第2話 ケルベロスとの戦い
黒助は未だに転移装置のほど近くで土の感触を確かめていた。
ふんわりとしていて、水はけも良さそうである。
腐葉土が混ざっているのだろうか。栄養も豊富に蓄えていると見える。
「素晴らしい。転移装置とやらをここに作った慧眼を褒めなければならんな。ミアリス」
「いや、別に土の良し悪しで選んだわけじゃなくて! ここは魔王軍の魔獣軍団が侵攻を強めている土地で!」
「そうか。魔獣か。それは猪とどちらが厄介なんだ?」
「猪? ああ、現世の動物ね! そんなのとは比べ物にならないわよ!」
「バカな……! あの作物を食い荒らし、畑どころか水田までお構いなしに蹂躙し、雑食性が強いので何でも食べて、農業における害獣被害の横綱である、あの猪よりも厄介……だと……!!!」
「ごめん。多分、わたしの認識不足だと思う。なんかごめんなさい」
ミアリスは黒助に魔獣軍団について説明をする。
ケルベロスとコカトリスが軍団の主力であり、上位種になると人の姿に近い獣人となる。
獣人1人で小さな村ならば滅ぼされてしまうと彼女は告げる。
「なるほど。ケルベロスか」
「そうなのよ! この辺りは人が住んでいないけど、それはケルベロスがそこらをウロウロしているからなの!」
「それで、ケルベロスと言うのは、猪とどちらが厄介なんだ?」
「あんたの中の危険の基準って猪なの!? ほら、現世でも異世界探索するファンタジー小説とかあるでしょ!? あれに出て来るヤツ! 読んだことないの!?」
「ないな。回覧板なら隅から隅まで読むが」
「ああ……そうなの……」
「弟がその手の話には詳しい。今度聞いておこう」
「うん。是非そうしてくれると助かるわ」
噂をすれば影が差すと言う。
こんなにケルベロスの話をしたからか、ケルベロスサイドも「ちょっと出ておこうかしら」と気を利かせたのかもしれない。
「グルゥアァァァアァァッ!!」
「わっ!? ちょ、ケルベロスが出たわよ! しかも3匹も!!」
身の丈3メートルはあろうかと言う、三つ首の魔獣が唸りながら坂を駆け下りて来る。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「なるほど。デカいな。乙事主くらいはある」
「すごい落ち着きっぷりね! さすが現世で1番の精神力!! って言うかおっことぬしってなに!?」
「お前、もののけ姫を知らんのか? それでも女神か?」
「女神ですけど!? 分かった、今度見るから! まずは目の前に集中して!!」
黒助の眼前に迫るケルベロス。
彼らは極めて雑食性が強く、動物だろうと人だろうと構わず餌とみなす。
そして彼らの走った後には瘴気が残り、草の一本も生えないと言う。
なんだか猪と共通点があるような気がしてくるのは何故か。
「止まれ、デカい犬! この土地は俺のものだぶれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」
「ちょっ、ええっ!? 嘘でしょ!? 黒助!? 黒助さーん!?」
ケルベロスの体当たりを真正面から受けた黒助は、30メートルくらい吹き飛ばされた。
ダンプカーに撥ねられてもここまでの飛距離は記録しないだろう。
「何と言う事だ。ツナギがボロボロに……!
「あ、意外と平気そうで良かったわ」
「平気なものか! 柚葉は怒ると怖いのだ! ちなみに俺の妹で、世界で1番可愛い」
「グルゥアァァウゥッ!!」
妹の可愛らしさを三つ首の魔獣に聞かせる男、春日黒助。
可愛いは種族を超えるのか。
「おい、デカい犬。もう家に帰れ。俺はむやみに動物を殺したくない」
「なんて博愛主義なの……! 黒助、あんたって心が優しいのね! じゃあ、猪も?」
「猪は罠で捕えたら食べるぞ。鍋にしても美味いし、しぐれ煮など絶品」
「あんたと猪との間にある深刻な確執については理解したわ」
ケルベロスの1頭が「無視すんじゃねぇ」と言わんばかりに牙を剥き、黒助に再び襲い掛かった。
彼らの牙は鋼鉄を貫くほどの強度を誇る。
「く、黒助! いくら肉体強化の付与をしたからって戦闘訓練もせずにケルベロスの相手は無謀過ぎるわ! 逃げて!!」
ミアリスの叫びも虚しく、ケルベロスの牙が黒助の胸を抉った。
かに思われたが、どういう訳かケルベロスが地面と垂直になる。
そのまま180度ほど回転し、三つ首の魔獣は背中から地面に叩きつけられた。
「キャイィィィンッ」
悲痛な声を上げるケルベロス。
その様子を見て、残りの2頭は一目散に走り去る。
薄情なものである。
「く、黒助? 今のは一体、何がどうなったのかしら?」
「一本背負いだ。俺は高校生の頃、体育で柔道を選択していた」
黒助は柔よく剛を制す理屈をしっかりと活かし、ケルベロスの突進してくる力をそのまま利用して破壊力へと変換させた。
ケルベロスは目を回して、未だに立ち上がれずにいる。
「よく分からないけど、トドメを刺しましょう!」
「ダメだ。この犬は殺さない」
「魔獣に情けをかけるの!? ……なんて高貴な心!!」
「トラクターの代わりに、土地を耕させる事にする」
「ごめん。あんたと喋っていると、3分の1くらい意味が分からなくなるんだけど」
黒助はミアリスに「犬小屋と首輪を用意しろ」と言うと、再び土の研究に着手する。
女神の力を使えばその程度の創造魔法は容易い。
ミアリスは言われた通りに巨大な犬小屋を構築し、すっかり大人しくなったケルベロスに首輪をつけた。
3つも首があるので、その作業は割と面倒くさかったと言う。
「これは……! ミアリス、来てくれるか!」
「どうしたの!? まさか、魔物がまた……!?」
「ここに生えているのは、ほうれん草か!?」
「今までの話の流れ的に、現世の植物ね? ホウレンソウって。違うわよ。それ、モッコリ草って言うその辺に生えてる草よ」
黒助は「なるほど」と言って、モッコリ草を何の迷いもなく口に入れた。
「何してるの!?」
「味見だ。……ふむ。少しえぐみが強いが、食感は悪くない。……売れるな」
そう言うと、モッコリ草を凄まじい速さで収穫し始めた黒助。
彼の農家としてのスキルと、最大限に強化された肉体の奏でるアンサンブルは超高速の収穫技術となって発現された。
ミアリスに創造させた籠の中いっぱいのモッコリ草をゲットした黒助。
満足そうに女神に向かって歯を見せる。
「じゃあ、俺は帰るぞ」
「ああ、そう。……帰るの!? コルティオールの平和は!?」
「知らん。帰りが遅くなると妹たちが心配する。また明日、朝市の出荷が終わったら来る」
「良かった。この世界を見捨てないのね!」
「俺の大農場計画は既に動き始めている。明日は何人か人を集めておけ」
「魔獣軍団と戦うのね!?」
「モッコリ草の収穫だ」
「もうヤダ。わたしがバカみたいな空気になる。これってどうにかならないの!?」
そう言い残すと、黒助は転移装置の中へと消えて行った。
異世界コルティオールで過ごす初日は失ったものも多かったが、得るものはより多く、無限の可能性に黒助は心を躍らせていたと言う。
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