第8話 ファーストデート


「それで、どこかに行きたい所ってあるか?」

 彼氏として彼女にこうやって聞くのは正直どうかと思う。


 かといって俺に付いてこいなんて気概は持ち合わせていない。


 そもそも、誘いはしてみたが、デートって何をするのか? どこへ行くのか? 付き合った事の無い俺には皆目検討もつかないのだ。


 いや、漫画やアニメ、小説なんかでそう言った場面よくある。


 ただ妹と、なんてシチュエーションはまずない、まあ、秋葉原に行くアニメはあるにはあるが、あんもん参考にもならない。


「お兄ちゃんと一緒ならどこでもいいよ」

 新婚旅行で海外にでも行くような、うっとりとした表情の妹。


「どこでもと言われてもなあ……」


「私はお兄ちゃんと一緒なら、本当にどこでも楽しいよ、だから秋葉原でも池袋でも中野でも、アニ○イトでも、乙女ロードでもまんだ○けでもどこでも行くよ!」


「いや……俺そこまでオタクじゃないし……」


「じゃあ、コンラ○ドでも、ヒルト○でも、リッ○・カールトンでも良いよ」


「いや、そんなお金は無い」

 てか、いきなりお泊まりは……兄妹らしいお付き合いを越える気がするのだが……。


「じゃ、じゃあ……えっと、えっとね、ティフ○ニーとか、カルテ○エとか、ブル○リとか?」


「高級ブランドで何を買うんですか? 俺の小遣い3ヶ月じゃあ箱も買えんぞ?」

 箱だけで売ってるかは知らんけど。


「じゃあ……お兄ちゃんとの、思い出の場所に行きたいな」

 妹は恥ずかしそうに、それでも嬉しそうにそう言った。

 健気に振る舞う妹に俺は胸が熱くなる。


 ああ、そうだ……そうなんだ、親バカならぬ兄バカかも知れんが、俺の妹は……性格も最高なんだった。


 俺を見て微笑む妹の頭をゆっくりと撫でた。

 俺に頭を撫でられ気持ちよさそうな顔になる妹。


 なんでこんなにも良い子が俺なんかを好きなんだろうか?

 頭を撫でながら、俺はずっとその理由を模索していた。




 

 そして翌日の朝、家を出ると俺は晴れた空を見上げ、外の空気を大きく吸った。

 暖かい日差しに、ほんのりと春の香りがする。


 そして俺に続いて玄関を出た妹に視線を移す。

 花柄で薄手のワンピースを着た妹が俺を見てニッコリ笑う。

 

 あまりの綺麗さに、妹がまるでこの春を運んで来た妖精なのかと俺は一瞬そう思ってしまった。

 

 二人で並んで近所の道を歩く。俺達の初めてのデートがスタートした


 妹とのデートなんて、ただの恋愛ごっこなのかも知れない。

 でも、通りすぎる人々が妹を見てり振り返る度に、俺は優越感に浸っていた。


 朝早く家を出て、最寄り駅から電車に乗る。

 それほど多くない乗客だがその殆んどが妹に注目していた。


 そんな美少女との初デート、でも俺に緊張感は無い。そりゃそうだ、相手は妹なのだから。


 これがもし他人だったらと思うと、冷や汗もんだろう。

 

 ここ数年あまり話さなかった事を取り戻すかの様に、妹は出掛けてからずっと俺に話しかけてくる。学校の事、友達の事、先生の事、面白かった出来事、そして……俺の事。

 

 同じ学年、同じ学校、二人の共通点は多い。


 一時間程電車に揺られていたが、妹のお陰であっという間に過ぎ去った。


 

 こうして俺達はとある大きな池のある公園にやって来た。


 特に有名な公園では無い。

 ただこの公園は二人に取って思い出の公園だった。


 まだ小さかった俺達は両親に連れられ時々この公園で遊んでいた。


「懐かしいね」

 公園に入ると真っ正面に大きな池が見えた。

 池の周囲は遊歩道、その先に大きな芝生と少しの遊具が設置されている。


「あーーシーソーが撤去されてる……残念」

 確か古いブランコとシーソーがあったのを覚えている。

 最近はこういった遊具がどんどん撤去されていると聞く。


 それでもブランコはまだ健在だった。

 まだ時間が早い為か、それとも最近の子供はこういった遊具で遊ばないのか? そこには誰もいない。


「ちょっと座ってみようよ!」

 栞はそう言いブランコに駆け寄った。

 俺もゆっくりと後を追う。


「うわーーちーーさーーい」

 ガチャガチャと音を鳴らし懐かしそうにブランコに座る妹。


「スカート下に付きそうだな」


「ねえ、お兄ちゃんも隣に座って」

 

「ギリギリだなあ、とてもじゃないけど漕げないよ」

 妹に言われブランコに座るもその低さに、思わず地面に座っている様な感覚になる。

 そう言えば子供用のブランコに座っても良いのだろうか? 体重制限とか無いのか? 妹は少し大きい子供くらいの体重だろうけど、俺はさすがにそこまで軽くはないので、壊れないかびくびくしてしまう。


「あはは、大きくなったね」


「お互いな……」

 俺は壊れそうなブランコから立ち上がると妹の前に立ち手を伸ばした。

 妹は俺の手を掴み立ち上がると、わざとらしく躓き俺に抱きついた。

 

「だーーかーーらーー」

 

「わざとじゃ無いもん! ねえ池一周しようよ~~」


「ああ……」

 妹は俺の手を掴んだまま、俺を引っ張り前を歩く。

 小さな頃もこうやって手を繋ぎ二人でよく歩いていた。

 

 思えばこうやって、二人だけでこの池を1周しようと何度か挑戦した。


 でも、幼い二人ではさすがに遠い、そして両親から離れて行くと、どんどん不安になり毎回揃って途中で引き返していた。



 今なら余裕で向こう岸まで行けるだろう。

 子供の頃に出来なかった事をこうやって今出来る喜びをひしひしと噛み締める。

 

 そして俺と同様に妹もそう思ってるのだろうか? 


