第29話 メイド妹喫茶
ボーッと2階を眺めていると、妹は一度部屋に戻るも直ぐに降りてくる。
「ああん、もう、お兄ちゃんは自分の部屋に居て!」
「あ、ああ」
俺にそう言うと慌ただしくキッチンに駆け込んで行く妹。
一体何が始まろうとしているのか? キッチンでバタバタと何かの準備をしている妹を尻目に、俺は言われた通り自室にに戻った。
妹の部屋に入るってだけで、まさかこんなに大騒ぎになるとは……。
パタパタと何度か廊下を歩く音が聞こえてくる。
うーーん……不安しかない。
他人の、女子の部屋に入るってわけじゃないのに、小さい頃は何度も入っていた妹の部屋に久しぶりに入るだけなのに、俺はなぜこんなにも緊張しているのだろうか?
まあ、あの妹の事だから、恐らく何か面倒な事を考えてるのだろう……。
そして自分の部屋でそのまま待つ事30分……俺は思い腰を持ち上げ部屋から出ると、妹の部屋をノックする。
「は~~~~い」
明るく弾んだ妹の声、プリクラとボウリングと食事が効を奏したのだろうか……すっかり元通りである。
それにしても、今日は1日妹に振り回されっぱなしだ。
しかし、これが最後だと俺は覚悟を決めて妹の部屋の扉を開いた。
扉を開くとそこには……『メイド姿』の妹が立っていた。
「お帰りなさいませご主人様!」
「────あ、すみません部屋を間違えました」
俺はそう言うとパタリと扉を閉めた。
確か隣には俺の妹が居る筈だけど、どうやら異世界に通じる扉に変わってしまっていた様だ。
「異世界メイド食堂」
うん、もし俺が小説を書くならそんなタイトルにしよう。
いや、なんなら今すぐ部屋に戻って書くかな……。
そう思い、俺は全てを無かった事にして部屋に戻ろうとすると、やはり無理だったか、『バン!』 と大きな音をたて扉が乱暴に開いた。
「お兄ちゃん! なんで帰るの?!」
「……いや、だって……その格好はなにかな?」
「メイドです!」
「まあ、それは見ればわかる……だからなんで?」
「お兄ちゃんの最新本にメイドさんとイチャイチャしてるシーンがあったから、今のお兄ちゃんの趣味はメイドさんなのかな? って」
「いやいやいやいや」
俺はロリコンでもないし、シスコンでもないし、メイド趣味でも無い。
どこかの作者と一緒にしないでくれよ……。
「とにかく入って、ご、しゅ、じ、ん、さまあ」
「……」
どこから仕入れたのだろうか、妹の着ているメイド服は、コスプレとは思えない品質だった。
とりあえず逃げようにも逃げられない俺は、仕方なくと諦め妹の部屋に入った。
何年か振りに入った妹の部屋は、ほのかに柑橘系の甘酸っぱい匂いがした。
部屋は全体的にピンク基調だがそれほど派手ではなく、まあ普通に近い部屋……いや、普通の女子の部屋なんて知らねえけど。
机に、ベッド、本棚、少し大きめのクローゼットに、縫いぐるみが少し。
キョロキョロと妹の部屋を見回す俺を見たメイド妹は、クローゼットの前に立つと、そのまま扉を開け中にある引き出しを引き俺に見せつけながら言った。
「お兄、ご主人様、下着はここだから!」
「いや、聞いてないし、見せるな!」
綺麗でカラフルな下着が眩しく光る。
「大丈夫、これはお兄ちゃ……ご主人様専用の下着だから」
「何が大丈夫なのかわからん、てか専用ってなんだよ?」
「えーー、これはねえ、お兄、ご主人様がいつでもその気になっても良いように家専用の勝負下着です~~」
頬を赤らめイヤンイヤンと首を振り照れる妹……。
「いつでもその気になんてならねえから! てか、家にいる時に勝負下着を着けるな!」
「お兄、ご主人様の前以外では勝負しないもん!」
「どうでも良いけど、お兄ちゃんをご主人様に言い換えるな」
「じゃあ、旦那様?」
「……ああ、そうね、そう言えばそう返すお約束になるよね」
なんなんだろうか、今日のこの濃縮な1日は……。
