第12話 救国の英雄、家族を職場(異世界)に連れて来る

 それは日曜日の朝。

 黒助は身支度を整えているところだった。


 農家には土曜も日曜もなければ、盆も正月もない。

 太陽が昇れば仕事が始まり、月に選手交代が行われても仕事は続く。


 農業とは過酷であり、やりがいに溢れた仕事なのだ。

 そんな農業戦士に妹たちが駆け寄って来た。


「兄さん、兄さん!」

「お兄ー!!」


「なんだ? なるほど。分かったぞ。小遣いが足りないんだな。よし、1人3000円で足りるか?」


「違いますよぉ! 未美香と話していたんです!」

「ねー! お姉! あのね、あたしたちもお兄の異世界農場に行ってみたい!!」


 黒助の予想だにしない申し出だった。

 彼は考える。


 自分の仕事場を家族が見たいと言ってくれる事は家長としての本懐である。

 だが、仕事場は危険だ。


 コルティオールに猪や毒蛇は出ないが、代わりにモンスターが出る。

 そんなところに可愛い妹たちを連れて行って大丈夫なのか。


 大丈夫ではない。


 苦渋の決断だが、断ろう。

 黒助は心を鬼にして口を開く。


「それはな……」


「ダメ……ですよね。ごめんなさい、兄さん。ワガママ言ってしまいました」

「あたしたちの事は気にしないでいいかんね! お仕事頑張って!!」


「何を言っている! 俺の仕事場などいくらでも見せようじゃないか! さあ、支度をしよう! ついでに女神やら精霊やら、珍しいものも見せてやるぞ!!」



 黒助の心の鬼は、随分と融通の利くいいヤツだった。



 泣いた赤鬼ならぬ、満面の笑みの赤鬼。いや、黒鬼。

 そうなると、1人だけ仲間外れにする訳にもいかない。


「鉄人ー! 今日は柚葉と未美香も異世界に行くが、お前も来るかー?」


 リビングで寝転がり、テレビに映る世界情勢を憂う規則正しい生活をするニートの鉄人。

 こんな面白そうな誘いに乗らない理由がなかった。


「マジで!? 行く、行く! スマホのバッテリー取って来るわ! こりゃパズるぞー!」


 こうして、春日一家全員でコルティオールへと出勤した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 倉庫に入って1秒。

 倉庫から出るとそこは異世界。


「ほわぁー! すごいです! 太陽が2つもありますよ!」

「お姉、お姉! あっち見て! なんかでっかい鳥が飛んでるー!!」


 はしゃぐ2人の妹たちを見て、黒助は上機嫌だった。

 思えば、日々の仕事の忙しさにかまけて遊びたい年頃の妹たちを遊園地のひとつにさえ連れて行けていなかった己の甲斐性のなさを嘆く。


 黒助は思った。

 「そうか。2人にとってはここがアミューズメントパークなのか」と。


 ならば、精一杯のおもてなしをしなければならない。

 それが日本男児の務めであると、家長の宿命であると、黒助は独り拳を握った。


「黒助様ぁ! 今日はおいでになられるのが遅いので、心配しておりましたぞ!!」

「ゲルゲか。すまん。実は家族を連れて来たのだ」


 最初に出て来たのがゴンゴルゲルゲだったのは、良かったのか悪かったのか。

 これは難題である。


 1番濃いヤツを最初に出すことで、異世界の何たるかを伝える事ができる。

 だが、濃厚過ぎて妹たちが引いたらどうする。


「うっわぁ! おっきい! 人? 鬼? とにかくおっきい誰か!」

「こら、失礼ですよ未美香! はじめまして、春日柚葉と申します。いつも兄がお世話になっています!」


 春日家の順応力は極めて高い。

 黒助の心配は杞憂に終わる。


「ははぁっ! これは黒助様のご家族の方々! ワシはゴンゴルゲルゲと申します! 黒助様の忠実なる部下でございますれば、何なりとお申し付けを!!」


 火の精霊もすっかり肩に下げた手ぬぐいが似合うようになった。

 彼は仰々しく柚葉と未美香に頭を下げる。


「ゲルゲ。ミアリスは?」

「ミアリス様でしたら、今日はまだ寝ておられますが」


「そうか。叩き起こしてくれ。ならば、イルノはどうしている?」

「イルノはケルベロスに食事を与えておりますぞ」


 黒助は「素晴らしいタイミングではないか」と頷いて、柚葉と未美香をケルベロス小屋へと連れて行くことにした。

 ケルベロスの体長は3メートル以上あるので、そんなデカい三つ首の犬の住まいを「小屋」と表現して良いのかはケルベロス有識者の議論に任せようと思う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おはようございますぅ。黒助さん」

「ああ。おはよう、イルノ。この2人はな」


「ご家族の方ですよね? 鉄人さんから伺ってますぅ」

「ふむ?」


 そこには、ケルベロスを3台のスマホで多角的に撮影している鉄人の姿があった。

 彼は「ひょー! 生ケルベロスたんキター!!」と興奮を抑えきれない様子。


「すごっ! お姉さん、なんか体の周りに水が浮いてない!?」

「あ、はいぃ。イルノは水の精霊ですので。ええと、未美香さんですね? 鉄人さんからお聞きしました」


「鉄人が役に立ってる……! 異世界ってすごいんだねぇ!」

「やはり鉄人のコミュ力は異世界でも通じるか……! さすが俺の弟!」


 ケルベロスも鉄人のカメラ攻勢に嫌な顔をせず「きゅーん」と鳴いている。


「すみません。イルノさん。よろしいですか?」

「はい。あなたは柚葉さんですね! よろしくお願いしますぅ」


「こちらこそです! 兄の話だと、イルノさんは水を支配する神様? みたいな人だと聞いているんですけど。農業をしていて良いんですか?」

「あ、大丈夫ですぅ。イルノは今、黒助さんの魔王軍征伐のお手伝いをしているので」


 そのお手伝いの内容は、主にケルベロスの世話と畑の水やりである。


「すごい! 兄さんって本当にこの世界のために戦っているんですね!」

「ああ。農業のついでにな。魔獣将軍とやらを倒したから、次は死霊将軍とやらを倒して、畑の精霊をこの農場に呼ぶ予定だ」


 珍しく自分の功を誇る黒助。

 やはり、彼は身内に甘い。マックスコーヒーより甘い。


「ふぁあぁぁっ。なによー。黒助ー。わたしまだ眠いんだけどー」


 新しいアトラクションが来たので、黒助は家族を集める。

 そして、羽を生やしてパタパタと飛んできた女神を指さした。


「これがこの世界の女神だそうだ。自称な。名前はミアリス」

「誰が自称よ! 正真正銘の女神ですけど!? ゴンゴルゲルゲから話は聞いたけど、あんたマジで家族連れて来たの?」


「なにか問題があるか?」

「ちょっと、こっち来て!」


 ミアリスは黒助にだけ聞こえるように、彼に耳打ちする。


「今の状況、分かってる!? 魔王五将軍の一角を落として、向こうも本気出して来るかもしれないのよ!? そんなタイミングで家族に観光させるとか、あんた!!」


 黒助は「なるほど」と答えた。

 続けて、首をかしげる。



「俺がここにいる。つまり、この世界で最も安全な場所はここではないか?」

「ヤダっ、カッコいい……!! やる気出したあんたってホント頼りになるわー」



 その後、ミアリスはプレッシュと言う名の果物のジュースを用意して、柚葉と未美香をもてなした。

 鉄人は「ケルベロスに餌あげてみた!」動画を撮るのに忙しい。


 春日家の楽しい日曜日は始まったばかりだ。

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