第22話 春日未美香にテニスコートを

 とある日の春日家。


「やはり冷えて来ると鍋が美味いな。柚葉の料理は今日も素晴らしい。すまんな、もうじき二学期も終わると言うのに、家事ばかりさせて。クラスメイトと思い出を作りたいだろう」


 春日柚葉は高校三年生。

 季節はもう12月になろうとしていた。


「平気です! お友達とはちゃんと思い出を作っていますよ? それに、推薦で大学も決まりましたし! だったら兄さんの身体の管理をするのが妹の務めです!」

「よっ! さすが柚葉ちゃん! 妹の鑑!!」


「鉄人さんは自分で管理して下さい。インフルエンザになったらどこか遠くに行って、治るまで帰って来ないでくださいね」

「ひょー! 柚葉ちゃんツンデレるねー! ツンがキツめ!! ははっ!!」


 この家族のメンタル強度は現世で1番だと、コルティオールの創造の女神が太鼓判を押している。


「まったく、俺は家族に恵まれた。……未美香? どうした。箸が進んでいないじゃないか。もしかして体調が悪いのか!?」

「んー。体調は良いんだけどね。ちょっとスランプでさー」


「スランプの種類によっては俺でも力になれるかもしれん!!」

「あのね、この前のテニスの大会で準優勝だったじゃん? で、悔しいから練習したいんだけどさ。何て言うか、部活の空気がもうそーゆう感じじゃないんだよねー。あたし1年だから強く言えないし。それで困ったなーって」



「未美香。すまん。俺はなんと無力なのだろう」

「兄貴、元気出して! 頑張っても出来ない事ってあるよ! さあ、前向いていこう!!」



 前を向く前に己を省みるべき鉄人に背中を叩かれる黒助。

 そんな迷える長兄の前で、柚葉がピッと指を立てた。


「兄さん! 練習場所ならあるじゃないですか!」

「市営スタジアムを貸し切るんだな? よし、農協行って定期預金解約してくる!」


「違いますよー! ほーら、もっと身近なところです!」

「……はっ! まったく、柚葉の発想力には敵わないな。これが若さか」


 翌日、黒助は早速行動に出た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「全員揃ったな。オーガたち、一番後ろのヤツは俺の声が聞こえていたら手を挙げてくれ。……よし。では、朝礼を始める」


 コルティオールの春日大農場では、朝礼ののち、ラジオ体操を従業員全員で行うのが慣例となっている。

 朝礼では黒助がその日の業務内容を指示したり、前の週に頑張って働いた者を『春日大賞』として表彰したりする。


 本日の朝礼もつつがなく終わる。

 はずだったのだが、そこで待ったをかけるのが我らが農場の主。


「ところで、テニスと言うスポーツがある。みんなは知らないだろう。当然だ。恥じる事はない。これから覚えれば良いだけの事だ」


 オーガたちがざわつく。

 女神と四大精霊はざわつかない。


 これが経験値の差である。


「ゲルゲ。説明をするので付き合ってくれ」

「ははっ! かしこまりましてございまする!!」


 黒助はラケットを片手にテニスのルールを説明した。

 終盤は実際にゴンゴルゲルゲとラリーまで実演する熱の入りようで、オーガたちも熱心にその様子を見学している。


「ルールは分かったな? 俺の妹がいる。未美香だ。天使よりも可愛い。そんな妹が、テニスの特訓をしたいと言っている。だから俺は考えた。ここにテニスコートを作る。そして、お前たちの中から最も優れたテニスプレイヤーを選び、未美香の練習相手にしたいと思う。もちろん、報酬は出す。仕事も免除する。どうだ、悪くない話だろう?」


 数秒の沈黙ののち、オーガたちは「それほんまですか!?」と沸いた。

 その後、ミアリスに創らせておいたラケットを全員に配り、ボールを配布する。


「明日までに各人、テニスの練習をしてくれ! 今日の仕事はしなくていい! 俺が全て受け持つ! それからテニスコートはゲルゲが作るので、みんなは全力で優れたテニスプレイヤーを目指して頑張って欲しい! 以上! 解散!!」


「「「うぉぉぉぉっ!!!」」」


 それから、オーガたちはテニスなる未知のスポーツに取り組んだ。

 彼らの身体能力は人の数倍であり、そんな連中が100人以上いるのだから、中にはテニスの才能に恵まれた者も出て来る。


 黒助は驚異的なスピードで農作業をこなしながら、オーガたちを眺めて目を細める。


 ちなみに、「黒助が練習相手をすればいいじゃないか」と言う発想は今のところ誰も思いつかずにいた。

 最強の肉体を持っているのだから、人のスポーツが人のレベルでできるとはなかなか思えないのも致し方なかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。


「やー! なにこれ! お兄、あたしのためにコート作っちゃったの!? マジで!? ヤバい! ちょー嬉しいんだけど!!」

「なに。未美香のためなら容易い。と、言いたいところだが、農場のみんなの協力があってこそだ。礼ならみんなに言ってくれ」


 未美香は照れくさそうにはにかんでから言った。


「あ、ありがと! みんな、大好き!」


 この笑顔で過呼吸を起こして倒れたオーガが14人いたらしい。

 ちなみに黒助は心不全を起こして、自分で心臓マッサージをして蘇生した。


「これで壁打ちできるよー! ホントにありがとー!」

「待て待て、未美香。壁打ちも良いが、やはり相手がいた方が練習も捗るのではないか?」


「へっ? そりゃそうだけどー。お兄が相手してくれるの?」

「ぐっ……。俺はこの頑丈な体が憎い……!!」


「黒助様……! 血の涙を流すほど……!! 心中お察しいたしますぞ!!」

「お察しできないわよ。でも、テニスの衣装? ユニフォームって言うの? これは可愛いわね! わたしとイルノも着てみたわよ! どーよ、黒助!」



「うむ。普通に可愛いが?」

「うっ……! なんなの、このイケメンムーブ!! すっごい見られてる! 言っといてなんだけど、恥ずかしいからもう見なくていいわよ!!」



 黒助は「そうか。イルノも可愛いぞ」と言ってから、オーガのマリンを呼んだ。

 彼女が栄えある『第1回春日大農場! チキチキ! テニス大会!』の優勝者である。


「ワタシで良ければパートナーを務めさせてもらいまっせ!」

「ホントですかー! わぁ! 嬉しいです! よろしくお願いしますっ!」


「おうふ、むっちゃ眩しいやん……。この子、天使やで、ほんま。ワタシ女やのに、惚れてまうわ……」

「マリン。未美香の相手を務めあげてくれ。俺には頭を下げる事しかできんが。この通りだ」


「やめなはれや社長! ワタシ、頑張るで!」

「じゃあマリンさん! まずはストレッチから始めましょー!!」


 こうして春日大農場にテニスコートができた。

 未美香の練習を見たいがために仕事を早く済ませようとするオーガが続出し、農場の生産効率が向上したのは余談である。


 健全な職場には天使を1人おくと良い。

 春日黒助はまた1つ賢くなった。

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