第18話 やって来た死霊軍団

 春日大農場は今日も元気に野菜を作る。

 午前9時。黒助の出勤が始業の合図である。


「黒助様、おはようございまする。こちらが昨日の日報です」

「ふむ。……ゲルゲ。お前の班はよくやっているな。今日から部下のオーガを20人増やそう。新たに農地を耕してくれ」


「ははっ! ありがたきお言葉!!」

「イルノの班も順調そうだな。土の状態も良好だ。その調子で頼む」

「は、はいぃ! 頑張りますぅ!」


「ミアリス」

「な、なによ! 仕方ないじゃない! オーガの人数分のクワ創れって言われたの、昨日よ!? そんなすぐにはできないんだってば!」



「いや、咎めている訳ではない。むしろ、よく半分も創ったな。偉いじゃないか」

「……あんた、転移して来た世界が恋愛ゲームじゃなくて良かったわね。そしたらもう物語終わってたと思うわ」



 黒助の日報チェックは完了。

 彼もツナギに着替えて戦闘準備を整える。


「よし! サツマイモの苗の追加注文した分が明日には届く予定だ! それまでに畑の準備を完璧にしておきたい! 今日も頑張ろう! だが無理はするな!!」


 黒助は不器用な男である。

 例えば「どうすれば人が付いてくるのか」彼には分からない。


 だが、メンタル強者の彼は自然とそれを察するらしく、彼の発言で従業員の士気が上がる事はあるが、下がる事は滅多にない。


 オーガたちも農場に住まいを構えて数日。

 元から体力自慢の種族である上に、黒助の差し入れる野菜で体調も整いやる気も充実。


 春日大農場に死角なしかと思われた。


 だが、刺客はすぐ傍まで忍び寄っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 死霊軍団は静かに、だが着実に春日大農場との距離を詰める。


 基本的に、女神や四大精霊は魔物の気配を察知する事に長けている。

 彼らは生体エネルギーを感じ取る能力を持っており、見慣れぬエネルギーを見つける事など造作もない。


 だが、死霊軍団の接近には気付けない。

 何故か。


 死霊軍団を構成する魔物たちは皆、死んでいるからである。


 正確に言えば死にながら生きており、生きながら死んでいるので実に面倒くさい。

 とにかく、彼らからは生体エネルギーがそもそも発せられていないのだ。


 そのため、今回は不覚をとることになった。

 だが、幸運な事もある。


 「まずは土地を腐らせてきな!」とヴィネから指示された先行部隊。

 ゾンビで構成された集団が、農場に迫る中、第一発見者は彼だった。



「む。なんだ。この見るからに畑に悪影響を及ぼしそうな集団は」

「ギュリェエェェエェェ」



 いきなり春日黒助と遭遇してしまったゾンビたち。

 知能が低く、統一化された言語でも聞き取れない彼らの呻き声が黒助の危機管理センサーに引っ掛かる。


「イルノかミアリス! ちょっと来てくれ!」

「はいぃ! なんです……かっ!! なんですかぁ!? このゾンビの群れは!?」


 さらに駆け付けたのが水の精霊・イルノと言うのも良かった。

 彼女は土の精霊に次いでアンデッド系と相性が良い。


「やはり魔物だったか。こいつらは何だ? 俺も最近、異世界ものというジャンルを見てはいるのだが、なかなか難しくてな。俺の見ている料理屋が異世界人に飯を食わせるヤツには出てきていないのだ。こいつら」


「ゾンビですよ! 土を腐らせ、水を濁らせる生命の敵ですぅ!」

「なんだと!? 土を……!? お、恐ろしい連中だ! おらぁぁぁ!! うらぁぁぁ!!!」


「あのぉ? 恐ろしいと言いながら、もうほとんどグチャグチャにしてるんですけどぉ? 平気なんですかぁ? ゾンビって腐敗属性持ってるので、体が朽ちたりするんですけど。普通は……」



「そう言われると、なんかピリピリするな。よし、イルノ。いつものヤツ頼む」

「は、はいぃ! 『ホーリーシャワー』!!」



 体中にこびりついたゾンビの肉片を綺麗に洗い流すイルノ。

 ついでに上空からも『ホーリーシャワー』で攻撃を加えることで、ゾンビの集団を完全に浄化せしめることに成功。


「とんでもないヤツもいたものだな。これも魔王軍とやらの仲間か?」

「は、はいぃ。恐らく死霊軍団だと思いますぅ。でも、土の精霊のウリネさんが抑え込んでいてくれたはずなんですけどぉ……」


「あーっはは! 残念だったねぇ! 土の精霊はあたいの用意した傀儡と戦ってるのさ! あんたが噂の農家だね! 悪いけどさ、ここで死んでもらうよ!!」



「おい。イルノ。なんだこの露出狂は」

「わ、分かりませぇん。多分、変態さんだと思いますぅ」



 死霊将軍・ヴィネの第一印象を「変態」と断定した黒助とイルノ。

 だが、たった100メートル進まれるだけで農場の敷地内に侵入を許すこの状況はよろしくない。


「おい、そこの変態。今すぐ回れ右して家に帰れ。正装して来たら相手をしてやる」

「ははあっ! 減らず口だけはいっちょ前だねぇ! リッチたち! やっちまいな!!」


 また新しいアンデッドが土から這い出て来る。


「おい! ヤメろ! 勝手に土の中に潜むな! 分かった、相手をしてやるから、とりあえず全員土の中から出て来い」

「おやおや、早速泣き言かい!? 最強の名はどうした!? あたい達が怖いのかい?」



「怖いから言っている。苗に付くナメクジくらい怖い。音もなく忍び寄って、大事な葉を食べるんだ。恐怖以外の言葉でこの感情を表現する方法を知りたい」

「……あんた、何言ってんだい?」



 死霊将軍・ヴィネとの戦いが始まる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方、農場の畑では。


「黒助様が戻って来られませんなぁ。なんぞあったのでしょうか?」

「知らないわよ。ていうか、あの黒助に何かあるわけないじゃない!」


「それは確かにそうでございますな! ワシらが心配するだけ無駄でございます! そんな心配するなら草の一本でも引き抜けと怒られそうです」

「あー。それ言いそう。っていうか、絶対言うヤツじゃん。はい、クワが30個できたわよ」


「では、ワシはオーガたちに配って参りましょう!」

「はーい。よろしく。わたしは残り18個! 頑張るわよ!!」


 黒助への過剰な信頼感が、彼らに敵襲を気付かせない。

 主戦力が農機具の調整に没頭していると言う非常事態。


 だが、それも黒助が指示したことなので、責任の所在を正しても誰かが得をすることはない。

 女神と火の精霊は英雄のピンチに気付くのだろうか。

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