第7話 担任からの視線


「はーーい皆席に着いてねえ」

 そう言って教室に入って来たのだから、恐らく担任なのだろう。

 恐らくと言ったのは、入学式の時、妹の告白で頭が一杯だった為に一切記憶がなかったのと、どう見ても教師には見えない童顔な顔に小さい身体、ピョコピョコと弾むツインテールがあまりに似合い過ぎていたからだ。


 高校教師なのだから間違いなく大学は卒業しているわけで、どう少なく見積もっても、20代前半な筈なのだが、制服を着ていれば間違いなく同級生、仮に違う制服ならば俺は間違いなく中学生と彼女を見間違えるだろう。


 それくらい幼い姿に見える担任の教師は、教卓の立つとまずは自己紹介を始めた。


 名前は白井里美しらい さとみ、国語教師、年齢は内緒だ……そうだ。


 先生は良く似ている、【とある】アニメのキャラをネタに、自身の自己紹介を終えると、今度は俺達クラス全員に自己紹介するよう求めた。


 出身中学や趣味、特技なんでも良いと言われ、皆順々に照れ臭そうに自己紹介をしていく。


 中学生の時はふざけた輩も結構いたが、高校にもなって中二病やら、超能力者を探す者等はいなく、皆一様に至って普通の自己紹介をしていた。

 俺も勿論中二病的な事を言う事なく、趣味は読書と無難な事言い普通に自己紹介を済ませ席に着く。


「ん?」

 ようやく安心して次の自己紹介を聞けるとそう思ったが、俺が席に着いても、先生は俺の次の生徒の名前を呼ばなかった。


 それどころか、先生の視線は俺から離れない。

 

「先生、次いっても良いですか?」


「……ああ、ご、ごめんなさい」

 俺の後ろの席に座る男が先生に向かってそう言うと、先生はようやく俺から視線を外し次の生徒の名前を呼んだ。

そして再び止まる事なくスムーズに自己紹介が名簿順に進む。

 しかし何故か? 先生は俺の事をじっと見つめている。


 それは、その目は視線は表情は、何か懐かしい物を見ているかの様だった。


「せ、先生終わりました……よ?」

 最後の生徒が自己紹介を終え、席に着くも俺をじっと見続ける先生。

 前方にいた生徒が先生にそう言うと、まるで空想世界から現実に戻って来た様に先生は慌てて、ようやく俺から目線を外した。


 一体なんなんだろうか? 


 でも、この先生どこかで見た様な、そんな気がしないでも無い。

 だが、それは確かめようが無かった。


 まさか会ったばかりの担任に、どこかで逢いましたっけ? 等とナンパ紛いの質問を出来るわけもなく、俺はとりあえず今の事を一旦忘れる事にした。


 面倒毎には出来うる限り関わらない、それが俺のスタンスなのだ。


 その後は学校や授業の説明、ルールや規則等の周知等オリエンテーション的な事を説明され終わりとなる。

 明日は土曜日で休みになる為に授業開始は月曜日からだ。


 放課後は各クラブの説明会がある。


 だけど俺は帰宅部と決めているので、このまま帰るだけ……なんだけど、一緒に帰る筈の妹は相変わらず皆に囲まれ身動きが取れないでいた。


「……しゃーない、一人で帰るか」

 その時、一瞬誰かに話しかけられていない、以前いたキャラクターが消えてしまったかの様な、そんな感じがしたけど、まあ、それは大した問題じゃないと俺は教室を後にする。


「待ってええぇ」

 教室を出ると後ろから麻紗美に声をかけられた。


「おお、どした?」


「祐はぁ部活入らないのぉ?」


「中学の頃から帰宅部だからなあ、運動部は無理だろうし、かといって文芸部とかもなあ、読むだけなら良いけど、書く事には興味無いしな~~」


「そっかあぁ」


「麻紗美は何かに入らないのか?」


「うーーん、お菓子作りとか、興味あるけどお、私こんなだしい、迷惑かけちゃうからあ」

 麻紗美はそう言って苦笑いする。


「そうか……」

 相変わらず自分のペースを気にしている麻紗美だが、俺は出来るだけ普通に接する様にしている。

 麻紗美は別に特別なんかじゃ無い、普通の女の子だと俺はそう思っているからだ。


「うん、じゃあ一緒にぃ~~帰ろっかぁ」


「だな」

 中学時代麻紗美と一緒に帰った事は無い。勿論休みの日に会ったりもしない。

ただただクラスで話すだけの存在だった。


 同じ公立中学なので恐らく家は近いのだろう、改めて聞けば、うちの家から5分くらいの所だそうだ。

 

