なんですぅ」と黒助に告げた。


「そうだったか。ゲルゲ、悪かった。従業員を、何でこいつはいきなり下ネタぶっこんで来たのだと疑ってしまった」

「ははっ! とんでもございませぬ! それよりも、スッポンポンがそちらの世界では全裸と言う意味とは……! 不勉強でございました!!」


 黒助はもう一度スッポンポンの味を確かめる。

 字面が危険な事になっているが、実際そうなのだからどうしようもない。


「これは確実に売れる。モッコリ草以来の発見だな。ミアリス、果物の採取の権利と販売の許可をくれ。俺は何を差し出せばいい?」

「やっ、別に好きなだけ採って、好きなだけ売りなさいよ」



「お前、女神か!? 現世に来て農協の改革に着手しないか!?」

「女神ですけど!? ていうか、あんたが恐れる農協とか言う組織にわたしとっても興味が出て来るわ。どんな凶暴な集まりなのよ」



 こうして、黒助はスッポンポンを新たに朝市に出せるようになった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 スッポンポンを持ち帰った黒助。

 未美香がシャワーから出て来るのを待って、家族4人で実食した。


「うまーっ! コルティオールでも食べたけど、やっぱおいしーよ、これ!」

「舌が蕩けるほど甘いのに、後味は酸味が強いんですね! お菓子作りとの相性も良さそうです!」


「兄貴。ネットでマンゴーの値段調べたら、冗談みたいに高いよ? 行っちゃう? 春日家ブランド立ち上げちゃう!?」



「鉄人さー。そーゆうとこだよ? すぐにお金の事しか考えなくなるー」

「鉄人さんは申し訳ありませんけど、お風呂掃除して来てもらえます?」



「へーい! まったく、妹たちのツンデレが辛いぜ!」


 真剣な表情の黒助。

 確かに、1個の単価を高くすれば利益は多くなり、家計も随分と潤うだろう。

 現世で見た事もない果物であれば、売れ行きにも期待できる。


 「いいや」と黒助は首を横に振った。


「値段は林檎や梨と同じくらいにしよう。朝市のお客さんたちには日頃からのご愛顧の恩がある。未知の果物を安価で味わってもらいたい」


「さすがです、兄さん! 兄さんの優しいところ、私はとっても大好きです!」

「まあお兄ならそう言うと思ってたけどねー。せっかくおいしーんだから、みんなに味わってもらいたいって思うのがお兄だしさ!」


 妹たちのお墨付きを受けて、黒助はスッポンポンを朝市に出荷し始めた。

 ふざけているような名前で最初こそお客に警戒されたが、担当の山形さんが試食コーナーを作るとその魅惑の味はすぐに口コミで広がり、多くの者が買い求めるようになったと言う。


 これぞ、異世界農場の醍醐味である。

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