俺はもう諦めたとばかりに、部屋の真ん中にあるテーブルの前に置かれた可愛らしいクッションの上に乱暴に腰を降ろした。
「ご、ご主人様、ご注文は?」
「まだやる気か……何があるんだ?」
「コーヒーと紅茶と……わ、た、し♡」
「コーヒーで」
即答する。
「えーーーーーーお兄ちゃん乗りが、わるいいいい」
「乗らねえよ!」
全く……まあ……でも……ビックリしたけど、冷静になってメイド姿の妹を見ると、俺には決してそんな趣味は無いが、メイド喫茶に入り浸る奴の気持ちが少しだけわかる気がしてくる。
「もうーー」
小さくほっぺたを膨らませ、用意していたポットでコーヒーを入れる妹……。
そしてついつい珍しいその格好を、こそこそと上から順に見てしまう。
妹は正座でコーヒを入れている。その正座で見え隠れしている太ももに上から順に眺めている俺の視線が達すると、慌てて視線を反らした。
さっき言っていた事を、家では俺の前では必ず勝負を身に着けているって事を思い出してしまったから……。
それにしてもなんだろうか? なぜか妹に対して意識してしまう。
こんな事は……こんな思いは今まで無かったのに……。
「美味しくなあれ、モエモエきゅーーーん」
そんな俺の戸惑いを気にする事なく、目一杯お約束をかます妹……。
またその姿あまりにも似合い過ぎて……いやいやいやいや……どうかしてる、俺も妹も……。
「ほら、お兄ちゃん希望通りのコーヒーだよ せっかく入れてあげたんだから、飲んだらちゃんと美味しいって誉めてよね!」
妹メイドはそう言いながら少し乱暴に俺の前にカップを置いた。
「……えっと……今のは何?」
「えーー妹カフェだよ……妹カフェってこんな感じじゃない?」
「──いや、行った事ないし、俺の妹はそんな態度は取らないし」
妹いるのに妹カフェに行く奴っているのか?
まあ、妹がいるのに妹ものを読む変態もいるらしいから……。
「それでどう? 私の部屋に久しぶりに入った感想は?」
そろそろ飽きたのか? メイド妹はいつもの妹に戻り、俺の前で足を崩し座ると、少し不安そうにそう聞く。
「まあ、栞がメイド姿じゃなければ、落ち着く……かな?」
とりあえずリビングは親が急に帰ってくる可能性もあって、こうしてコーヒー飲んでいてもあまり落ち着かない。 いや、別に変な事をしてるわけじゃ無いんだけど……まあ、してると言えばしてるのか? 付き合ってる時点で……。
「本当?」
俺がそう言うと、妹はパッと嬉しそうな顔になる。
「あ、ああ」
「じゃあ、明日も来る?」
「2日連続かよ!」
「じゃあ、じゃあ朝までここにいる」
「泊まりかよ!」
「じゃあ、じゃあ、じゃあ、ずっと一緒に!」
「同棲かよ!」
「え、えへへへへへ、お兄ちゃんと同棲♡♡」
「いや、もうしてるし……」
妹と暮らすのを同棲と言うのかは知らんけど。
そんな掛け合い漫才な事をしていると、あっという間に時間が過ぎて行く。
そして……コーヒーを2杯飲み終え、そろそろ部屋に戻ろうかと切り出そうとしたその時、さっき迄リラックスしていた表情の妹の顔が急に引き締まった。
そしていつになく真剣な目で俺を見つめて言った。
「さ、それじゃあお兄ちゃん、生徒会長と先生の話を聞こうか?」
「へ?」
「……あのね、お兄ちゃん、何か変な事に巻き込まれてるから」
一瞬嫉妬か? と、そう思った。しかし妹から告げられた言葉は俺の思っていたそれとは違っていた。
その妹の言葉に俺は戸惑った。そして俺はこの時改めて気付いた。
そう……この妹は普通じゃないって事に……この妹に隠し事は出来ない、この妹には誰も勝てない。
それは俺が、兄である俺が、誰よりも一番良く知っている事だから。
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