第6話 春日家の夕食

 黒助は今日も働いた。

 ケルベロスに起こさせた土の塩梅は上々で、これならば作物の苗を植え付けることができるだろう。


「うむ。今日はこのくらいにしておくか。もう5時半だ」

「ふぇぇ……。腕が痛いですぅ……。イルノは自分が畑仕事をする日が来るなんて思いもしませんでした……」


「イルノ」

「あ、ごめんなさい! 別に畑仕事が嫌だった訳ではなくてですぅ!!」


「よく頑張ったな。これをやろう。妹が作ってくれた」

「こ、これは。食べ物、ですよね? はむっ。んー! 美味しいですぅ!!」


 黒助が取り出したのは黒糖たっぷりのサーターアンダギー。

 春日家では菓子類を柚葉が作っている。


 彼女の趣味が料理である事。

 そして買うよりも安価で美味しいお菓子が提供される事。

 どの側面から見ても隙のない、春日家ジャスティスの1つ。


「ゲルゲ」

「ははっ! 何でございましょうか!?」


 ゴンゴルゲルゲは変わった。

 140年以上も生きて来た者がそう簡単に性格を変えられるものだろうかと疑問だったが、事実として彼は変わっていた。


 なにやら黒助の忠臣みたいになっている。


「お前もよくやってくれた。何より、燃えなくなった点は評価できる」

「はっ、ははぁ!! ありがたき幸せ!!」


「ついては、お前に2つほど頼みたい事がある」

「なんでございましょうか?」


「まず、ケルベロスの世話を頼む。あいつも仕事をしてストレスが溜まっているかもしれん。畑ではないところで遊ばせてやれ」


 ケルベロスの飼い方が黒助には分からなかったため、一般的な犬の飼育方法を参考にする。

 なお、コルティオールに住まう精霊や女神にもケルベロスの正しい飼い方は分からない。


「か、かしこまりました!! して、2つ目はなんでございましょう?」

「俺がいない間、畑の監視を頼む。魔獣軍団だったか? ヤツらが昨日、この辺りを我が物顔で走っていてな。せっかく整えた畑が荒らされては敵わん」


 ゴンゴルゲルゲは理解した。

 「ついにこの方は、魔王討伐へと旅立たれるのだ!!」と。


「俺は帰るからな」



「えっ!? 帰る!? お帰りになられるのですか!?」

「ゴンゴルゲルゲ。それ、わたしが昨日やったくだりだから、もうやんなくていいわよ」



 こうして黒助は現世へと帰って行った。

 コルティオールに残された女神と四大精霊の2人は、この世界の行く末を憂いた。


 楽しそうに駆け回るケルベロスだけが彼らの心の癒しだったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「モッコリ草、いっぱい売れたらしいじゃん! お兄!」

「ああ。道の駅の山形さんも驚いていた。明日から軽トラいっぱい収穫して来よう」


 春日家の晩ごはんは今日も全員でいただきます。

 話題は当然、異世界について。


 黒助がコルティオールから持ち帰ったモッコリ草は、物珍しさから売れ行きが好調であり、昼過ぎには売り切れる人気ぶりを見せていた。

 黒助の新たな収入源が生まれたのは喜ばしいが、倉庫の中にあった農機具分には程遠い。


 彼はまず、その損失を補填するまでは異世界でがっつり農業に勤しむ予定である。


「兄さん、あまり無理しないで下さいね? 私、兄さんが心配です」

「ありがとう、柚葉。だが、心配するな。お前たちを大学進学させるくらいの甲斐性はあるつもりだ」


「それで兄さんが体を壊したら元も子もないですよ!」

「その点も安心してくれ。昨日も言ったように、俺の体は最強の肉体になったらしい」


 未美香が「あー! 500円玉消失事件のヤツ!」と肉団子を頬張りながら言った。

 黒助は「その件に関しては猛省している!」と謝る。


「大丈夫、へーきへーき! 兄貴、子供の頃から風邪引いたこともないからさ!」



「鉄人さん! どうして兄さんを心配してあげないんですか!!」

「そーだそーだ! 鉄人、ひどい! お兄が倒れたらどうすんのさー!!」



 不用意な発言をした鉄人が悪い。

 ちなみに、彼は義妹たちから「兄」と呼ばれた事がない。


 理由は多分、鉄人の日頃の行いが全てであると断言できる。

 仕事を探そう。話はそれからだ、鉄人。


「ところでな。明日、苗を買いに行こうと思うのだが。みんな、意見をくれると助かる」


「私たちの意見がお役に立ちます? 兄さんはプロですけど、私たちは素人ですよ?」

「そだよー。あたしたちの希望聞いたってしょうがないじゃん!」


 黒助は「いや、それがな」と異世界の凄さを語る。

 ちゃんと異世界が凄い場所だと理解してくれていた事に驚きを禁じ得ない。


「水の精霊のイルノというヤツが言うんだ。この土地なら、女神と四大精霊の加護があるから多分何でも育つと。しかも収穫までの時間が速いらしい。ならば、最初に作るものはお前たちの好きなものが良いと俺は思う」


「僕はメロンがいいなぁ!」

「鉄人さんは聞かれていないですよね?」

「はい、鉄人アウトー。あたしのモッコリ草あげるー」


 それからしばらく激論が繰り広げられた。


 「果物がいい! 桃とか!」と主張する未美香を「さすがに木になる物は厳しいですよ」と制する柚葉。

 「単価の高いものがいいのではないでしょうか?」と提案した柚葉に対して「でもそれさ、リスクも大きくない?」と意外に知的な反論をする未美香。


 「なぁ、それって僕の提案したメロンで話が纏まらない?」という鉄人の呟きは未読スルーされた。


「あー! お芋は!? ほら、これからの季節、超食べたいじゃん!」

「それいいですね! ブランドのサツマイモとかどうですか!?」


 黒助はずっと黙って3人の討論を聞いていた。

 楽しそうに話をする家族の声が何よりの癒しなのだ。

 そうやって出された結論を黒助が蹴る理由を知りたい。


「なるほど。サツマイモか。悪くない。明日の朝、種苗園に電話してみよう」


 自分たちの意見が兄の役に立ったらしいと察した妹たちは、幸せそうに顔をほころばせる。

 今日の春日家も平和であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。

 朝市に残ったモッコリ草を出荷してから帰宅した黒助は、懇意にしている種苗園に電話をかける。


「兄貴。紅はるかって品種が人気らしいよ。むちゃくちゃ甘くて、焼き芋にすると絶品とかネットに書いてある」

「そうか。やはり鉄人のインターネットは頼りになるな」


 インターネットはみんなのものだと黒助が理解する日は恐らく来ない。

 黒助は電話を終えると、軽トラックに乗って種苗園へ向かった。


 渡りに船とはまさにこの事。

 ちょうど紅はるかの苗が入荷されたばかりだった。

 黒助は運命を感じながら、大量に苗を購入する。


 そして、その足でコルティオールに向かうため、倉庫の転移装置に入った。

 軽トラックごと。

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