第17話 魔王軍に動きアリ

 オーガ一族を従業員に迎えた春日大農場。

 黒助は定時に帰宅して、その日の思い出話に花を咲かせながら、家族団らんで休日の幕を閉じる。

 その日、彼は実に良質の睡眠を取ったと言う。


 それに対して、眠れぬ夜を過ごしている者たちもいた。


「はぁ、はぁ……。これで12軒目! ゴンゴルゲルゲ! あといくつ!?」

「13軒でございまする!」


「嘘でしょ!? まだ半分しか終わってないの!?」

「正確には半分も終わっておりませぬ!!」


 ミアリスは夜を徹してオーガ族の新居を創造していた。

 女神の創造も無限にできる訳ではない。


 何かを創り出せばその分ミアリスの魔力は消耗するし、失った魔力を回復しないまま創造を続けると疲労が蓄積し始める。

 つまり、ミアリスは疲れ切っていた。


 そんな彼女の元へ、イルノがやって来た。

 秘密兵器を携えて。


「ミアリス様ー! 黒助さんが、あいつも疲れるだろうからってこれをくださいました! 限界になったら与えるようにと申し付かってますぅ!」

「なによ? この小さい瓶。なんか現世の言葉で色々書いてあるわね。ええと、ユンケル?」


 説明しよう。

 ユンケルとは、現代社会で戦う社畜と言う名の戦士たちが「もうあかん」と限界を悟った時に頼る、秘薬である。


 ユンケルを飲めば体力が回復し、疲労感は軽減される。

 「限界だ」と思っていた少し前の過去が「スタート地点」へと変貌するのだ。


 歴戦の社畜戦士の中には、1度に2本のユンケルを飲む「禁じられた秘奥義」を使う者もいるが、素人が手を出しては危険である。

 特殊な人間以外はむしろ害になる可能性もあるので、用法用量は守ろう。


 なお、「カフェインのおかげ」とか「糖分による錯覚」などとのたまう者たちも存在するが、彼らの言う事に耳を貸してはならない。

 一度そう思うと、途端に効果が薄くなった気がするからである。


「あんま美味しくないわね。……でも、なんか目が冴えて来た気がする!!」

「それはようございましたな! 黒助様も粋な事をなさる!!」


「今なら2軒同時に家を創り出せそう! やるわよー!!」

「が、頑張ってくださぁい!」


 その後、朝までにきっちり黒助の発注した数だけオーガの住居を創り切ったミアリスであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 女神たちが忙しない夜を過ごしている一方。

 コルティオールのとある山脈にある魔王城でも、眠れない者たちがいた。


「こ、これは……! とんでもない事になったぞ!!」


 通信指令・アルゴムは、映像投影モンスター・モルシモシを使って今日もコルティオールを監視している。

 特に、各軍団の主だった種族の里には注意していた。


 女神軍の侵攻がいつ起こるとも知れないからだ。


 魔獣将軍・ブロッサムが討ち取られると言う前代未聞の事件からまだ数日。

 勢いづいた女神軍が更に魔王軍の一角を崩そうと考えるのではと推察するのは必定だった。


 そこで見つけた、見つけてしまった大異変。

 アルゴムは目を疑った。


 鬼人軍団の主力であるオーガが民族大移動をしていたのだ。

 住まいを移すのならまだ良い。

 魔王軍の財務担当から後日引っ越し祝いを送れば済むからである。


 だが、とても祝ってはいられない引っ越しが行われていた。

 オーガ一族が、何がどうなったのか分からないが、女神軍の本拠地である農場に移住していた。


 アルゴムは急ぎ、鬼人将軍・ギリーを呼び出した。

 深夜だからと時間を配慮している場合ではない。


「おう。どうしたぁ? アルゴムよぉ」

「ギリー様! 良かった、お休みのところ申し訳ございません!!」


「おう。平気だぜ? さっきまで女を抱いてたからな!」

「そ、それは……。お楽しみのところ重ねて申し訳ございません」



「おう。それは嘘で、実は女を抱くシミュレーションをしてたんだ!」

「何と言うか、本当に申し訳ございません。いやもう、なんか申し訳ございません」



 鬼人将軍・ギリーは28歳。

 魔王五将軍の中で1番若く、血気盛んな男である。


 ちなみに彼は魔法使いになるカウントダウンに入っており、魔王軍で武功を挙げることよりも、人生で大事なものを捨てる事の方にご執心である事はあまり知られていない。


「あの、ギリー様。配下のオーガ一族ですが」

「おう。オーガね。それがどうかしたか?」


 アルゴムは身分が上の若者に対して、オブラートを用いることにした。


「さ、最近、彼らの様子を確認なさいましたか?」

「いやー。してねぇな。だってあいつら、何言ってんのか分かんねぇんだもん!」


 現在はミアリスによってコルティオールの言語が統一されたが、彼らはまだその事実に気付いていない。

 ひとまずアルゴムはオブラートに包み過ぎたと反省して、全てを溶かした。


「オーガ一族が、女神軍の本拠地におります! どういう訳かは分かりませんが! 鬼人将軍のギリー様にならば、事情がお分かりになるかと! こちらの映像をご覧ください!」

「ばっか、お前! そんなワケねぇって! ばっか、お前——」



「ええ……。マジじゃん。なんか家作ってもらってんじゃん。どーなってんの、これ」

「私がお聞きしておるのですが……」



 ギリーは激しく狼狽えた。

 そののち「ぜってぇ魔王様に怒られるヤツじゃん、これぇ……」と落ち込んだ。


 そこに、救いの手を差し伸べる者が現れた。


「話は聞かせてもらったよ! 出撃前に情報を貰おうと寄ってみて良かったわ!」

「ヴィネ様!! 出撃前と言う事は!?」


「そうさ! あたいの死霊軍団は土の精霊との交戦から引き上げさせて、数日中に女神軍を滅ぼしてくるからね! 安心しな! ギリーんとこの裏切り者も血祭さ!!」

「ヴィネ姐さん! やっぱ頼りになるぜ、あんた!!」


 アルゴムはすぐに春日大農場の座標と、女神軍の戦力について調べ上げた情報をヴィネに差し出した。

 それを受け取ったヴィネは満足そうに笑う。


「農家だかなんだか知らないけど、所詮はパワー馬鹿だろ? あたいの死霊たちの敵じゃないね! 土の精霊だけが厄介だけど、あいつは動きが遅いから問題ないさ! じゃ、精々あたいの凱旋を待ってな!」


「はっ! ご武運を!」

「ひょー! 頑張って、ヴィネ姐さん! オレ応援してる!!」


 ヴィネは手をひらひらと振って、魔王城を発った。

 その背中を見送ったギリーはアルゴムに呟いた。


「なあ、アルゴムよぉ」

「はい。なんでしょうか?」



「ヴィネ姐さんって、なんであんなエロい恰好してんの? 戦いにくくね? ポロっと何かこぼれそうじゃん」

「……もうお休みになられてはいかがですか?」



 この時のギリーは、その夜見せたどの表情よりも真剣だったらしい。

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