第14話 女神に無茶を言う最強の農家と賢いニート
オーガの子供は黒助に背負われる。
抵抗する気力もないほどに憔悴しきっており、どうも怪我をしてからそれなりの時間が経過しているらしかった。
「大丈夫でしょうか? 兄さん、この子助かりますよね?」
「柚葉……! まったく、お前の心の優しさはノーベル平和賞ものだな!! ああ、任せておけ! この俺が責任をもって救って見せる!!」
黒助は考えた。
現在の最優先の任務は「柚葉の願いを叶える事」であり、その結果、新しい任務が産み落とされる。
それは「オーガの子供の命を救う事」だった。
黒助にはこの魔物がどれほどの危機的状況にあるのか判断がつかない。
ならば、最悪の想定をするべきだろうと彼は頷く。
既に背負っているオーガの子供が数分しか生きられない重傷だとすれば、どうすれば良いのか。
その答えは実にシンプルだった。
「イルノ。俺は先に農場へ戻る。柚葉を頼めるな?」
「は、はいぃ! 命に代えてもお守りしますぅ!」
「イルノ。お前が命を落としても柚葉は悲しむ。だから、命に代えても2人で無事に戻って来い。良いな?」
「は、はいぃ!」
なにやらクライマックスみたいなセリフのやり取りだが、ただ「森から怪我しないで帰って来てね」と言っているだけである。
柚葉の「兄さん!」と言う声を聞いて、「うむ」と短く答えた黒助。
彼は一瞬で姿を消した。
風よりも速く、光回線よりも安定したスピードで、黒助は農場へと舞い戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ちょっとぉ!? あんた、何考えてんの!? 魔物の子供拾って来るとか!! うちはそーゆうハートフルな展開を求めてないんですけど!?」
女神・ミアリスの意見は正しかった。
だが、ここでの法は黒助が作る。
「静かにしろ。イエスかノーで答えてくれ。この子供を治す事は可能か?」
「いや、鬼人軍団の魔物助けてどうすんのよ!?」
「要求に応じない場合はこの世界を見捨てて現世に帰るが?」
「い、イエス、アイキャン!! 今回だけ特別なんだからね!!」
女神と名の付くミアリスである。
回復魔法の3つや4つくらい使えなければ嘘だろう。
水の精霊であるイルノも回復魔法は使えるのだが、彼女の使うそれは傷を癒すものではなく、病気や体の異常を治すものらしいと黒助が知ったのは、ミアリスがガチの回復魔法を使い始めた時分であった。
ゴンゴルゲルゲが教えてくれた。
「ゲルゲ。ミアリスの回復魔法はどの程度の力を持つ?」
「創造の女神ですからな、凄まじいですぞ! 大概の傷は一瞬で治してしまわれます!!」
「ほう。それはすごいな。農協の共済から労災保険を抜いておくか」
「……よしっ! 治ったわよ! 結構酷い怪我だったから、黒助が行ってなかったら手遅れだったかもね! すぐに目を覚ますわよ!」
ミアリスの予言通り、1分もしないうちにオーガの子供は目を開いた。
そして、そのまま爪を伸ばし、黒助に襲い掛かる。
「おい。よせ。お前の爪ごときで俺は傷つけられんが、周りには家族がいる。家族に何かあれば、いかに子供とは言え容赦せんぞ?」
「キィイィイィィッ!! キィィィッ!!」
「何を言ってるのかさっぱり分からん。ミアリス、どうにかしてくれ」
「どうにか!? いや、さすがのわたしでもオーガの通訳は……」
ここで手を挙げたのは、現世のニート戦士である鉄人。
彼は異世界にこの場の誰よりも精通していた。
「あのー、ミアリスさん。創造ってどの程度の規模で発現できるんですか?」
「ふふんっ! わたしの創造の力を甘く見ないでよ! 例えば、コルティオールに新しい魔素を創り出すことだって可能なんだから!」
「じゃあ、この世界の言葉を共通語1つに構成し直してみてはどうですか?」
「ほえ?」
鉄人の発想は理外のものだった。
黒助はもちろん、四大精霊も、そして間抜け面で首をかしげている創造の女神でさえも、そんな事は考えた事すらない。
「あ、すみません。言葉足らずでしたか? ですからね、魔素を作れるんだったら、『この世界の言語はもとから1つ』って条件を創造できないのかなって。多分、『魔王の存在を消す』とかって言うのは無理なんでしょう? 女神の力を越えるから。でも、言語を統一するくらいなら魔素を創り出すよりも容易いんじゃないかと思うんです、僕」
しばし口を開けていたミアリスは、黒助に向かって素朴な疑問をぶつけた。
「……あ、あんたの弟って何者!? 物の考え方が神のそれに近いんだけど!?」
「黒助は異世界ものなら50冊は読んだと言っているからな。よくは分からんが、俺の自慢の弟だ。ネットカフェに行けば1日2冊は余裕らしい」
ミアリスは女神の常識をぶっ壊す鉄人の提案をとりあえず受け取った。
黒助が「早くしろ。俺はいつまでこの小鬼に噛みつかれていればいい?」と急かすので、創造の魔法を使い世界の構造を変化させようと試みる。
その作業中に、柚葉とイルノが戻って来た。
彼女たちはオーガの子供の無事を手を取り合って喜び、黒助は2人の無事を喜んだ。
そして、ミアリスの創造魔法が完了する。
「一応やってみたけど、ちゃんと出来てるのかは分かんないわよ? 初めての事だもん」
「よし。ご苦労だった、ミアリス。まずは試してみよう。小鬼。今すぐ俺の腕から離れろ。痛い目に遭いたくはないだろう?」
オーガの子供はビクッと体をのけ反らすと、黒助の腕から離れる。
「これは言葉が通じたのか? ゲルゲ、どう思う?」
「今の黒助様の視線に臆したのかもしれませぬな。ワシだったらお漏らししてます」
「なるほど。これは困った」
すると、柚葉がオーガの子供に近づいた。
黒助は慌てて彼女を止める。
「ゆ、柚葉! いかん! 危ない! 危険だ! エマージェンシーだ! 危ない!!」
「大丈夫ですよ、兄さん! ね、私は柚葉。あなたの名前を教えて?」
オーガの子供はしばし考えこんだのち、小さく答えた。
「……ファルオ」
「ファルオくん! そっかぁ! 痛いところない? あなた、怪我してたんだよ?」
「……ない。……お姉ちゃんが助けてくれたの、覚えてる」
「よかったぁ! ここにはあなたを傷つける人はいないから、安心してね!」
一方、黒助はゴンゴルゲルゲに全力で引き留められていた。
「離せ、ゲルゲ! あの小鬼! うちの柚葉をお姉ちゃんだと!? 柚葉は俺の妹だ!! 引っ叩いてやる!!」
「落ち着いて下さいませぇ! 柚葉様の言葉を秒で嘘にするおつもりかぁ!!」
少し離れたところでは、ミアリスが未美香に耳打ちしていた。
「あんたのお兄さんって、なんか色々と重くない?」
「たははー。よく言われるんですけど、あたしもお姉もお兄のそーゆうとこ、結構好きなんですよねー」
ミアリスは思った。
「春日家の価値観の再構築は無理そうだ」と。
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