第11話 激震、揺れる魔王城
「ただいま」
春日黒助、今日も定時上がりで異世界から引きあげて来る。
出勤時間は自由。
退勤時間も自由。
土地は使い放題。
働いた分だけ稼げる。
ホワイトオブホワイトな職場環境が運命によって作り上げられていた。
これも創造の女神であるミアリスの成せる技だろうか。
多分違う。
「兄さん、おかえりなさい! 今日はサツマイモの天ぷらとサツマイモのお味噌汁ですよ!」
「それは良いな! だが、揚げ物はいかん。柚葉の白い肌が火傷でもしようもなら! どれ、俺が代わろう」
「えー。お兄、先にお風呂入りなよー。なんか今日はいつもより汚れてない?」
「そうか。未美香の言う通りだった。不衛生な状態で台所に立つなど言語道断」
反省した黒助は、弟の名を呼ぶ。
「鉄人、すまんが俺の代わりに天ぷらを揚げてくれないか? お前もインターネットで疲れているだろうに、ワガママを言って申し訳ない」
「へーい。任せといてよ兄貴! 僕、兄貴の助けになれると嬉しいんだ!」
「お前は自慢の弟だ!」と感動し、天ぷら鍋を預けて風呂場へ向かう黒助。
「……鉄人さん、今日もなんだかよく分からない事、お疲れさまでした」
「鉄人さー。いい加減バイトとか見つけなよ。自分探す前にさ、バイト探そうよ」
義妹たちの冷ややかな視線を浴びながら、鼻歌交じりでサツマイモをカラッと揚げていく春日鉄人。
どうやら、春日家のメンタルの強靭さは遺伝するらしかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
春日家がサツマイモ三昧の夕食で一家団欒を楽しんでいる一方で、コルティオールのとある山脈にある城に激震が走っていた。
「魔王様! ベザルオール様ぁ!! ご報告がございます!!」
ここは魔王城。
謁見の間に駆けこんで来たのは魔王軍通信指令長官・アルゴム。
「貴様、魔王様の御前であるぞ! 騒がしいったらないね!!」
彼女は五将軍の1人、死霊将軍・ヴィネ。
死霊使いネクロマンサーでもある彼女の周りには、常に人魂が揺蕩っている。
「良い。アルゴムがこれほど慌てるのだ。何か大事でもあったのだろう。申してみよ。余が許す」
「は、はい! ベザルオール様!!」
そして彼こそがコルティオールを混沌の闇で覆い尽くそうとしている魔王。
その名はベザルオール。
機械と鉱石の中間とでも表現すれば良いのか、無機質で血が通っているように見えない肉体は不気味であり、対照的に生気に満ちた紅蓮の瞳は見る者全てを圧倒する。
「くっくっく。さぞかし余の興味を引く報告なのだろうな?」
「そ、それが。私もまだ聞き間違いではないかと耳を疑っている次第でして」
「ふっ。ずいぶんともったいぶるではないか。早く申してみよ」
「お、お許しを得て! ……魔獣将軍・ブロッサム様が討ち取られましてございます!!」
ベザルオールの持っていたワイングラスがひび割れた。
隣にいるヴィネが「いけませんわ」とワインを舌で舐めとる。
「ブロッサムが死んだ……だと? 女神の軍勢にしてやられたと言うのか? 魔獣軍団はどうなった?」
「ブロッサム様の敗北の様子を見て、統率が取れず散り散りになっております」
「……それで? 何者が猫に噛みつく窮鼠となったか? 火の精霊か? それとも風の精霊か? いや、四大精霊が集結したのであろう? なるほど、女神め考えおったな」
アルゴムは酷く気まずそうな顔をして、言葉を飲み込む。
事実をどうやって主に伝えれば良いのか、通信指令と言う職責を果たせずに彼は唇を噛んだ。
「アルゴム。真実を話せ。余に遠慮する事はない。余を誰と心得る? このコルティオールを支配する大魔王! ベザルオールぞ!!」
アルゴムは我に返った。
「そうだ。魔王様にとって五将軍の一角が落ちた事くらい、些末な事よ!」と思い直し、姿勢を正したのち主に告げる。
「ブロッサム様を倒したのは、農家です」
「くっくっく。意味が分からん」
ベザルオール様にも受け止めきれない情報があるのだとこの時、アルゴムは知った。
彼は報告が端的過ぎたと反省し、現時点で知り得る全ての情報を魔王に打ち明けることにした。
「どうやら、女神が異世界より英雄を召喚したようなのです」
「……ふっ。なるほど。異界の猛者か。先ほどは余の聞き間違いであったようだな。して、その異界の猛者はどのような者だ?」
「農家です」
「くっくっく。ちょっと何を申しておるか分からぬ」
アルゴムは悲しかった。
敬愛すべき我が王に対して、2度もしょうもないリアクションを取らせてしまった自分が不甲斐なかった。
それでも彼は言葉を紡ぐ。
通信指令と言う魔王に与えられた職責を果たすために。
「名は春日黒助。年は20そこそこと思われます。どうやら、女神に何らかの力を付与されているようでして、その結果ブロッサム様が不覚を取られたのかと」
「なるほど。女神の力か。恐らくは魔力か神力であろう。ならば、ブロッサムほどの男が不覚を取るのも頷ける」
魔王軍の通信部では、モルシモシと言う名のモンスターを使用して通信ネットワークを構築している。
モルシモシが見たもの、聞いたものは全てマザー・モルシモシに伝達される仕組みで、コルティオール全域に配備されている、鉄壁の情報網であった。
「既に春日なる者のスキルもいくつか判明しております」
「ほう。興味深いな。申してみよ」
「『
「くっくっく。余は疲れているのかもしれぬ。今宵はもう寝る」
この夜、寝室に引き上げていくベザルオール様の背中がとても悲しそうに見えたと、アルゴムはのちに語る。
「ベザルオール様の御心を騒がせるなんて、許せないね! あたいが出るよ! 死霊軍団の実力を見せて、我が君の心の安寧を図る!! 情報を全部寄越しな! アルゴム!!」
「ヴィネ様が出陣されるのですか……!! かしこまりました。すぐに準備を!」
動き出した魔王軍。
コルティオールのパワーバランスが今、まさに変わろうとしている。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「これが今日のコルティオールだ。自分で言うのもアレだが、結構働いたぞ」
「ほへぇー。なんかこの敵? 敵の人、ゴチャゴチャしててキモいねー」
「ダメですよ、未美香! この人の個性なんですから! この人だって、好きでキモい体に生まれて来た訳じゃないんですよ!!」
その頃の春日家。
ゴンゴルゲルゲに撮影させたブロッサム戦を見ながら、夕食を楽しんでいた。
妹の2人に告げておきたい。
ブロッサムは自分から『
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