第10話 最強の農家、異世界の歴史に1ページ目を記す

「か、春日黒助ぇぇぇ!! うぬは危険すぎる!! このように意味不明な力を放置してはおけぬ!! 吾輩がこの場で確実に屠る!!」

「そうか。では、俺も本気を出そう」


「はっ! はははっ! 今までは本気でなかったと言うのか!? バカな!!」

「試してみると良い。来い、ブロッサム。……それからゲルゲ。このスマホで動画撮っておいてくれ。今日の夕飯の時に家族で見るから」


 ゴンゴルゲルゲ、スマホを両手で受け取る。

 彼はまるで赤子を抱くように厳かな所作を見せたと言う。


「喰らえぃ! 魔鳥の翼から繰り出される突風を!! 『ドスサイクロン』!!」

「ミアリス。鉄板を創ってくれ。ゲルゲ。その赤いボタン押したら撮影が始まるから、できるだけ手ぶれを起こさせるな。身の安全については問題ない。俺がいる」


 女神と火の精霊は、この落ち着き払っている異世界から来た人間に全てを賭けるしかなかった。

 ミアリスとゴンゴルゲルゲが10人いても、魔獣将軍・ブロッサムには勝てない。


 これまで直接対決をして来なかった彼らだったが、実際に戦ってみて現実をまざまざと知らしめられた。

 ならば、繰り返すがこの日本から来た農家を信じるしかない。


 彼には最強の肉体が与えられている。

 その肉体を生かすためのメンタルは、既にレベルマックスに到達している。


 言われた事を言われた通りにするのが、コルティオールを守護する彼らに唯一残された選択肢だった。


「は、はい! 創ったわよ、鉄板!! すっごく大きいけど、サイズ調整する!?」

「ふむ。四畳半くらいあるな。まあ、良い。そぉぉぉぉぉいっ!!」


 ブロッサム渾身のカマイタチは、黒助が扇いだ鉄板によって生み出された気流で相殺される。


「グワアアァァァアァァァァッ!!!」


 相殺どころではなかった。

 鉄板の一扇ぎで、魔獣将軍の翼がボロボロに抉られる。


「今のは……。その、なんだ。ちょっと待て。……ああ、よし。『農家団扇のうかわっしょい』だ」

「あの、黒助? 別に攻撃の全てに名前付けなくてもいいのよ?」


「なに? しかし、お前が言ったんだぞ。この世界ではスキルを叫ぶと」

「い、言ったけど! 黒助はほら! 異世界から来たんだから特例って言うか!!」



「郷に入っては郷に従えと言う。俺は京都に行って出されたお茶漬けを美味そうに食いたくはない」

「全然意味が分からないけど、確固たる意志は伝わって来たわ!!」



 ブロッサムの翼は折れた。

 ようやく黒助と同じ目線に立った魔獣将軍。

 だが、その体は黒助の5倍は優にあろうかと言う巨躯。


「……次の攻撃が我らの交える最後の拳になるであろう」

「妙な事を言う。拳を1度でも交えたか?」


 ブロッサムは思った。

 「心まで折れる前に、特攻を仕掛けよう」と。



「喰らえぇぇぇい!! 『ライオネットクロウ』!!」

「これは……! ネコパンチか! そぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!」



 ガオォォォォンと轟音を残して、翼を失くしたはずの魔獣将軍・ブロッサムの体が宙を舞う。

 そのまま黒助の放ったパンチで、はるか向こうの山肌まで吹き飛ばされていく。


「パンチではない。『本気ガチ農家のうかパンチ』だ」


 『本気ガチ農家のうかパンチ』は悪夢のような破壊力を持っていた。

 ブロッサムの『狂獣進化トランスフォーム』も解除され、山を平地に変えた先で彼は倒れる。


「み、見事……! ぐはぁっ」


 こうして、魔王五将軍の一角を討ち取った春日黒助。

 思えばコルティオールに来て、初めて救国の英雄らしい働きをした瞬間でもあった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ゲルゲ」

「も、申し訳ございませぬ!! ワシ、スマホなるものを触るのが初めてでございましてぇ!!」


「いや、良く撮れている。凄いじゃないか。決めたぞ。今後の戦いもお前に撮影を任せよう」

「は、ははぁっ!! ありがたき幸せ!!」


 ゴンゴルゲルゲ、142歳。

 数日前まで自分が女神軍最強だと思っていた事が、こんなにも恥ずかしいとは思わなかったらしい。


 100年生きても発見がある。

 世の中と言うのは無限の可能性がそこら中に転がっているようだ。


「く、くく、黒助さん! じゃあ、行きますよ? 本当に良いんですぅ? あとで怒ったりしませんかぁ!?」

「構わんと言っている。むしろ、こんなに汚れたツナギで帰ったら柚葉に怒られる。さっさとやってくれ」


「分かりました。たぁぁぁっ! 『ホーリーシャワー』!!」


 『ホーリーシャワー』とは、主にアンデッド系のモンスターに向けて使われる水属性の攻撃魔法である。

 決して汚れたツナギを浄化する魔法ではない。


「おお! 結構汚れが落ちるじゃないか! イルノ、やるな!」

「しゅごい。傷ひとつないです。と言うか、お肌が潤ってますぅ……」


 アンデッドをこの世から根こそぎ浄化する聖なる雨でクリーニングと肌の保湿を済ませた黒助の元へ、ミアリスが飛んできた。


「ただいまー。確認して来たわよ。ブロッサムの死体はなかった。もしかすると、魔王軍の別の幹部が回収した後なのかも」

「そうか。まあ、生きていればまた来るだろう」


「その時はまた倒すまでって事ね! 黒助も英雄らしくなってきたじゃない!!」



「次に来たら、コカトリスを何羽か分けてもらう」

「ねぇ、あんたコカトリスの卵をどうするの? 現世に持って帰るの? 大騒ぎにならない? 良かったわ、コカトリス受け取る前にブロッサム倒せて」



 大丈夫ではないが、黒助なら何とかするだろう。

 魔獣将軍・ブロッサムが再び来襲するその時、彼は怪鳥の養鶏農家として新たな一歩を踏み出すかと思われる。


「では、俺は帰る。ミアリス。農場の管理を任せたぞ。イルノにゲルゲ。補佐してやってくれ。また明日の出荷が終わったら来る。それまで滅ぼされるなよ」


 黒助には「魔獣将軍が落とされた今、もしかすると別の将軍が襲ってくるかもしれない」と言う懸念があった。

 だが、彼は家に帰る。



 家族と一緒に晩ごはんを食べるのが春日家のルールだからである。



 彼は「とりあえず滅ぼされていなければどうにでもなる」と納得して、転移装置の先へと消えて行った。

 残された女神と2人の精霊は、日が暮れるまでサツマイモの植え付け作業をこなし、ミアリスが創造した小屋で夜を明かす。


 女神軍は本人たちも気付かないうちに立派な農家になろうとしていた。

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