第20話 最強の農家VS死者の女王
死霊将軍・ヴィネの放った人魂の弾丸。
『エビルスピリットボール』は全弾が黒助の体に命中していた。
なおこの魔法は自動追尾の属性を付与されているのだが、今回はそんな追加メニューは必要がなかった。
ヴィネが自信満々に放つだけあって、威力は相当なものである。
黒助は衝撃により50メートルほど吹き飛ばされて、大岩に体を打ち付ける。
彼がコルティオールに来てから始めて傷を負った瞬間であった。
「く、黒助さぁん!! 大丈夫ですか!? い、いま治療を!!」
イルノは急ぎ黒助の元へと走った。
黒助は魔法が使えない。
つまり、自分が回復役をしなければならないと言う責任感から、ヴィネに無防備な背中を見せて走った。
だが、ヴィネはそれを敢えて見逃す。
「へぇー。おどおどしてるだけかと思ったら、意外と度胸あるじゃないか! あたいは強い女が好きだよ!」
イルノの勇気に敬意を表した格好である。
もちろん、黒助の回復が急務のイルノはその配慮には気付かない。
「黒助さん! さあ、傷を見せてください!!」
「む。イルノか。なるべく大袈裟にやられた方が良いだろうと思ったのだが。これは少しばかりやられ過ぎたな。むんっ」
「あ、あのぉ? 傷はどこにあるのでしょうかぁ?」
「知らん。目の届く範囲にはないな。背中とかにないか? 頭の上はどうだ?」
それから2人で身体のどこかにある、あって欲しい傷を探した。
そんなものあるはずもないのに。
2分ほど頑張って、黒助は苦い顔をしながら真実と向き合った。
「つまり、こういう事か? 俺のツナギはボロボロになって、乳首が片方露出すると言うアバンギャルドな格好になったのに、傷ひとつ負っていない、と?」
「イルノだって不思議なのに、疑問形で聞かないで下さいぃー」
「困ったな。これでは専守防衛が成立しないではないか」
「あうぅー。どうしてミアリス様やゴンゴルゲルゲさんは来てくれないんですかぁー!!」
死霊将軍・ヴィネの猛攻により、右の乳首を露出した黒助。
だが、まだ彼は攻撃の条件が整っていない。
せめて援軍があれば。
女神と火の精霊のどちらかが来てくれれば、水の精霊と力を合わせて戦ってくれるかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ミアリス様ぁ! 先日の柚葉様が持って来てくださった物資の中にニンジンがございましたぞ!! これで彩りもバッチリでございまする!!」
「それより、見て! ゴンゴルゲルゲ!! 牛乳パックに土詰めて刺しといたネギ!! ちゃんとまた伸びてるんだけど! 未美香には良いこと教えてもらったわー!」
多分、援軍は期待できない事がよく分かった。
「では、後は煮込むだけですな! 火の調整はお任せ下され!! なにせワシ、四大精霊がひとり、火の精霊でございます! ぐーっははは!!」
その火の精霊の力で死霊と戦え。
相性は良さそうではないか。
「現世のダイソーとか言うとこもすごいわよねー。こーんな精巧な食器をさ、大陸銅貨で買ってもお釣りが来るのよ!? 現世の製造技術ってすごいわー。わたし、何でも創造できるけど、知らないものは創れないからさー。今度勉強にあっちの世界にも行こうかしら」
「それは良うございますな! その時はぜひ、ワシもご一緒させてくだされ!!」
「そうね。って、ゴンゴルゲルゲ!! お鍋噴きこぼれてるわよ!!」
「おっと! これはワシとした事が! もうそろそろ良い塩梅ですな! 黒助様とイルノはどこに行かれたのか……」
「ねー。お昼ご飯は時間を守ろうって言ってるの黒助なのにー。わたしお腹空いたわよー」
戦闘中の黒助とイルノに伝える事は特になかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「何と言う事だ。このままでは何もできんぞ」
昼ご飯は出来たらしいが。
「もう、黒助さんのスーパーパワーでやっつけちゃいましょうよ! きっと、妹さんたちも分かってくれます!」
「イルノ。それは違う。妹たちは天使のように心が清らかだから、きっと俺を許してくれるだろう。だが、俺の心はどうなる?」
イルノは黙った。
「俺の心はどうなる!? 妹たちに女に手を挙げる兄として、これからも接していけと言うのか!? そんな残酷な事ってあるのか!?」
これ以上黒助の謎理論を聞きたくなかったからイルノは黙ったのに、結局聞かされて彼女の心が少しばかり黒くくすんだ。
その時、ヴィネが行動に出た。
先ほどの『エビルスピリットボール』で黒助を殺したと思った彼女は、次に何をするだろうか。
魔王五将軍として、主に楯突く組織の本拠地が眼前に広がっている。
ならば、それを放置していく道理はない。
「さぁーて! そんじゃ、この辺りをアンデッドが好きそうな毒の沼地にでも変えて帰るとするかね! あははは! ざまぁないねぇ! 農家!!」
突然だが、黒助の身体は最強の肉体となっている。
ご存じの方も多いだろう。
最強の肉体は五感も最強なのである。
例えば聴覚。
黒助イヤーは地獄耳。
ヴィネの危険極まりない独り言をしっかりと傍受していた。
「そ、それはいかん!」
「ふぎゃっ!? ど、どうしたんですかぁ!?」
「よく分からんが、ここが毒の沼地になるらしい! 聞くが、毒の沼地では何が育つ!? レンコンはイケるか!?」
「死霊将軍の作った毒の中では生き物なんて育ちませんよぉ!!」
「その言葉が聞きたかった! うぉおぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
黒助は走った。
風を追い越し、音を置き去りにし、雄たけびをあげながら疾走した。
「な、なんだって!? お前、まだ生きて……! えっ、無傷!? そうか、水の精霊の治療を受けたんだね!?」
「後生だから質問に答えよう! お前のさっきのカラフルボールアタックは、俺のツナギの一部を破いて右の乳首を露わにした!!」
「ち、乳首……!?」
ヴィネを混乱させるには充分過ぎる情報だった。
そして、黒助は大きく振りかぶる。
「農地に手を出すと聞いてはもはやこれまで! 加減はするから許せよ、露出狂の女! 『
黒助の左手がヴィネの右頬を捉えた。
利き腕と逆の手でビンタをしたのは、黒助なりの配慮だった。
が、最強の肉体は配慮をしない。
「きゃあぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」
「おい、待て! 露出将軍! そんなにデカい声を出すな!」
黒助の手加減されたとはいえちょっと本気のビンタを受けて、悲鳴を上げるなとは酷な注文だった。
数分も経たずにミアリスとゴンゴルゲルゲが駆けつけて来る。
黒助は考えた。
どう言い訳したら良いだろうかと。
紳士らしく右の乳首を手で隠しながら、彼は考えた。
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