第3話 普通に現世に帰って来た春日黒助

「ただいま!」


 黒助は無事に現世に帰還した。

 異世界に召喚されたのに、まさか初日で帰って来るとは。

 彼には1日も早く異世界転移もののセオリーを学ばせる必要がある。


「おかえりなさい! 黒助兄さん! 今日もお疲れさまでした!」

「ああ。すまんな、柚葉。学校から帰ったばかりなのに料理をさせて」


 春日家にて制服にエプロン姿で黒助を出迎えたのは、彼の上の妹。


 春日柚葉ゆずは。18歳。

 高校三年生で、家事全般を黒助と分担して行う家庭的な女子である。

 彼女と後述する下の妹は黒助の父親の再婚相手の連れ子のため、血が繋がっていない。


 だが、黒助にとっては命よりも大切な家族なのだ。


「黒助兄さん、先にお風呂に入りますか? ……って! ツナギ!! どうしたんですか!?」


 早速ケルベロスとの戦いで無残な姿になったツナギが柚葉に見つかった。

 なんと言い訳をしたら良いのかと黒助は思案しない。


 家族の間で隠し事はなし。


 春日家の家訓である。

 ちなみに、家訓は常に増えるため、柚葉がノートに記録している。


「すまん。少しケルベロスと戦ってな。油断してしまった」

「けるべろす? よく分かりませんけど、喧嘩はダメですよ!!」


「そうだな。気を付けよう。すまん」

「兄さんが無事なら、私はそれで良いんです! さあ、お風呂に入っちゃってください!!」


 柚葉は「もう少しで晩ごはんの支度が済みますから」と言って、トントンと包丁の音を立てる。

 ならばと風呂場に向かう黒助。

 ドアを開けると、そこには。


「おぎゃあああああっ! 兄貴、急に開けないでよね!!」


 流れ的に、下の妹が出てくると思われた諸君にはお詫びしなければならない。

 セオリーを無視して申し訳ございませんと。


「む。すまん、鉄人。お前が先に入っていたのか」

「マジでビックリするよ! 僕がアレをナニしてたらどうするつもりだったのさ!? 僕の心はデリケートなんだよ!? しばらく兄貴と気まずくなるじゃん!!」


 春日鉄人てつひと。19歳。

 昨年高校を卒業してから、「自分探しの旅」に出掛けた自由人。

 なお、旅に出ているはずなのに、夕飯の時間になると必ず家に帰って来る。

 定職に就かず、着の身着のまま街をぶらつくのが日課。


 ニートである。


 彼は黒助と同じ父親の子であるため、血も繋がっている直系の弟。

 勤勉な黒助の弟がどうしてこうなったのか分からないが、彼は鉄人の「自分探しの旅」を応援している。


 家族にはとことん甘えるべし。


 春日家の家訓である。

 割とろくでもない使われ方をしている。


「ふぃー。今日も汗かいちったー。お風呂、お風呂ー! ……何してんの、お兄」

「ああ、未美香。おかえり。今日も部活を頑張って来たのか! 偉いな!!」


 全裸の兄と脱衣所でバッドエンカウントしたのが下の妹。

 全裸になるべき人間が違う気もするが、起きてしまった事が全て。

 運命の歯車は逆回転などしないのだ。


「やー! 頭撫でんな! どーゆう流れで全裸のお兄に頭撫でられて喜ぶと思うの!?」

「そうか……。すまん、未美香。不甲斐ない兄を許してくれ」


「やっ! 別に嫌だとは言ってないじゃん! う、嬉しいよ!? でもとりあえず、お風呂入るか服着るかして!!」

「だそうだ、鉄人。仕方がないから一緒に入ろう」


 春日未美香みみか。16歳。

 高校一年生。運動神経が良く、テニス部で活躍している。

 大人の異性に対しては多感になる難しいお年頃。


 彼女も姉の柚葉と同じく、母親の連れ子のため黒助とは血が繋がっていない。

 だが、何度でも言おう。

 黒助にとっては何よりも大切な家族である。


 その後、23歳の兄と19歳の弟の混浴シーンをカットしたのち、家族はテーブルを囲んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「は? 異世界でケルベロスと戦った? ……お兄、疲れてんなら無理しないでよ」

