家の倉庫が転移装置になったので、女神と四大精霊に農業を仕込んで異世界に大農場を作ろうと思う ~史上最強の農家はメンタルも最強。魔王なんか知らん~
五木友人
第1章
第1話 ある日突然、倉庫の中身がなくなった
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」とは、かの川端康成著『雪国』の有名な書き出しである。
トンネルを抜けた瞬間、視界いっぱいに広がる銀世界は壮観だろう。
一方、とある県のとある田舎の畑には倉庫があった。
中には草刈り機やトラクターに耕運機。
スコップもあればクワもある。
近代農業において、優れた農具は必要不可欠。
とある青年が白菜の収穫をするため、アルミカートを取りに倉庫の中へ入った。
アルミカートの農業における重要な位置づけについての話は割愛する。
それどころではなくなったからだ。
「……なんだ、ここは」
真っ暗な空間に立ち尽くす青年。
彼の名前は
高校を卒業してすぐに農業従事者となり、今はその収入で妹2人を高校に通わせ、弟1人をニートとして養っている働き者である。
そんな彼が、「白菜の収穫だ!」と意気込んで倉庫に入ったら、そこは異空間だった。
トンネルを抜けた先の銀世界は幻想的だが、倉庫に入った先の異空間もそれなりに幻想的なようであり、黒助はしばし言葉を失った。
「……睡眠不足による幻覚症状か。しまった。やはり4時間しか寝ないプランには無理があったらしい。明日からはせめて6時間は寝よう。うむ」
自らの生活を異空間で反省する黒助。
そのまま、来た道を引き返そうとすると、それを咎める声がした。
「ちょっと、ちょっと! 待ちなさいよ! あんた、普通はこんな非現実的な空間に来たら慌てたり、それかワクワクしたりするものでしょ!?」
「……誰だ」
声の主は女だった。
年齢は黒助の上の妹と同じくらいだろうかと彼は考える。
「わたしは女神! 女神のミアリスよ!! あんたを選んだのはわたし! 光栄に思いなさい! コルティオールの危機を救うために立ち上がる勇者にあんたは選ばれたの! ああ、もちろんタダじゃないわよ? もう既に、あんたには最強の肉体を付与してあるわ!」
「……そうか。まだ若いのにな。気の毒に」
「なんでわたし、そんな気の毒な目で見られてるの!? どーゆうリアクション!?」
黒助はぶっきらぼうだが心の優しい青年である。
目の前の金髪の少女の妄言を頭ごなしに否定したりはしない。
「ははーん? さては疑っているわね? 仕方がないなぁー、もぉ! じゃあ、説明は後回しにしてコルティオールの世界へ案内してあげる! 『転移』!!」
「……ぬぅ」
黒助を眩暈が襲う。
やはり睡眠不足は大敵だと彼は痛感した。
だが、徐々に辺りが明るくなり、その全容が視界に入って来ると、彼も考えを改めざるを得なくなった。
そこにはどこまでも続く広大な大地と、頭上に輝く2つの太陽があった。
黒助は論理的に考える。
「なるほど。この女は本当に女神らしい。すると、ここは異世界か」と。
全てを柔軟な思考力で理解した彼は、言った。
「おい。俺のトラクターは? 耕運機は? 先月買ったばかりの電動草刈機は?」
「そう、驚いたでしょ? ここがコルティオってぇ、全然驚いてないんですけど!?」
それから数分間、黒助とミアリスは無言でコルティオールの大地に佇んでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「つまり、こういう事か。俺の家の倉庫は転移装置になり、異世界コルティオールとの空間を繋ぐ入口となったと。そこまでは良い。もう一度だけ聞くぞ?」
「あ、はい」
「俺の倉庫の中身はどこに行った?」
「いや、あのぉ。転移装置って女神にしか使えない高等スキルでね? 不純物は浄化されると言うか。だから、農具? っていうのは、もうなくなっちゃったー」
「俺は生まれて初めて女に手をあげるかもしれん」
「ま、ままっ、待って! あんたの体、もう地上最強になってるから! 死んじゃう! それでガチ目に殴られたら女神でも死んじゃうから!! 落ち着いてぇ!!」
黒助の理解は速かった。
農家をするには何よりも精神力が重要である。
突如として襲来する、台風、大雨に洪水、日照りに干ばつ。
どう足掻いても自然には勝てない。
その不条理を幾度となく乗り越えなければ、一人前の農家にはなれない。
精神力の面において、黒助は既に超一流の農家たる資格を有していた。
だから、急に異世界に連れてこられても動じない。
農家とはそういうものなのだ。異論は認める。
「……分かった。では、被害の実態を証明しなければならない。農機具共済に入っておいて良かった。さあ、現世に戻してくれ」
「えっ。あの、コルティオールは今、魔王の脅威によって危機に」
「ミアリス、と言ったな」
「あ、はい。ミアリスです」
「うちは6年前に両親が再婚して、4人兄妹になった。そして、すぐに父親と母親が両方不倫して蒸発した。つまり、俺が農業で稼がなければ、妹と弟が困る。……改めて聞くが、我が家の経済状態よりもコルティオールは危険なのか?」
「ま、魔王が侵略を始めたのよ!? 命の危機なんだから!!」
「うちは俺が働かないと1ヶ月で滅びるが?」
「あ、すみません。1ヶ月は耐えられます。コルティオール」
黒助は満足そうに頷いた。
対して、ミアリスは激しい後悔の念に苛まれていた。
配下の四大精霊と一緒に1年間も考えて、現世で最も強靭なメンタルの持主をようやく見つけたのに、その英雄候補はメンタルが強靭過ぎて全然言う事を聞いてくれない。
強靭どころの話ではなかった。狂人だった。
新たな転移装置を構築するのに半年以上の時を要する。
コルティオールに残された時間はそれよりもずっと少ない。
民を守るのが女神の務めなのにそれが果たせそうもない事実は、ミアリスの心を暗くした。
「……分かりました。春日黒助。あなたを現世に送り届けます」
「ぬっ!? 待て! 待てよ、待て!! この土は……!!」
突然地面に顔を近づけ、両手で土を握り、匂いを嗅ぎ始めた黒助。
その様子にミアリスは「ええ……」と軽く引いた。
だが、彼女の身にも黒助の鍛えられた両腕が迫る。
「ミアリス!!」
「ひゃっ!? ひゃい!」
「この土はなんだ! むちゃくちゃ良い土壌じゃないか!! これなら、いい野菜がたくさん育つ!! なんと言う事だ! 気が変わった! コルティオールに農場を作ろう!!」
「えっ? 農場? いや、わたしたちは、あんたに魔王を倒して欲しくて」
「聞くが、コルティオールに農協はあるか!?」
「えっ!? い、いえ、ないと思いますけど!?」
それを聞いた黒助は「そうか! それは良い!!」と膝を打つ。
黒助の頭の回転は速い。
彼の中で、異世界大農場計画の設計図が凄まじいスピードで作り上げられていく。
これは、とある英雄が異世界を救うまでの物語である。
ただし、もしかすると全然違う物語になるかもしれない。
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