 特に意味は無い、ただの友達と帰るだけ、しかも帰る方向は同じなので一緒に帰るだけ……。

 俺は心の中でそう言い訳をした。


 入るかどうかは別として、やはり説明会に参加する者が多いのかやはり帰宅する者は殆んどいない。


「祐ってぇ、優しいよねえ」

 誰もいない通学路を一緒に歩いていると、麻紗美は俺を見てそう呟く。


「そう、なのかな?」


「うん……私……こんなしゃべり方だからぁ、皆イライラしてるのがわかるんだぁ、でも祐は、そんな素振りも見せないからぁ、安心して話せるの」


「まあ、俺は別にイライラなんてしないけど」

 癒される事はあってもイライラした事は一度も無い。


「……だからぁ、祐と同じクラスになれてぇ嬉しかった……高校でもぉ、友達でいてくれる?」


「ばっか、当たり前だろ?!」


「……ありがと」

 照れ臭そうに笑う麻紗美の笑顔に俺はまた癒される。

 お礼を言いたいのはこっちの方なのにな。


 いくら麻紗美の歩くスピードが遅くても、家が近いとこういったイベントもあっさり終わってしまう。

 もっと遅くても良いのにと、俺は立ち止まり麻紗美とそのまま少し話をした。



「えっと、じゃ、じゃあそろそろ行くねぇ」


「あ、うん、だな」

 

「また……明日ねぇ」


「明日は休み、来週な」


「そっかあ、ちょっと……さ、ううんなんでも無い~~また来週ねぇ」


「ああ」

 麻紗美は何度も振り返り俺に向かって手を振った。その手の振り方も歩く速度も遅く、いつまでも視界から消える事なく手を振り続ける。麻紗美の周りは時間がゆったりと進む、そんな気がしていた。

 そしてそれは俺にとって、いつの間にかとても居心地が良い物になっていた。


 そう、麻紗美は俺の数少ない(うるせえよ)友達なのだ。

 大事な大事な友達と……またこうして一緒の学校に通える喜びを噛みしめながら俺は家に帰った。



「あれ?」

 玄関を開けるとそこには妹の靴が置いてあった

 確か朝履いていた学校指定の革靴だ。


「あれ? もう帰ってるのか?」

 俺はリビングに向かう。そしてリビングの扉を開くとそこには、ソファーの上で膝を抱え、上目遣いでじっと俺を見つめる妹がいた。


「……えっと帰ってたんだ?」

 俺がそう言うと妹は恨めしそうに俺を睨みつつ小さな声で呟いた。


「麻紗美ちゃんと……一緒に帰った……」


「え?」


「わーーたーーしーーを置いて先に帰ったああ!」

 そう言うと、ソファーの上に仰向けで倒れ込み、足をパタパタとさせ駄々っ子の様になる妹。


「いや、だって栞は友達と」


「私……お兄ちゃんの、彼女なのに……」


「ごめんて」


「白井先生も見つめてた」


「え?」


「お兄ちゃん先生の事ずっとみーーてーーたーー」

 今度はうつ伏せに寝そべり両手足をパタパタさせる。えっと……どうでもいいけど栞さん、パンツが見えてますよ……。


「あれはちょっとビックリして、ってなんで俺の前の席で俺の視線がわかるんだ?」


「お兄ちゃんの事はなんでもわかるし!」

 こわ! この妹こわ!


「なんて嘘、実は手鏡で常にお兄ちゃんを見てる」

 そっちはそっちでもっと怖い!


「先生は俺、あんなに若いって知らなくてさ、ビックリしたんだよ、栞は入学式の時に見たんだろうけど俺は考え事しててさあ」

 主に理由はお前の告白のせいなんだけどな!


「じゃ、じゃあ麻紗美ちゃんは?」


「ああ、麻紗美は同じ高校だって知らなくて、そんで他にも友達が入学してるかどうか聞いてたんだよ」


「お兄ちゃん……友達いないじゃん」


「いるわ! と、とにかくな、俺だって栞と一緒に、俺の、その……彼女と一緒に帰りたかったんだよ」

 友達の事を誤魔化すかの様に、俺は栞に向かい力一杯、精一杯恥ずかしい気持ちを抑えつつ、俺の本心を伝える。


「……わ、私も……私も……彼氏と~~一緒に帰りたかった……朝も教室まで一緒に行きたかった」


「……そか」

 真っ赤な顔でそう言われ、俺は思わず照れてしまう。

 

「でもさあ、一緒にって言っても短いし、すぐ声かけられるし」

 主に栞の友達からだけど……。


「うん……だね、ごめんね」


「いや、栞のせいじゃ無いさ……だからその、明日どこかに行こっか?」


「え?」


「いや明日休みだし……」


「お兄ちゃんそれって……デート?」


「ま、まあ、そんな様な、あ、栞に用事があるなら」


「行く!」

 妹は目を爛々輝かせ満面の笑みで被せる様にそう言った。


 俺達は付き合って初めて二人で出かける事に……一応、デートする事になった。

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