第8話 魔獣将軍・ブロッサム
春日黒助は押し寄せて来る魔獣の前で迎撃態勢を整えた。
「グルアァアァァァァッ!!!」
「……っ! ぐぬっ!」
先頭のケルベロスが牙を剥く。
だが、黒助は先んじて攻撃も反撃もしない。
「黒助様ぁ! なにゆえケルベロスの攻撃をその身に受けなさるか!?」
「害獣は仕事柄、やむを得ず駆逐する。だが、動物は好きなんだ。ケルベロスは果たして害獣か? それはお前たちが勝手に決めた枠組みではないのか?」
黒助はたまの休日になれば近くの動物園でゆっくり過ごす事が多い。
そこにはライオンやトラだっている。
彼らは人間の間では猛獣として「危険な生き物」に指定されているが、別に好きでそうなった訳ではないし、人間の都合ではないかと日頃から考えていた黒助。
眼前に迫るケルベロスの群れにも同様の想いを馳せる。
農場で飼っているケルベロスだって、いつの間にか懐いたではないか。
ならば、この群れを成すケルベロスだって興奮しているだけで、害獣ではないのではないか。
「グルゥウゥゥッ!! カァァァァァッ!!!」
ケルベロスが炎を吐いた。
事情が変わる瞬間であった。
「畑に向かって炎を吐くんじゃない! バカタレ!!」
「グルァァアァッ!! キャインッ!?」
ケルベロス、立派な害獣認定を受ける。
「ゲルゲ。さっきの話は忘れろ。ケルベロスは殲滅する」
「はっ? ははっ! かしこまりでございまする!!」
ゴンゴルゲルゲは柔軟な思考を身に付けるに至っていた。
黒助と過ごしたたった数日で、「この世には従わなければならない圧倒的な力がある」と学んだ彼は、主君がいかにむちゃくちゃ言おうとも黙って頷く。
「ぬぉぉぉっ!! 『フレアボルトナックル』!!」
「待て。ゲルゲ」
喩えそれが自慢の必殺技を放つ瞬間でも、主君に話しかけられれば待つ。
一度軍門に下った以上、それが武人としてのあるべき姿だとゴンゴルゲルゲは考える。
「な、なんでございましょう? ぐあぁあぁぁぁっ!!」
「お前の撃とうとした技はなんだ? フレアとか頭に付いているが、火が出るのか?」
「……出ます。申し訳ございません」
「そうか。いや、分かってくれたならば良い。なんかケルベロスに噛まれているし、撃って良いぞ。火は抜いてくれ」
火の精霊・イフリート族のゴンゴルゲルゲ。
使う技や魔法は9割火が出る。
それを「ダメ」と言われたら、従うしかないのが武人の誇り。
「ぬぉぉぉっ!! 『フレアボルトナックル・
「おお。ケルベロスが一発のパンチで5匹も吹き飛んだぞ。やるな、ゲルゲ」
ゴンゴルゲルゲの必殺技の1つ。
『フレアボルトナックル』は、地獄の業火を拳に乗せて撃ち抜く必殺ブロー。
そこから火を抜いたら、なんか速くて強いパンチである。
だが、それでもケルベロス相手にならば充分に通用する。
その後もゴンゴルゲルゲの奮戦は勇ましく、30匹はいたケルベロスを一掃していた。
「ふーっははは! ゴンゴルゲルゲ、相変わらず剛毅な男よ! だが、手を抜くようになったとは見損なったぞ! うぬの事は認めておったのだがな!」
竜のような顔をした男が森の奥から歩いて来る。
背中には鷲の翼が生えており、両肩からは巨大な角が伸びる。
「ゲルゲ。なんだ、あの面白い生き物は」
「ははっ! あの者は魔獣将軍・ブロッサム! 我ら四大精霊が束になっても敵わぬ、魔王軍五将軍の1人でございます!」
黒助は「そうか」と短く答えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
姿を現したブロッサムを見て、ミアリスも戦場に駆け付ける。
そして黒助の隣で気合の入った声を出す。
「黒助! 3人で一斉に掛かりましょう!! わたしも魔法で援護するわ!」
「おお! ミアリス様のお力もあれば、あるいは勝てるやもしれませんな!!」
「いらん。邪魔するな」
「ええ……。あんたって、1対1にこだわる騎士道精神とか持ってるタイプだったの?」
黒助は「そうではない」と言い、「ヤツに聞きたい事がある」と続けた。
ミアリスは「なるほど! 魔王軍の内情を探るのね!」と理解した。
先に言っておくと、もちろん違う。
「ブロッサムとやら。ひとつ質問がある」
「うぬは誰だ? その辺の村から来た人間か? 場を弁えよ! ここは人間が物見遊山に来て良い場所ではない!!」
「質問に答えろ」
「ほう。物怖じしないその態度は評価しよう。褒美に答えてやる。なんだ?」
「その、さっきからお前の後ろにいる、蛇とニワトリが合体したみたいな生き物についてだ」
「コカトリスか。なるほど、うぬのような村人には珍しかろう」
「そいつは卵を産むのか? そしてそれは食べられるのか?」
「……何を言っているのか分からん。おい、女神と火の精霊。ちょっと。この人間が何言ってるのか吾輩に分かるように説明しろ」
ミアリスとゴンゴルゲルゲはひそひそと内緒話を始めた。
魔獣将軍・ブロッサムに聞こえないよう配慮した訳ではない。
黒助に聞こえないように細心の注意を払っているのだ。
「ちょっとぉ! あの英雄、コカトリスまで飼うとか言い出す気よ!」
「いやぁ。コカトリスの卵を食べようと言う発想は凄まじいですな」
「とにかく! 黒助の興味をコカトリスから離すのよ! 嫌よ、わたし! コカトリスに餌あげる日課が増えるの!!」
「では、それとなく話題を逸らす方向で対処しましょうぞ」
作戦会議と言うものは、シンプル過ぎれば内容が薄くなり意味がなくなる。
だが、時間をかけすぎると作戦を実行する機を失くす。
この場合は後者だった。
「まあよい! 冥土の土産に教えてやろう! コカトリスの卵は食べようと思えば食べられるはずだ! 吾輩も試したことはないがな!!」
「そうか! ならば、コカトリスを数羽、うちの農場に頂くとしよう」
「おい、女神と火の精霊。この人間と会話が噛み合わんのだが?」
「知らないわよ! こっちだって困ってんのよ! バーカ、バーカ!!」
困惑するブロッサム。
彼の前には、気付けば黒助が立っていた。
魔王以外の者の接近をこれほど近距離まで許したのは、彼の生涯でも初めての事だった。
「なっ!?」
驚きは対応を一歩遅らせる。
黒助にとってはその一歩で充分であった。
「……ぬぅおりゃぁぁぁっ!!」
「なにを、人間風情が! 身の程をわきめしぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ」
黒助の振り抜いた右ストレートで、ブロッサムが100メートルは吹き飛んだ。
そして彼は振り返り、ミアリスに聞いた。
「この世界ではパンチに名前を付けないといかんのか?」
「えっ!? いや、まあ。みんな、気合入れるために必殺技みたいな感じでスキルの名前叫ぶけど?」
「そうか。ならばこれから俺はこのただのパンチを『
春日黒助。
のちのコルティオールの英雄。
彼のダサい名前の必殺拳が誕生した瞬間だった。
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