 そう考えた時、俺は思い付く……妹が俺の事を好きだと言った理由に。


 妹はひょっとしたら勘違いをしているのでは無いだろうか? 

 俺はそう思い始めた。


 ここ数年俺と妹はこうして出かける事は無かった。両親の忙しさもあって、家族旅行もしなくなっていた。


 毎年恒例の長野の婆ちゃんの家にも受験の為に去年は行っていない。

 親戚の美月にも会っていない。


 俺とのこういった思い出がここ数年極端に少なくなっている。

 その寂しさを、妹は……恋だと勘違いしたんじゃ無いだろうか?


 親に、両親に甘えられない寂しさを、俺で紛らわそうとしているだけなのでは無いだろうか?


 そうだ、そうに違い無い!


 妹が俺の事を本気で好きになるわけが無い。

 いや、俺の事を好きになる奴なんて、そうそういる筈が無い。


 なんたって、デートもろくにした事の無いインキャ男だからな! わっはっはっはっは……はぁ……。


 自分で言っててへこむが、とにかく妹の告白以来ずっと疑問に思いずっと考えていた答えが今はっきりとわかった。


 妹は俺に甘えたがっているだけなのでは無いだろうか?。


 つまり、こうやって甘えさせておけば、自然と治まるかもしれない。


 恋は熱病って言うし。


 俺は少しすっきりとした気分になり、妹と一緒に池の周りを散策する。


 春の陽光に照らされ池の水面がキラキラと輝く。

 それを眩しそうに見ている妹の可愛い顔を見て、さっきの考えが少しだけ残念に感じてしまう。


 いかんいかん、兄妹で恋愛なんてあり得ない。



「ねえお兄ちゃん、覚えてる?」

 妹は池の手すりに手を乗せ、懐かしそうに水面を見つめる。


「ああ、栞が俺のゲーム機をここで落としたよな」


「うん、ごめんなさい」


「あははは、昔の事だよ」


「でも、あの時私お兄ちゃんにちゃんと謝らなかった」


「そうだっけ?」


「うん、怒られるって思って、謝らない方が怒られるのにね、でもお兄ちゃんは壊れたゲームを見て笑ってた……」

 

「もう忘れたよ」

 俺は栞に嘘をついた、あの時の事は今でも覚えている。買って貰ったばかりのゲーム機だったので凄く悲しかった……でもそれを栞のせいだとは思っていない。


「嘘……しかもお兄ちゃんお母さんに自分が落としたって……」

 俺の嘘なんて栞には全てお見通しだった。


「よく覚えてるなあ」


「覚えてるよ……お兄ちゃんとの事は全部……」

 妹はどこか寂しそうな、儚げな表情でじっと池を見つめている。

 そしてゆっくりと俺を見上げる。

 水面の様にキラキラと輝く妹の瞳に俺が映っていた。


「お兄ちゃん……」

 妹はそう言って俺を見つめたまま、そっと瞳を閉じた。

 俺は栞の肩をそっと掴む。


 

「栞…………しないから」


「ええええええええええええええ!」


「いや、ええええ! じゃないよ!」


「ここは【そっと唇を押し当てた】でしょ?」


「しないから、勝手に地の文書き足すな!」

 

「もう、お兄ちゃんは優しいけど、乗りが今一悪いんだよねえ、だから友達いないんだよ!」


「いるわ!」

 ちょっとはいるわ!


「もう~~また、一から雰囲気作りしないといけないじゃん! じゃあ次は私が池に落ちそうになるからお兄ちゃんが私を助けて、私がお兄ちゃんに抱きついてそのままぶちゅって」


「ぶちゅっていうな……」


「じゃあベロベロ?」


「ぶちゅもペロペロも、しないったらしない! 絶対にしない!」


「えーーーじゃあじゃあ私が池に飛び込むから、お兄ちゃんが私を助けて、そのまま人工呼吸っていうお約束を」


「……さあ、帰ろっか」


「えーーーーまだ来たばっかでしょ?!」


「兄妹らしい付き合いをって言ったろ?!」


「またそれええ、付き合ってるんだからいいでしょお~~もう」

 妹は不機嫌そうにほっぺを膨らます。その頬が、その顔があまりにも可愛くて思わず突っつきそうになるのを必死に堪えた。


「少し寒いし腹減ったし、何か食べに行くか」


「うん! ああ、お兄ちゃんここから少し行った所にアウトレットがあるからそこで指輪かなんかを記念に……って待ってよ、聞いてよ~~!」

 俺はまた変な事を言い出す妹に構わず、歩き始めた。

 妹は走って俺を追いかけ来ると、そのまま俺の腕に抱きつく。


 ああ……ヤバい、ヤバいって思う程に楽しい……妹とのデートがこんなにも楽しかったなんて思いもしなかった。


 俺は少しだけ告白してくれた妹に感謝した。


 妹の誤解が解ける迄の間、勘違いに気が付くまでの間、こうやって妹と恋人ごっこをするのも……そんなに悪くないかもと、俺はこの時思い始めていた。


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