第13話 春日柚葉、オーガの子供を助ける
楽しい異世界観光中の春日家。
とは言え、農作業もこなさなければならない。
黒助は妹たちから泣く泣く離れて、サツマイモの定植作業に移った。
その凄まじいスピードは最強の肉体を完全にコントロールしている御業であり、本来は魔王軍と戦うために与えられた力で、黒助はサツマイモを植える。
「ゲルゲ。すまんが水やりを頼めるか?」
「わ、ワシですか!? お言葉ですが、黒助様。ワシ、一応火の精霊ですが?」
「酷な事を頼んで悪いと思っている。だが、イルノに妹たちの相手を頼んだ以上、こちらは俺たちでどうにかするしかない」
「わ、分かり申した! やってみせましょうぞ!!」
「よし。いや、良くない。気合を入れるな、ゲルゲ。なんかちょっと熱い」
「こ、これは申し訳ありませぬ! 無気力で頑張りまする!!」
音を置き去りにしてサツマイモの苗を植え付けていく黒助。
音は置き去りにできないが、充分異常な速度で水やりをこなすゴンゴルゲルゲ。
ミアリスは自分のペースでコツコツと作業をしていたところ、「お前は邪魔だから、あっちで妹たちと遊んでいろ」と突然の戦力外通告を受ける。
こうして、午前の仕事をわずか1時間で済ませた春日大農場。
それもこれも、黒助が家族と過ごしたいだけの理由であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お兄、おつー! お姉と一緒にね、ご飯作ったんだよ! サンドイッチ! 唐揚げもあるよー! 食べよ、食べよー!!」
昼時になり、ランチボックスを持って来る未美香。
レジャーシートを敷いて準備するのが柚葉。
「ゲルゲ。よく見ておけ。あれが天使だ。あれが女神だ。あれがこの世の全てだ」
「心得ましてございまする! つまり、ミアリス様は女神ではないと!?」
「ああ、あいつは、そうだな。ファッション女神という地位を与えよう」
「なんと言う慈悲深いご配慮! このゴンゴルゲルゲ感服いたしました!」
2人の後ろには普通にミアリスが飛んでいる。
黒助は人を貶す事を良しとしない性格の持ち主。
それでもやむを得ず貶す時は、陰口など絶対に許されない。
「人の悪口は大きな声で。本人の前で」が彼のジャスティス。
「ゴンゴルゲルゲさー。あんた、すっかり黒助色に染まったわよね。覚えてる? あんたたち四大精霊って、女神の部下なのよ? ねぇ、聞いてる? 無視すんじゃないわよぉ!!」
「落ち着け。ミアリス。お前にだって褒めるべき点はある。例えば」
「お兄ー! ご飯の準備できたよー!!」
「分かった! すぐに行く!!」
「ちょっとぉ!? わたしの褒めるべき点は!? ねぇ、褒めなさいよ! ねーえー!!」
妹の言葉は全てにおいて最優先事項となる。
これもまた、春日黒助のジャスティス。
「いいところじゃん、コルティオール! 僕は好きだなー!」
「鉄人か。気配を消して近づくとは、さすがは俺の弟。またやるようになったな」
「ニートは気配消すスキルをまず覚えないとね! それができないヤツは半年も持たずにこの業界では脱落していくんだよ!」
「なるほど。鉄人の言葉はいつも新しい発見をさせてくれる」
ミアリスが未美香からサンドイッチを受け取ったついでに聞いた。
「ねぇ、未美香? ニートって何かしら? 現世の職業?」
「んっとねー。ダメな人の総称かなっ! 少なくとも、うちではそうだよ!」
ミアリスは「あんたたちの家、色々と大変そうね」と慮って、サンドイッチに舌鼓を打った。
普段は柚葉が春日家のキッチンを支配しているが、未美香も料理ができない訳ではない。
彼女は部活があるため、その機会が少なくなりがちなのである。
料理上手の妹が2人もいるこの状況。
これを奇跡と呼ぶ。
世の中はどうしても正負でバランスを取りたがる傾向がある。
片方が料理上手だと、片方は何故かメシマズになるのが宿命のように思われる事もあるが、春日家の女子はその運命に打ち勝っていた。
「そう言えば、柚葉はどうした?」
「お姉ならね、イルノさんと一緒に果物を採るって言って、森に行ったよー? お兄の手助けをしたいってさー!」
「ゲルゲ」
「言わずとも分かります。ここはワシに任せて、行って下さいませ!!」
「あんたたち、ホントに何なの? 以心伝心しないでくれる? なんか腹立つ」
黒助はサンドイッチをもう2つほど頬張って、超スピードで近くの森へと駆けだした。
森と言えば、魔獣将軍と戦ったのはつい先日の事。
何かの拍子にささくれた木の枝で柚葉の柔肌が傷ついたらどうするのか。
黒助は加速する。
彼の走った道は黒く焦げ、どこに行ったのかすぐに分かったとのちにミアリスは語った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「これは柚葉の匂い……! こっちか!!」
現在、彼は妹を心配する気持ちのみで行動している。
「妹の匂いを嗅ぎ分けられる」件についてはそっと不問にしてもらえると助かる。
魔獣将軍・ブロッサムとの激闘、と言う名の一方的な蹂躙が行われた方向とは真逆の位置に柚葉の匂いは続いており、これはイルノが気を利かせたのだと黒助はすぐに理解した。
彼の中で水の精霊の地位がアップした瞬間であった。
木をかき分けて走っていくと、2人が困った顔で立ち尽くしていた。
黒助は自分の愚かさを呪った。
「どうして柚葉の傍から一瞬でも離れてしまったのか」と。
「やはり、おはようからおやすみまでずっと傍に付いていなければ」と。
「あっ! 兄さん! こっちに来てくださーい! 助けてくださーい!!」
「ぬんっ。どうした!? 何があった!?」
「あ、あの、黒助さん? 今、瞬間移動しませんでした?」
「ああ。思い切り地面を蹴ったら、なんかできた。だが、そんな事はどうでも良い」
また1つ人間の壁を越えたのに、それをどうでも良いと切り捨てる黒助。
それが正しいのかどうかは一先ず脇に置いておく。
「兄さん。この子を看てあげてくれますか? 怪我してるみたいなんです」
「ああ、柚葉が怪我をしたのではないのか。良かった」
「良くありません! この子、まだ小さいのに!」
「そうだな! 俺が間違っていた! イルノ! この角の生えたヤツはなんだ!?」
「あ、はいぃ。この子はオーガですぅ。鬼人軍団に属している魔王軍の一員だと思いますぅ。はいぃ」
「魔王軍? 聞くが、イルノ。それを俺が助けて何か問題はあるか?」
「え゛っ? い、イルノには難しくて、ちょっと分かりません……」
「そうか。ならば助けよう。他ならぬ柚葉の望みだ」
言葉を濁す事しかできなかったイルノ。
オーガの子供を背負って農場に戻った黒助を見て、ミアリスがプリプリ怒るのは割とすぐの話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます