第16話 春日大農場は労働力を欲す

「いやぁ、利発そうなお嬢さんでいらっしゃる! お兄さんもさぞかし鼻が高いでしょう?」

「分かるか? ファルオの父親、お前なかなか見所があるな!」


 ファルオの父親の名前はゼミラス。

 魔王軍鬼人軍団に属する、オーガ一族を束ねる首長である。


「ほんまに今回はうちのせがれがお世話になって。すいやせん! 何かお礼ができればいいんですけど!」

「ふむ。聞くが、お前たちは魔王軍の所属だろう? 俺は一応、魔王軍を倒す側に属している。このように慣れ合って良いのか?」



「いや、分かりやせん。そもそも人間の方に良くしてもらった事が初めてですよって」

「なるほど。俺にも分からん。はっはっは」



 よく分からないうちに仲良くなっている黒助とゼミラス。

 その良くない気配を察知して、ミアリスが飛んできた。

 文字通り、翼を羽ばたかせて全力で。


「ちょっと、あんた! ファルオ助けたとこまではギリギリ目をつぶるけど! ダメよ! いずれ倒す魔王軍の魔物と交流深めたら! どす黒い交際しないで!!」

「そうは言うが、ミアリス。こいつら、話したら意外と悪いヤツではないぞ?」


「いや、悪いヤツなのよ! 人間襲って食べたりすんのよ、こいつら!!」

「ふむ。そうなのか?」


 黒助はゼミラスの方に向き直って同じセリフを吐く。

 「そうなのか?」と。


「いやぁ。人間の旦那に言うのもアレなんですけどね。食べますなぁ! だって、我らの食料は現地調達だもんで。手っ取り早いんでさぁ、人間狩るの」

「なるほど。分からんでもない」

「理解示さないで!! あんたのメンタルどういう構造してんの!?」


 怒り心頭なミアリス。

 だが、黒助は冷静だった。


「俺たち人間だって、鶏や牛を食べるじゃないか。ならば、こいつらの主食が人間だと言う以上、ある程度の理解はするべきだ」

「あ、別に主食じゃないです。我ら、雑食なので。むしろ、人間って不味いんでさぁ。硬いし、可食部は少ないし」


「そうなのか?」

「へい。できれば違うものが食べたいんですが、さっきも言った通り、うちの鬼人軍団は食料の配給がないので」


 黒助は「少し待て」と言って、1度農場の小屋へと戻る。

 そこには結構な量のサツマイモがある。

 焼き芋にして、そのうちミアリスたちに食べさせてやろうと思って現世から持って来たものだった。


「ゲルゲ。その辺の枯草集めて、この芋を焼くんだ」

「かしこまりました。火加減はどのように?」


「ふむ。未美香! ちょっとこの火の精霊に焼き芋作らせたいんだ! 手を貸してくれるか?」

「いいよー! ゲルゲさん、あたしと一緒にがんばろー!!」

「なんと心強い! 未美香様、是非ともご教授くだされ!!」


 1時間ほどで焼き芋が出来上がった。

 毒見をするのは鉄人。


 タダで食べる食事の美味しさを熟知している彼が適任だった。


「はふっ、はふっ! 兄貴、控えめに言って最高だわ!」

「そうか。良かった。では、2つほどこちらに貰う。残りはみんなで食べてくれ」


「やったぁ! お姉、こっち来て一緒に食べよー!」

「でも、ファルオくんたちが気になって……」

「安心しろ、柚葉。お前が悲しむような事を俺がすると思うか?」


 柚葉の表情がパァッと明るくなった。

 この世で1番信頼のできる自慢の義兄がそう言うのだ。

 疑う必要など、どこにもない。


「みんなが幸せになれるようにしてくださいね、兄さん!」

「任せておけ。家族の笑顔が俺の幸せだ」


 熱々の焼き芋を素手で掴んで、彼は再びオーガの一団の元へと戻った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あんたね、わたしがけん制してたからいいようなものだけど、オーガの群れを1時間も放置するとか正気!?」

「何事もなかったではないか。ミアリスを信頼しての行動だ。許せ」


「は、はぁっ!? い、意味分かんないんですけど!? べ、別にあんたのためじゃないし! 自分の身を守るためだし!!」


 ミアリス、なんだかツンデレみたいになる。

 そしてそのツンデレを無視して話を進めるのが我らが農場の主。


「ゼミラス。これを食べてみろ」

「こりゃあなんです? 木の根か何かで? なるほど、粗相を働いた我らに対する罰ですか」


「いいから食べろ」

「せがれを助けてもらった手前、断れませんな。靴でも舐めますし、木の根だって齧りつきましうわぁ! うっま!!」


 ブランドサツマイモの焼き芋を舐めてはいけない。

 その甘さを前にしては誰もが虜になり、栄養も豊富で腹持ちも悪くない。


「ゼミラス。お前たち、魔王軍を抜けろ」


 急な展開だった。

 もちろん、オーガ一族も大反発。


「なにを抜かしとるんじゃい、おどれぇ! 大恩ある魔王様に楯突け言うんか!!」

「ちぃと見どころがあるかと思うたらこれじゃい! 人間は度し難いのぉ!! ボケェ!!」


 血気盛んな若い衆に「ちぃと待たんか」と言って、ゼミラスは言葉を探す。

 ならば手を差し出すのが黒助のやり方。


「俺たちは、オーガ一族に安定した食事を提供する用意がある。その分、農業に従事してもらうが、人里を襲うよりはずっと楽だし、安定もする。魔王とやらが腹を立ててやって来た時には、お前たち一族の誰であっても俺が守ると約束しよう」


「願ってもない申し出ですが。いや、この焼き芋ってむちゃくちゃうめぇ! だけどですよ、黒助はん。誰が魔王様に勝てると言うんですか?」


 黒助はミアリスにアイコンタクトを送る。

 「あー。はいはい」と全てを諦めた創造の女神は鋼鉄の板を創り出した。


「うおらぁっ!!」


 その鋼鉄に一瞬で穴が空く。

 貫いた部分ははるか向こうの山まで飛んでいき、轟音と共に土砂崩れを起こした。


 自然破壊をするものではないと黒助には苦言を呈しておきたい。



「言っておくが、今のは2パーセント程度の力で殴った」

「相変わらず、交渉が脳筋そのものなのに隙がないってすごいわね……」



 話は纏まった。

 ゼミラスは「少しで良いので時間をくだせぇ」と申し出て、一族を集めて会議を開く。


 議題は「もうこれ、この話を断ったら我々は殺されるぞ」である。

 血気盛んな若い衆ほど、暴力で訴える説得力に屈服するのは早い。


「黒助はん。我らオーガ族100と余人。これからお世話になりやす」

「そうか。よし、では明日から働いてもらおう。住居は心配するな。ミアリスが今晩中に創造する。働いた分は食わせてやるから気を安らかに持て」


 この結末には柚葉も満足そうであり、「さすが私の兄さんです!」と笑みをこぼした。

 黒助はその笑顔だけで胸がいっぱいになったと言う。


 そんな訳で、春日大農場に従業員が100人と少しばかり増えたのだった。

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