第19話 死霊将軍・ヴィネ

 リッチは魔法使いや賢者などが朽ちてアンデッド化した魔物である。

 そのため、会話をする知能を保持しており、中には生前の記憶や知恵まで持ち越している個体もいる。


「やっちまいな! リッチども! 大地を腐らせ、英雄の身をボロボロにしちまうんだよ!!」

「待ってくれ! 俺の体はどうなっても良いから、大地は腐らせるな!!」



「……あんた、ちょいちょい頭おかしくなるけど、大丈夫かい?」

「頼む! 大地を腐らせるのだけはヤメてくれ!! 俺の体なら好きにしろ! ワキガにだって喜んでなろうじゃないか!!」



 春日黒助の中の「腐敗」のイメージは、水虫やワキガの類だった。

 人間が腐るとそれどころでは済まないのだが、この男の場合それくらいで済みそうである。


「ウォオォォオォ……。土を腐らせ、人が還る源を滅せよ……。ウォオオォォ……」

「やめんか!! おらぁぁぁっ!!」


「えぺっ」

「な、なぁ!? ふ、触れるだけで腐敗が付与されるリッチをビンタしただって!?」


 黒助は無事なのだろうか。


「黒助さん! 手を見せてください! すぐに治療をしなければ後遺症が……!!」

「よし、ならば残りの……に、し、ろく……12匹をビンタしてから頼む!」


 無事であった。

 むしろ、「割とイケる」と言う確証を得てやる気が湧いて来ている模様。


「ウオォオォオォォ……。仲間たちよ、力を集結えぺっ」

「やめろと言っている!!」


 春日黒助は普段からアニメはおろか、漫画すら読まない。

 そのため、この手のバトルシーンのいわゆるお約束を理解していなかった。


 相手が能力の説明をする時には攻撃をしてはならない。

 相手が能力を発動させる時には1度くらいその身で受けよう。

 相手がとっておきの攻撃を仕掛けるそぶりを見せたら待ってあげる。


 これらの基本を一切学ばずにここまでやって来た。

 そんな彼の愛読している書物は『農業フロンティア』と『食と農の未来』である。


「えぺっ」

「えぺっ」

「えぺっ」

「えぺぇっ」


 結局黒助は、リッチ6体にビンタをして回った。

 6体目が無慈悲な体罰を受けたところで、残ったリッチたちは自分から地面の中へと潜って行った。


 どうやら、戦意を喪失したらしい。


「なんてことだい……! あたいが見た限りでは、この男が何か魔法やスキルを使ったようには見えなかったってのに……!!」


 その通りである。

 黒助はただ、ビンタして歩いただけだ。


「こいつ……! 想像以上にデキる……!!」


 ヴィネの中で春日黒助の脅威が3段階ほど上方修正された。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、農場では。


「ミアリス様! そろそろ昼ご飯の用意をいたしませんと、黒助様にお叱りを受けますぞ!」

「えー。もうそんな時間!? わたしクワ創る作業がやっと終わったんだけどー」


「では、ワシが作りましょうか! 先日黒助様が現世より持って来られたサツマイモがまだ多くございますゆえ! 豚汁をこしらえますかな! レシピは柚葉様より既に頂戴しておりまする!」

「おー! いいわね! 思ったんだけどさ、黒助たちの世界のご飯って美味しいわよねー。コルティオールより。絶対!」


 コルティオールは長きにわたる魔王軍との戦いで人口が激減しており、それに起因する生産能力の低下で食材の不足が常態化している。

 よって、調理法も実にシンプル。


 焼くか煮るかの二択であり、味付けも塩がほとんど。

 春日家がコルティオールへ遊びに来る度に柚葉が「これ、良かったら使ってください!」と調味料を置いて行くため、ミアリスとゴンゴルゲルゲの舌はどんどん肥えていく。


 既にミアリスは自家製の味噌を作り始めている。

 創造の女神が創造をせずに、一から発酵をさせていると言う事実。


「では、ワシはイルノが作った保冷庫からブラッドボアの肉を取って参りますゆえ!」

「はーい。わたしも少しくらい手伝うわ。サツマイモ洗っといてあげる」


 ゴンゴルゲルゲは農場の東にあるイルノ印の保冷庫へ向かう。

 なお、黒助とイルノが死霊軍団と戦っているのは西の外れである。


 実に惜しかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「こうなったら、あたいが直接相手になってやるよ! 来な! 異世界から来た英雄!!」


 ヴィネは宙に浮いている。

 彼女の周りからは人魂のような青い炎が揺蕩たゆたい、その様はなかなか不気味であった。


「イルノ。聞きたい事がある」

「は、はいぃ。アンデッドの弱点ですね!?」


「違う。俺は今、あの女からかかって来いと言うニュアンスの挑発を受けたと察するが。この場合、それを真に受けて本当にかかって行っても良いものなのか?」

「え、えっとぉ? どういうことでしょう?」



「俺が女を男女平等パンチでぶん殴って問題はないかと聞いている」

「あうぅ……。個人的にはちょっと問題があると思いますけどぉ……」



 相手は魔王五将軍の1人。

 ヴィネはこれまでに何千人という数の人間を殺している。


 ならば、手心など無用。


 しかし黒助は決心が出来ない。

 彼の頭の中にあるのはただ1点のみ。


 「俺のヤンチャで妹たちが悲しみはしないだろうか」と、彼は憂慮していた。


 考えてみれば日本の社会構造において、いくら相手が挑発して来たからと言って「男が女に手を挙げる」行為は非難こそされ、称賛される場合はまずもってない。

 これが万が一許される状況を黒助は考える。


 すぐに答えに到達した。


 こちらの命に危険が迫っている状態まで追い込まれてからの攻撃。

 つまり、専守防衛の末にやむなく正当防衛をしたと言う体ならばギリギリ許されるのではないか。


「どうしたんだい!? ははあ、さては怖気づいたね!? 分かるよ。あんたほどの使い手になれば、肌で相手の力量を感じちまうもんねぇ!」


 幸いなことに、ヴィネはやる気満々であった。

 殺る気満々である。


「死霊将軍とやら。是非、その強大な力を味あわせてくれ!」

「……何を言ってるんだい? 恐怖で気でも触れたのかい?」



「早くしてくれ! 明日には新しいサツマイモの苗が届くんだ! こうしている時間が惜しい! 急いでこの俺を殺す気で攻撃してくれ!! 頼む!!」

「……本当に何を言ってるんだい?」



 ヴィネも考えた。

 相手が常軌を逸しており、何を考えているのか皆目見当がつかない。


 ならば、先制攻撃あるのみだと。


「はんっ! よく分かったよ! 死んじまいなぁ! 『エビルスピリットボール』!!」

「よし来た! 当たれば良いのか!? 両手は広げた方が良いか!? 全身に均等に受けた方が見栄えも良いな!? よし! ぐあぁあぁあぁっ!!」


 両者の思惑が一致し、黒助はヴィネの放った人魂の銃撃をその身で全弾受け止めた。

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