第4話 水の精霊・イルノ

 黒助は自宅に戻り、鉄人と軽く会話を交わす。


「兄貴、これから異世界の畑仕事?」

「ああ。お前はインターネットか? 大したものだな。情報化社会が進む世の中で機械に疎い俺にとって、鉄人の存在は心強い」


「おー。任せといて。今もね、推しのアイドルをディスって来た野郎をレスバでボコったとこ! あちらさん、顔真っ赤にして悔しがってるよ! あはははっ!」

「……ふむ。俺にはよく分からんが、不埒者をスマホだけで撃退するとは。今日もその調子で頑張れよ! インターネット!!」


 諸君はお気付きかもしれないが、声を大にして言っておこう。



 春日黒助は家族に甘く、世の中に疎い。



 彼はスマホを使いこなす自信がないと言って、今年の頭までガラケーを使っていたが、回線がなくなるとか携帯ショップのお姉さんに言われて鉄人に泣きついた。

 その結果、シンプルスマホをゲットした。


 本来はお年寄りが使うヤツである。


 農機具の購入も必ず直売店へと出掛けていたが、鉄人がニートになったのを契機に愚弟がネットで安く購入するようになった。

 このように、黒助が行うと労力もお金も何倍か掛かる事を、鉄人が代行しているのだ。


 よって、黒助にとっては愛する弟が仕事をしていまいが、自分磨きと言って平日の昼間から釣り堀やバッティングセンター巡りをしていようが、何も言わない。

 極々微妙に家族の役に立っている鉄人も、「兄貴の心は広いなぁ!」と尊敬しながら今日も愛車の原付バイクに跨ってどこかへと出動して行った。


「さて。では、俺も行くとするか」


 両手の指の関節を鳴らしながら、黒助は転移装置となった倉庫の中へと進んでいく。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 コルティオールの荒野に、春日黒助が再び降臨した。

 そこで待ちかねていたのは、ミアリス。

 そしてもう1人。


「来たわね! あんたの希望通り、今日は強力な味方を用意して待ってたわ!!」

「そうか。そっちのフワフワしているのがそれか?」


「そう! 彼女こそ、水の精霊・ウンディーネ一族の天才少女! 名前はイルノ!!」

「………………」


 イルノと呼ばれた少女は、仏頂面で黒助を見ていた。

 その視線に気づいた黒助。ここは速やかに社会人の常識を果たす。


「俺の名前は春日黒助。好きなように呼んでくれ。イルノと言ったか。お前、得意な農作業はなんだ? 腕が細いが、クワは振るえるのか?」


 自己紹介を簡単に済ませた黒助。

 早速腕まくりして、土地を耕す準備に入る。

 今日はちゃんとクワを現世から持参していた。


 ちなみに、倉庫にあったクワは消滅したため、朝市の山形から「これ古いけど持って行きなよ」と厚意を受けて用意したのだ。


「では、耕すぞ。お前たち、何をしている。クワを持て」

「ミアリス様ぁ……。聞いてた話と全然違うんですけど……?」


 イルノ、ついに口を開く。

 このままでは無口キャラとして定着するところだったが、彼女はどちらかと言えば饒舌なタイプである。


「イルノ、コルティオールを救う英雄に会わせるって言われて来たんですぅ。ミアリス様、女神が嘘つくなんていけないと思いますぅ」

「う、嘘はついていないわよ! 黒助にしかコルティオールは救えないわ!」



「ここの土はいい……! まず何と言っても匂いが良い。どれ、味はどうか」

「救国の英雄が今、イルノの目の前で土食べてますぅ……」



 イルノはコルティオールを守護する四大精霊の1人。

 魔王軍との戦いでも幾度となく仲間のピンチを救い、いつか現れる英雄の降臨、その時を待って、じっと待ち続けて来たのだ。


 そして現れた英雄。


「……程よい臭みと苦みがあるな。やはり腐葉土が含まれている。素晴らしい」


 確かに先ほどから、土食ってばかりであった。


 イルノは烈火のごとくキレた。

 水の精霊なのに。なんと器用な芸当をこなすのか。


「もう我慢できません! そこの黒助とか言う人! あなた、さてはミアリス様の勘違い案件です!?」

「イルノ。口は動かしても良い。軽快なトークセッションは、むしろ仕事の能率が上がるとも聞く。だから手を動かせ。クワを振れ」


「絶対! 絶対にイルノはこんな人が英雄なんて認めませんですぅ! ……こうなったら、実力行使ですぅ!! 痛い目に遭わせて追い返してやりますぅ!!」

「む。これはいかんな。動物の糞がある。この大きさ。さてはケルベロスか。土を耕す前に、害獣対策が先かもしれん」


 イルノは両手の中で渦を巻く水の球体を構築する。

 この水魔法で、彼女は数々の魔王軍の手練れを葬り去って来た。


「やめときなさいって、イルノ。わたしもさ、最初は説得したのよ? けどね、ダメ。黒助は自分の家族を養うことに必死なの。異世界と家族を天秤にかけた答えをもう出してるの」

「……ヤメてください。これから水魔法であの人を襲おうとしているのに、家族の話とかルール違反ですぅ」


 ミアリスは「あー。うん。分かった。もう好きなようにやんなさい」と、四大精霊の1人を野に放った。


「女神様の許可ももらったことだし、あなたには身の程を分からせてあげますですぅ!! 『ハイドロスプラッシュ』!!」

「む? すごいな、イルノ。お前水を出せるのか。これは良い。やはり適度な水分は畑にとって必要不可欠。……だが、その水量を1か所に撒くのは感心しない」


 そう言うと、迫りくる『ハイドロスプラッシュ』の前に立つ黒助。


「うひゃあ! 避けてくださぁい!! 当たったら死んじゃいますぅ!!」

「あー。大丈夫よ、イルノ。黒助に最強の肉体与えちゃってるから」


「どうしたものか。よし、まずは受け止めて、それを飛散させよう。……むんっ」


 そこからは水だけに流れ作業。

 黒助が水流弾を受け止めて球体にしたのち、上空高くへと蹴り上げた。

 いい感じに細かい雨粒のようになったイルノの必殺技で、畑の予定地が潤った。


「う、嘘ですぅ……! 魔王軍の幹部、ボルバロスを倒したイルノの魔法が……!?」



「聞くが、ボルバロスとやらは猪よりも強いのか?」

「うん。多分、ボルバロスの方が弱いから、あんたは気にしないでいいわよ」



「ミアリス様。認めますぅ。この人……いえ、黒助さんは確かに最強ですぅ。精神力に重点を置いた選別は正しかったようですぅ。最強の体を使う事に何の抵抗もないなんて」

「理解してもらえたようで良かったわ」


「つまり、今日イルノがここに呼ばれた理由は、作戦会議です!?」

「んーん? 違うわよ? あ、ほら、黒助がこっち来た」


「イルノ。聞くが、お前。もしかして用水路が作れるんじゃないか?」

「ミアリス様!? 四大精霊の力を使って用水路作れと黒助さんが言ってますぅ」


「うん。まあ、何て言うかね。先に彼の欲求を満たすのがこの世界の助かる唯一の道なのよ」


 こうして、春日大農場に治水担当が加わった。


 そこに近づく巨大な力を持った者がもう1人。

 敵か味方か、などとこの流れで煽るのは無粋である。


 どんな感じで黒助によって屈服させられるのだろうか。

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