第9話 最強の農家VS魔獣を統べる者

 魔獣将軍・ブロッサムは黒助の『農家のうかパンチ』によって吹き飛ばされ、森の中にあった巨木に背を打ち付けて止まった。


 巨木があったのは彼にとって幸運だった。

 ただの木なら簡単に折れてしまうし、障害物が何もなければどこまで飛ばされていたか知れない。


「ぐはっ。こ、この吾輩が……! 血を流すとは……!!」


 ブロッサムはこれまで女神軍との戦いにおいて、一度として負傷した事がなかった。

 その体には様々な魔獣の遺伝子が組み込まれており、肉体の強靭さで言えば魔王軍五将軍の中でもトップクラスと言って良い。


 そんなブロッサムが、口から紫色の血を吐いた。

 額からも出血している。


 彼自身、現実を受け入れるのに数分を要したほどの異常事態であった。


 だが、ブロッサムも一軍の将であり、魔王の部下。

 すぐに春日黒助の危険性に考えは至る。


「あ、あやつをこのまま放置しておけば、いずれ魔王軍の強大な敵となる……!!」


 既になっているのだが、これまで魔王軍の戦いに人間が介入してくる事などなかったので、そこまでの事態をブロッサムに想像せよと言うのも酷な話である。


「吾輩が、ここであやつを討つ……! 刺し違えてでも!!」


 ブロッサムは翼を羽ばたかせると、先ほどの場所まで一気に空を駆ける。

 そこにはまだ、ミアリスとゴンゴルゲルゲがいた。

 そして、黒助の姿も。


 それを確認すると、ブロッサムは武人の誇りを捨てて奇襲に打って出た。

 彼の体に流れる魔獣の血がもたらした本能だろうか。

 何を捨てても負けられない戦いだと、彼は理解している。


「人間! その首もらったぁ!!」

「……甘い!」


 パンッと音がしたのでミアリスが振り返ると、そこには鋭い爪を伸ばし剣のようにしたブロッサムと、それを両手で受け止める黒助の姿があった。


「……ふ、ふははっ! この吾輩の爪撃をよもや素手で受け止められるとは!!」

「真剣白刃取りを知らんのか?」


「げ、現世のスキルね!? なんだぁ、黒助ってばやっぱり技が使えるんじゃない!!」

「いや。鉄人に借りた漫画に出て来た。ミアリス。お前、るろうに剣心を知らんのか? 今度借りて来てやるから、ちゃんと読め。面白いぞ」


 なお、白刃取り自体は演武として実際に存在している。

 ただし、剣の達人をもってして「実現は不可能で、危ないから絶対真似をしないように」と警告する技である。


 諸君も余興で行う際には柔らかい素材の剣でするよう留意されたし。


「ならば! 秘奥義!! 『狂獣進化トランスフォーム』!! グアルゥアァァァァァァァ!!」

「あ、あれは! 黒助様、お気を付けを!! 魔獣将軍・ブロッサムが最終形態になろうとしておりますぞ!!」



「そうか。……うぉらぁっ!!」

「あべぇぇっ!」



 迷わずブロッサムに攻撃を加えた黒助。

 彼は戦闘に関するお約束と言うものを知らずに育って来た。


「えっ!? 待ってあげないの!?」

「ワシの失言でした……」


 戦闘のある日常で生きている女神と精霊はその様子を見て、ちょっと引いている。

 だが、ブロッサムは気合でどうにか最終形態へと変身を遂げた。


 痛みに耐えてよく頑張ったものである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「こうなったからには、もう吾輩自身、己をコントロールできない。『狂獣キメラ』状態の吾輩を見たのは、魔王様に続きうぬらが2人目よ!!」


 黒助は「なるほど」と答えた。

 さらに続けて「ひとつ良いか?」とブロッサムに向かって手を挙げた。


「なんだ? 命乞いか? 良かろう、叫んでみるがいい」


「いや、違う。お前は俺たちを指して2人目と言ったが、こちらは3人いる。この場合、2人目と言うのは俺を指しているのか? だが、俺は目がかゆくてな。目薬をさしていたので15秒ほど目を閉じていた。つまり、ミアリスやゲルゲが2人目の可能性もある。その点をスッキリさせておかなければお前を倒した後に何だかモニョっとした感じが残るとは思わないか? さあ、教えてくれ魔獣将軍。俺たちの誰が2人目で誰が3人目でビリは誰だ」



 永遠にも感じる沈黙が場を覆い尽くした。



 この空気で発言をするには相当なエネルギーと、勇者と呼べるレベルの度胸が必要とされ、ミアリスは黙り、ゴンゴルゲルゲはよそ見をした。

 そうなると、魔獣将軍・ブロッサムにお鉢が回って行くのだが、彼だってまさかこんな意味不明な問答を『究極戦闘形態アルティメットフォーム』になってからするとは思わなかった。


 さらに1分が経ち、沈黙が破られる時が来る。


「……女神が2番だ。……火の精霊が、3番。……人間、うぬがビリ」

「なんだと。この俺がミアリスやゲルゲに遅れを取ったと言うのか? ちょっと目薬さしていただけで? もう一度だけ確認するぞ? 本当に俺がビリか? 目薬さしたと言っても、これ結構スース―するヤツだから、そんなに長い間目を閉じていなかったぞ?」


 魔獣将軍・ブロッサムは大きく息を吐いた。

 是非もなし。


「グォオォォォォオォォッ!!! 良かろう! 順番に血祭りにあげてくれる!! まずは女神からだ!! 『ドラゴニックブレス』!!」

「えっ!? わ、わたし!? ちょ、待って! 『イージスシールド』! ってぇ、全然防げてない!! ひゃああっ!? ——ぐえっ」


 ミアリスは翼を広げて上空にいた。

 その女神の足を思い切り引っ張って、勢い余って地面に叩きつけたのが黒助。


「ミアリス。どうしてお前は飛んでいる? どうせ飛ぶならはるか上空まで行け。行かないなら飛ぶな。危うく助け損ねるところだった」

「あ、ありがとう……黒助……。でもさ、でもよ? 普通、女の子をさ。女神をよ? 助ける勢いそのままに地面に顔面ダイブさせる!?」


 「ふむ」と少し考えた黒助は、無表情で答える。


「緊急時につき、アイデアが短絡的だった事は認めよう。だが、俺が動かなければお前は死んでいたぞ?」

「うっ……。その件に関しては本当にありがとうございました」


 何度も無視されると精神的ダメージが蓄積されていく。

 それは、現代社会も異世界の魔獣将軍も同じだったようである。


「吾輩を無視するでないわぁぁ!! 『ドラゴニックブレス』!!」

「せいっ。その技はさっき見た。バリエーションが少ないんだな、ブロッサム」


 黒助は手刀で狂竜のブレスを裂いた。

 もう何が何だか分からないブロッサムは叫ぶ。



「なんだぁ!? 今、うぬは何をしたのだ!? うぬは一体、何なのだ!?」

「俺の名前は春日黒助。農業従事者だ。そして今のは……そう。『農家のうかチョップ』だ」



 決着の時が迫る。

 バッドエンドとは、誰の身に起こっても悲しいものである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る