第5話 火の精霊・ゴンゴルゲルゲ
黒助の力の前に敗れ去ったイルノ。
彼女は現在、コルティオールの英雄になる予定の農夫からレクチャーを受けていた。
「話を纏めよう。イルノ。お前には耕した土に肥料を混ぜた水を撒いて欲しい。ミアリスが言うには、イルノは水ならばなんでも自在に操れるらしいじゃないか。よって、今日からお前はうちの農場のスプリンクラーだ」
「ミアリス様? 黒助さんって本当に農場作ることしか頭にないですぅ」
「知ってる。こうなったら、さっさと農場作って満足させて、その後に魔王を倒してもらいましょ!」
異世界の女神と水の精霊は考え方が柔軟だった。
黒助は強い。
現世で最強と彼らが判断したメンタルは鉄壁の要塞を思わせる構造で、異世界に来ても平然としている。
そこにミアリスが付与した無敵の肉体が加わる。
その両方が交わる時、最強の戦士が誕生するはずなのである。
「おい、ミアリス。ケルベロスに引かせるスキを作ってくれ。こんな感じだ」
「絵が無駄に上手いわね。なんか分かんないけど、これを創造すればいいのね」
最強の戦士は未だ立ち上がらず。
立ち上がる時が訪れるのかも不明であった。
なお、スキとは漢字で書くと「犂」となり、牛や馬に引かせる事で農地を耕す事のできる道具だ。
現世では1960年代頃まで農業で田畑の土を起こすために使われていた。
その後、動力耕具の普及、そしてトラクターの登場と、技術の発展により見かけなくなった農具だが、電気のない時代に大活躍した実績がある。
「はい。こんな感じでどう?」
「ミアリス! お前、意外と優秀だな! 完璧じゃないか!!」
「黒助さん? ミアリス様はコルティオールを守護する、創造の女神ですぅ……」
「ふむ。五穀豊穣の女神ではないのだな?」
「えっ? あ、はい。創造の女神です」
「そうか。残念だ」
「ミアリス様、すみません。イルノが悪いのか、残念がられましたぁ……」
「大丈夫よ。わたし、初日で黒助の洗礼を受けてるから。……ほら、見て? わたしがまだ喋ってるのに、スキとか言うのをケルベロスに装着させてる」
黒助の設計図も正確ならば、ミアリスの創造魔法も完璧だった。
こうして田畑を起こす準備は整った。
「よし。ケルベロス。お前はこの広大な土地に畑を作る第一歩を踏み出すのだ。行け。働いた分はしっかり食わせてやる。ミアリスに何か出させよう」
「くぅーん! ワッフ、ワフッ!!」
いつの間にか、凶暴だったケルベロスが愛玩動物のような声を出している。
彼も魔獣軍団では中位よりも上のクラスに位置する怪物。
つまり、相手を見て力量をはかることができる。
ケルベロスは元気に土を耕し始めた。
恐らく褒美に美味しいドッグフードが与えられる事だろう。
「……ミアリス様。これはどのような事態ですか? 拙者に分かるようにご説明を。あの愚か者を、よもや英雄とお認めになられたか!?」
そこに飛んできたのは、全身に炎を宿した精霊。
四大精霊の1人。イフリート族の首長である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ミアリス様。この人も呼んだんですか……? 絶対に揉めるですぅ……」
「呼んでないわよ! なんか勝手に来たの! もう、面倒な展開はお腹いっぱいよ!!」
イフリート族の首長はミアリスの前に跪き、鋭い眼光で彼女を見上げた。
「だから拙者は反対だったのです! 異世界とは言え、人間ごときにこのコルティオールを救えるはずがない! その証拠に、あの者は戦おうともせずに土遊びをしておる!! あんな愚物はとっとと元の世界に送り返してしまうがよろしい! 拙者がその任に当たりましょう!!」
言いたい事だけ言うと、彼は黒助の元へと歩いて行く。
その体からは灼熱の炎が溢れており、一歩地面を踏みしめる度に草は焼け土が焦げる。
「おい、小僧! 土遊びならば元の世界でするが良い!! ここは貴様のお遊戯に付き合っている状況ではないのだ! しょうもない事をしおってからに!!」
「む? 誰だ。……おい! お前! せっかく耕した土地が焦げているじゃないか!」
「ぐーははっ! 恐れをなしたか! そうとも、拙者の体は全てを焼き尽くす炎を」
「バカ野郎! そぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!」
「ひぇんっ、アー、フゥ! イーー!! えいそんしゃれぇぇぇぇぇぇ!?」
「今は焼畑農業してるんじゃないんだぞ! ああ! こんなに土地を荒らして! イルノ! どうにかしてくれ! なんか水の精霊のナニでアレしろ!!」
炎の精霊が黒助にビンタされて、変な声を出しながらすっ飛んで行った。
代わりに呼ばれたイルノが『ヒールシャワー』と言う、生命を蘇らせる大魔法を使う。
どうにか焼けた土地は復元され、黒助を安堵させた。
「ケルベロス。引き続き作業を頼むぞ。俺は少し、あのバカと話をしてくる」
「きゅーん。わっふ!」
話し合いの時間がやって来た。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……お前。名前は?」
「き、貴様に名乗るような名はない。えべしっ」
春日黒助は暴力を是としない。
だが、無法者には無法で応じる必要がある事も熟知している。
「あのな、燃えてる男。俺の事をバカにするのは良い。好きにしろ。だが、農業をバカにするな。土遊びだと? 俺の家族を養う崇高な仕事を、遊びと言ったか?」
「……ゴンゴルゲルゲ」
「そぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!」
「えぺぇっ!! いや、名前です! 拙者の名前です!!」
黒助は反射的にビンタした事をゴンゴルゲルゲに「すまん」と謝ったのち、少し考えた。
その真剣な表情に、一同は息をのむ。
「うちの妹が好きなパスタの名前に似ているから、お前はゲルゲで良いな」
「もう、何でも良いです。すみません。ごめんなさい」
「国を護りたいと言うお前の話は分からんでもない。だが、俺は家族を養わなければならない。分かるな?」
「はい。分かります」
「大農場が完成したら、その時は魔王だか何だか知らんが、ぶっ飛ばしてやろう。だからな、邪魔をするな」
「はい。もう里に帰ります」
「バカ野郎。帰るな。人手不足なんだ。ここで働け」
「えっ!?」
黒助はリアリスト。
遺恨はすぐ水に流し、必要に応じた策を講じる。
ゴンゴルゲルゲはどう見ても肉体労働に向いており、これを逃す手はない。
「ゲルゲ。とりあえず、燃えるのをヤメろ」
「えっ!?」
「炎を四六時中出されては農作物に悪影響だ。とりあえず、鎮火しろ」
「せ、拙者、イフリートで。体からは灼熱の炎が常に」
「分かるな? 俺はもう、お前を殴りたくない」
「はい。炎を消します。すみません。あと、土遊びとか言って、本当にすみませんでした」
それからゴンゴルゲルゲは、生まれてから100と42年その身に宿し続けた灼熱の炎を自在に消す術を覚えた。
生命の危機に瀕すると、意外と何でもできる。
それは人も四大精霊も同じだったようである。
こうして春日大農場の従業員がまた1人増えた。
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