第7話 芋を植える救国の英雄 迫る戦いの時

「ええ……。あんた、普通さ、軽トラックに乗って異世界転移してくる!?」

「うちの弟が言っていたのだが、異世界とトラックは縁が深いのだろう? ならば、構わんと思ったのだが」


 春日黒助は現在、異世界について偏った知識を急速に吸収中である。

 ものは試しと倉庫に軽トラックで突撃してみたところ、無事にコルティオールへ到着していた。


 軽トラックは異世界との国境を越えるらしい。


「ゲルゲ」

「ははっ! こちらに!!」


 すっかり黒助の優秀な忠臣となったゴンゴルゲルゲ。

 体に炎を宿していない彼は、ちょっと大きいおっさんにしか見えない。


「今日はサツマイモの苗を植えるぞ。手伝ってくれ。イルノはどうした?」

「は、はーい! 今行きますぅ! ケルベロスちゃんにご飯あげてました!!」


「そうか。ご苦労だった。イルノも手伝ってくれ。植え方はこっちの冊子に書いてある。各人しっかり目を通して、分からないことがあれば聞くように」


「ははっ! かしこまりましたぞ!!」

「分かりましたぁ! 頑張りますぅ!!」


 四大精霊の2人がせっせと軽トラックの荷台から苗をおろし始める。

 黒助は「おい」とミアリスを呼ぶ。


「なによ。わたしにもやれって言うんでしょ!? 分かったわよ」

「それは当然だ。要件は別にある。弟から聞いたのだが、四大精霊には土の精霊とか言うヤツがいるらしいな?」


「ええ。いるけど? ノーム族のウリネって言う子が」

「やはりいたか。鉄人、さすがだな。それで、その土の精霊がいれば農業が捗るのではないか? むしろ、どうしてここに呼んでいない?」


「だ、ダメよ!? ウリネは今、死霊軍団を相手に戦っているんだから! 四大精霊のうちの2人を呼んでるのに、これ以上戦力を農業に向けたらコルティオールがホントに滅びちゃうじゃない!!」


 黒助は少しだけ考え込んだ。

 大農場を作って1日でも早く現金収入を得たい。


 柚葉の大学入学は来年の4月。

 その前に受験料、当然受かるから入学費用の納付も待ってはくれない。


 だが、明らかに農業と密接な関係にあると思われる土の精霊を貸してくれないとミアリスは言う。

 「なるほど」と黒助は頷いた。


「死霊軍団とやらを滅ぼせば、土の精霊がうちの農場に来るんだな?」

「えっ!? 黒助、戦ってくれるの!? って、そんな単純な話じゃないのよ!」


 ミアリスは語った。

 魔王の直属軍団は全部で5つあり、それらを倒さなければ魔王に刃を向ける事すら叶わないと。


 黒助は答える。


「ならば、適当に2つくらい軍団を落とせば、魔王とやらもしばらくは静かになるのではないか?」

「うぇ!? う、うーん? まあ、確かに圧倒的優勢の現状が覆ったとすれば、慎重になるかもしれない……わね」


「よし。ならば2つほど軍団を倒そう。近くにいるのは何だ」

「魔獣軍団だってば! ほら、ケルベロスを送り込んで来た!」



「ああ。猪よりは弱いヤツらだな」

「その頭のおかしいセリフを頼もしく聞く日が来るなんて思わなかったわ」



 黒助は「じゃあ、魔獣軍団とやらを適当に集めて来い」と言って、農作業に加わった。

 女神に「敵を呼んで来い」と言い放つ救国の英雄が果たしているのだろうか。


 黒助がこの世界を救ったあかつきには、新しいモデルが1つ確立されるかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「黒助さん。こんな感じでどうでしょうか?」


 サツマイモの苗を植える前には、土壌にマルチをかける。

 マルチとは農業と切っても切れない絆を持つ、農家のマストアイテム。


 詳しい説明をすると夜になるため、畑の安全を守るビニール製の布団のようなものと諸君には覚えて頂きたい。


「うむ。悪くない。イルノ、お前はなかなか見所があるな」

「えへへ。そうですか? じゃあ、どんどん増やしていきますぅ!」


「ゲルゲ」

「はっ、ははっ!」


「全然ダメだ。お前、マルチだってタダじゃないんだぞ? 何回目だ、勢い余って破るのは」

「も、申し訳ございません! 次こそは!!」


 ちなみに、このマルチはミアリスに創造させたものなのでタダである。


「もうお前は苗を植えていけ。俺が手本を見せるから、1つ向こうのうねで真似をしろ」

「は、ははっ! かしこまりでございまする!!」


 うねとは土壌を区画整理して、畑に種まきや苗の植え付けをする際に作るベッドのようなものである。

 これも農業の基本なので、是非覚えて帰ってほしい。


 黒助の苗の植え付け速度は異常なスピードを誇る。

 農家は単純作業をいかに効率よく繰り返すことができるかで、作付け量が変化する。


 これまで1人で農業をこなし、3人の家族を食わせて来た黒助は常人の5倍の速さでそれをこなしていた。

 そこに加わるのが、最強の肉体。



 黒助の作付けは音を置き去りにした。



「ゲルゲ」

「は、ははっ! 申し訳ございません!! ワシ、愚鈍で!!」


「違う。ゆっくりでいいんだ。自分のペースでやれ。苗付けの方は筋が良いな。その調子で頑張れ」

「はっ、ははっ!! 過分なお言葉!! このゴンゴルゲルゲ、命に代えても完遂いたしますぞ!!」


 火の精霊が立派な農業戦士になろうとしていた。


 このような感じで、ふたつの太陽が山の影に隠れようとするまでの間、彼らは農作業に従事した。


「く、黒助ぇ!! 連れてきたわよ!! って言うか、まさか将軍が釣れるなんて思わなかったんですけど!! 助けてぇぇ!!」


 イルノとゴンゴルゲルゲ、そして黒助が良く冷えた麦茶を飲んでいると、ミアリスが猛スピードで飛んできた。

 その姿を見て黒助は「あいつ、羽生やして飛ぶと本当に女神っぽいな」と思ったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ミアリスは大量の魔獣に追いかけられていた。

 女神ともなれば、魔獣の5匹や10匹など物の数ではない。


 だが、20匹になれば辛いし、50匹になるとヤバいを超えてもうダルい。


「待て! ミアリス!!」


 そんな女神に向かって、黒助は叫んだ。



「こっちに来るな! 畑が荒らされる!!」

「あんた! 本当に血の通った人間なの!? メンタル強すぎでしょ!?」



 黒助は思った。

 「ここに連れて来いと言ったのは悪手だったな」と。


 反省ならばいつでもできる。

 彼は思考を切り替えた。


「ゲルゲ。お前、戦えるか?」

「ははっ! ワシの炎の前では、獣の類などひとたまりもございませんぞ!!」


「ダメだ。燃えるな。畑に良くない」

「……はい。燃えずに戦いまする」


 最強の農家と燃えない火の精霊。

 魔王軍を相手に初めての本格的な戦闘が始まろうとしていた。

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