「ダメですよ、未美香! 兄さんが嘘をつくはずないじゃないですか!」


 今日の夕飯のメニューは白菜と豚肉のミルフィーユ鍋。

 食べ盛りの妹たちも大満足の一品である。


「その前の話が気になるな。女神に召喚されたって言ったよね? で、倉庫が転移装置になったって? 兄貴、ついにラノベ読むようになったのか! 今晩は深夜まで語り合おうぜ!!」


 鉄人はオープンなタイプのオタク。

 古いアニメから最新のトレンドまで広くカバーしている。


「その、なんだ。女神のミアリスが言うには、俺は最強の肉体を与えられたらしい」

「兄貴、もとから最強じゃん。週刊少年漫画雑誌を素手で引き裂けるじゃん」


「それがな。確かに以前よりも力が増しているようなんだ。これを見てくれ」

「おー! 500円玉! お兄、もしかしてお小遣いくれんの!?」


「ここに3枚の500円玉がある。それをこう握ると……。なっ?」



 500円玉が銀色の球体に姿を変えた。



「に、兄さん! なんて事するんですかぁ!! 1500円も無駄にして!!」

「そうだよぉー!! それ、あたしにちょうだいよ! 力試しなら別に10円玉3個とかで良くない!?」


「うっ。そう言われると……。すまん。俺はインパクトを重視してしまった。せっかく柚葉が家計をやりくりしてくれているのに……」

「まあまあ! 兄貴にだって悪気はなかったんだし、許してやろうぜ!」


 ニートの鉄人が話を纏めるのはいかがなものか。

 まず君は1500円稼いで来てから発言権を得なさい。


 だが、こうなるともう家族の誰も黒助の言う事を嘘だと言えない。

 異世界だとか女神だとか、最強の肉体だとか。

 中学生がノートに書いた小説のような設定を全肯定しなければならない。


 彼女たちにとって、春日黒助は絶対に嘘をつかない男であり、つまり彼の口からは真実しか語られないのである。

 理解のある家族を持てる事が幸せであると彼は知る。


 黒助も報告を終えてスッキリしたらしく、「さあ、食べよう! 柚葉の料理が冷めてしまう!」と食事を再開した。

 春日家における異世界の扱いがその日の夕食よりも軽い存在になった瞬間だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌朝。


「おはようございます! 兄さん! 朝市ですか?」

「ああ。昨日異世界で収穫して来たモッコリ草を出荷してみようと思ってな」


「おはよー。ってか、その変な名前の草って売れるん? お兄が変人扱いされるのあたし嫌なんだけどー」

「味は悪くない。まあ、出すだけ出してみようと思う。2人とも、車に気を付けてな。何かあったらすぐに電話するんだ。俺が風よりも速く駆け付ける」


「ふふっ。頼りになりますね、兄さんは」

「ちょっと過保護だけどねー」


「それでは、行って来ます!」

「あたし大会前だから、ちょっと帰り遅くなるかも! 行って来まーす!!」


 黒助は2人を見送ったあと、軽トラの荷台にモッコリ草を乗せて、近くの道の駅の朝市へと向かった。

 そこで朝市の担当をしている山形と言う名の男性に「うちで採れた新種です」とモッコリ草を紹介した。


 畑の倉庫の先も次元が違うだけで黒助の農場には違いないので、嘘はついていない。


「これは珍しいなぁ! よし、1番目立つところに置いておこう!」

「いつもありがとうございます」


「なぁに、春日さんとこの野菜は評判良いからな! きっとこれも売れるよ!」

「よろしくお願いします。それでは、失礼」


 山形に「これから畑仕事かい?」と聞かれた黒助。

 彼は答える。


「ええ。新しい農地を開拓しようと思いまして」


 お忘れかもしれないが、彼の言う農地とは魔王の侵略により存亡の危機に瀕している異世界・コルティオールである。

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