第21話 死霊将軍・ヴィネ、落ちる

「違うんだ。2人とも、聞いてくれ。俺から手を出した訳じゃない。信じてくれ。そうだ、これを見てくれないか。俺の乳首だ」


 黒助は自分の正当性を証明するために乳首を晒した。

 かつて、誤解を解くために乳首を御開帳する者がいただろうか。


 少なくともコルティオールにはいなかった。


 ミアリスは頭を抱えて、ゴンゴルゲルゲは「落ち着いてくだされ!!」と黒助の乳首をそっと隠した。

 その後、イルノからまともな説明が行われ、2人は事の次第を理解した。


「ええと、つまり? なんか死霊将軍が攻めてきて? そこにたまたま出くわしたのが黒助で? なんか色々やってるうちに倒したって? そーゆう事?」

「は、はいぃ。そーゆう事ですぅ」


「聞いてくれ。あの露出将軍、大地を腐らせるとか言うんだ! そんな恐ろしい脅し文句があるか? 農協の人が聞いたら泡噴いて倒れるぞ。俺だって危なかった」

「分かったから! あんたは着替えて! ほら、新しいツナギ!!」


 ミアリスは目を逸らしながら黒助にツナギを与える。

 彼女は女神だが、男の乳首についての見識はそれほど深くない。



「これはすまない。助かる」

「ちょ、まぁぁぁっ!! なんでそこで裸になんのよ!? あんたぁ!!」



 余談だが、男のシンボルについての女神の見識はさらに浅い。

 四大精霊の2人は「ご立派なものをお持ちですな!」「本当に立派ですぅ」と感想を述べた。


「と、とにかく! 黒助はご苦労様! 魔獣将軍に続いて死霊将軍まで倒してくれるなんて、予想以上のペースで魔王軍を押し返してるじゃない! さっすが! わたしの選んだ英雄!!」


 上機嫌のミアリスに黒助は正直な回答をする。


「いや、倒していないが? 恐らく、どこかその辺に吹っ飛んだだけで致命傷にはなっていないだろう」

「な、なんで!? だって黒助、勝ったんでしょ!?」


「俺は女に手をあげたくないんだ。妹たちを悲しませたくない」

「この話は長くなりますぅ……。イルノが説明しますね」


 イルノは実に端的に黒助の心情と信条を重ねてミアリスに伝えた。

 創造の女神様は初めこそ苦い顔をしていたが、次第に無表情になっていき、最終的には真顔で「あ、そうなの。ふーん」と生返事で現実から目を背けていた。


 そこに現れる、噂の主。


「よ、よくもやってくれたねぇ、英雄! 話は聞こえて来たよ! あんた、あたいに手加減したんだって!? 女だからって舐めてのかい!?」


 死霊将軍・ヴィネ、戦線に復帰する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みんな。下がっていろ」


 黒助が3人の前に立ち、手で制する。

 それは英雄としてあるべき姿だった。


「く、黒助さん……! その、ツナギをちゃんと着た方が良いかと思いますぅ」

「なんであんたは腰までしか着てないのよぉ! さっきより酷くなってるぅぅ!!」


 黒助は上半身裸で合った。

 両方の乳首が死霊将軍・ヴィネを見つめる。


 それは英雄としてあってはならない姿だった。

 乳首が敵を見つめるってなんだ。

 ただの変態じゃないか。


「ああ、お前は露出将軍の……なんと言ったか」

「死霊将軍・ヴィネだよ。そう言うあんたも露出が割とすごいけどね!? まあいいさ、今度こそ本気でやり合おうじゃないか! あたいだってまだ本気を出していないんだよ!!」


「そうか。ヴィネ。お前はもう帰れ。いいか? 俺は相手が死霊使いだろうが露出魔だろうが、女に手はあげたくない。先ほどは致し方なくビンタしてしまったが、もうビンタもしたくはない。うちの可愛い妹たちに嫌われたくない。だからもう帰ってくれ。そして2度と近づくな。それがお互いのためだ。ヴィネ。分かるな?」


「……あ、あんた。……あたいの事を女として、可愛いって!?」



 そんな事は言っていない。



「なんだかよく分からんが、お前が納得するなら何でも良い。ヴィネ。もう戦いから身を引け。その器量ならば、他の食い扶持だってあるだろう。ストリッパーとか」

「あ、あたいに戦いを捨てて、あんたのものになれってのかい!?」


「そう言っている」


 いや、言っていない。


「は、初めてだよ。あたいの事を女として見てくれる男は……。魔王様でさえ、きっとあたいの事は便利な駒としか見てなかったのにさ……」


 頬を赤らめるヴィネ。


「イルノ。今日の昼は豚汁であるぞ。ワシが作った」

「わぁー! 現世の料理って美味しいですよね。楽しみですぅ」

「わたしもサツマイモを洗ったのよ! えらいでしょ!」


 絶望的に噛み合わない会話の歯車が悲鳴を上げる。

 歯車たちは「誰かあるべき場所に話題を戻してくれ」と助けを求める。


 それを叶える者はこの場に存在しないのだ。


「とにかく、帰れ。そして俺に近づくな。俺の農場に近づくな」

「あ、あたいに戦いの場から避難しろってのかい!? そして、危ないからって身を案じて……!! 分かったよ。あたいの負けだね」


「そうか。分かってくれたか」

「ああ。英雄……。いや、春日黒助。あんたには負けたよ。五将軍としても、女としてもね。こんなに胸が張り裂けそうな思いは初めてさ」


「そうか。では帰れ。その辺に埋まっているアンデッドどもも連れて。良いか、絶対にこいつらを連れて来るなよ。2度と。いいな?」

「ふふっ。分かってるよ。逢瀬にアンデッド同伴じゃ、色気がないもんね!」


 こうして、死霊将軍・ヴィネは黒助の前に敗れ去った。

 ビンタ一発で全てを片付けたのだから、結果オーライと言う形で済ませようではないか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「む。ゲルゲ。腕を上げたな」

「ははっ! ありがたきお言葉! 恐悦至極にございまする!!」


「わたしだって手伝ったのよ!」

「ああ、分かっている。ミアリスの作った料理もそのうち食べたいな」


「そ、そうなの!? じゃあ、特別に作ってあげないこともないわよ?」

「サツマイモがさらに収穫できるようになれば、規格外で出荷できないものも出るからな。腕を振るう機会は山ほどあるぞ」


 何事もなかったかのように昼食を楽しむ女神軍。

 真実は、黒助の乳首だけが知っているのかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふふっ。男ってヤツも存外、捨てたもんじゃないねぇ!」


 ちなみに、ヴィネは魔王城には戻らず春日大農場から5キロほど離れた場所に住居を構えた。

 彼女が今後どうするのかは分からない。


 だが、これでまた魔王軍の一角が崩れたことになる。

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