第6話 一夜明けて
「起きてお兄ちゃん」
「起きて~~、起きないと……チューしちゃうぞ」
「ちゅ……」
「うわわわわわわわわわわわあああああああ!」
なんかされたなんかされたなんかされた! 妹になんかされた!!
俺は跳び起きると、そのままベッド脇の壁に背中を押し付けた。
「なによ~~彼女が彼氏にキスしただけでしょ~~? そんな驚く?」
ほっぺをぷっくりと膨らませ妹は少し怒ったような顔をする。
「おおおお、驚くわ! き、きききき、きす? キスって言ったか? きすは天ぷらだけにしろ! きょ、兄妹の付き合いをって言っただろ!!」
「え~~ほっぺにキスくらいで大袈裟な、朝ご飯作ったから下りてきてねえ」
妹は笑顔で俺にそう言うと、スカートを翻し部屋を出て行った。
「ほっぺか……ほっぺなら、いやいやいやいや」
何を安心してんだ俺は、妹がほっぺにキスしたんだぞ? おかしいだろ?
いや、でもそうだった……今日から、いや昨日から栞は……俺の彼女だった。
俺は制服に身を包み、とりあえず洗面所に行く。
栞がキスしたであろう場所に一度触れ、少し惜しい……気持ちを押し殺し、顔を洗い、そして歯を磨いた。
いつもなら、鏡を見る度に自信を無くすが、何故か今日は鏡に映る自分の顔が少しだけ誇らしかった。
妹とはいえ、いや、寧ろ妹だからからなのか? 自分なんかを好きだと言ってくれる人がいるだけで、自分に少しだけ自信が持てる。
キッチンに入ると制服にエプロン姿の妹が俺を見て「おはよ」と言って俺を迎えてくれた。
「あ、うん、おはよう」
二度目の挨拶をして食卓に座ると、妹は出来立ての料理を次々とテーブルに運び始める。
鮭に厚焼き卵、サラダに味噌汁等が並び、最後に炊きたてと思われる湯気がたちのぼるご飯をそっと手渡ししてくる。
茶碗を持つ妹、俺が受けとると、ほんの少し手と手が触れあった。
妹はニッコリ笑うと、俺が触れた指をペロリと舐めた。
いや、俺が触れたからじゃない、ご飯粒がついたからだろう。
そう思う事にする。
いつもは母が忙しく大抵はパンだけなのだが、今日は俺が好きな和食だ。
「全部栞が作ったのか?」
「うん、お兄ちゃん和食派だよね」
「いや、そうだけど……」
「これからは毎日私が作るからね!」
「そ、そうなんだ」
うちの妹の愛が重すぎる件。
「あ、遅刻しちゃうから早く食べよう」
妹はエプロンを外すと俺の前に座り箸を持ちながら手を合わせる。
俺も同じように手を合わせる。
別に何かにお祈りするわけじゃないが、我が家の唯一の教え、挨拶はしっかりしましょう。「おはよう」「おやすみ」「おかえり」「ただいま」「いただきます」「ごちそうさま」これだけはきちんとしましょう。俺と妹はとにかくそれだけはしっかりやりなさいと、それだけは両親に言われていた。
「「ごちそうさま」」
二人揃って再び手を合わせる。そして皿を水に浸け身支度を整え一緒に家を出る。
特に示し合わせたわけでは無いが、今日から一緒に登校する事にした。
ずっと同じ学校だったけど、こうやって朝一緒に登校するのは何年振りだろうか? 恐らく小学生の時以来だと思う。
俺はずっと妹に避けられていると思っていた。でもそれが違うと知り、正直嬉しかった。
隣を歩く、俺よりも頭一つ低い妹をそっと見つめる。
鼻歌混じりで嬉しそうに歩く妹の姿をこうやって改めて見ると、大きくなったなあと、父親気分になってしまう。
学校迄は徒歩で10分少々、俺達が通うのは家から一番近い高校だ。
レベルは中くらいの普通高校、普通最高、普通万歳。
とはいえ俺にとってこの学校は安全圏とは言えず、受験はそこそこ苦労した。
勿論妹は余裕で首席合格だったらしい……。
学校に近付くにつれ同じ制服を着た学生が徐々に増え始めた。
「栞~~おはよう~~」「しおりんおっは~~」妹に気付いた女子生徒がどんどん近寄って来る。
そして遂に俺はその集団から弾き出されてしまう。
妹との二人きりの登校は5分あまりで終了する。
そして俺の名前を呼ぶ者は一人もいなかった。
「あれ? 今のって栞のお兄さんだっけ?」
栞の友達に一人がそう言った。そう、ずっと学校での俺の名前は栞の兄だった。
そして高校でもまたそう呼ばれそうである。
我輩の名前は栞の兄である。
「祐~~おはよ~~一緒のクラスだねえぇ~~」
栞軍団を尻目に涙ながらに教室に入ろうとすると、ようやく自分の名前を呼ばれた。
俺は感動しながら声の主に振り向くと、俺の後ろで眠そうな目をした女子がニッコリと笑って俺を見つめていた。
「おお、麻紗美もこの学校だったんだ」
「うん、女子高も受けたんだけど~~、色々考えてここにしたんだあぁ」
豊満な胸なので一瞬ぽっちゃりかと思うが、良く見れば全体的には細く、出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる。
かなり女性的なメリハリのあるプロポーションの持ち主だ。
そして特徴なのがこのしゃべり方、人によってはイライラとするかも知れない。
中学時代彼女はとても暗かった。
周囲と全然打ち解けない、全く喋らない麻紗美。
俺は気になって彼女をずっと見ていた。
そして俺は、彼女が周囲から遠ざかっている理由がなんとなく理解出来た。
恐らく彼女はその喋り方のせいで、そのゆったりとした性格のせいで、孤立を自ら選んでいるのだろうと俺はそう思った。
そしてこうなるともう駄目だった。俺はお節介な性格なのだ。
それから俺は無理やり麻紗美に話しかけた。
しかし、初めは全然話さなかった麻紗美だったが、挨拶から始めに他愛も無い話しを毎日毎日根気よく続けた。
そうやって数ヶ月が経つと流石の麻紗美も次第に打ち解けてくれる様になった。
でも俺は麻紗美に話しかける事、麻紗美のテンポで話す事は全然苦痛では無かった、
寧ろのんびりと過ごす事が好きな俺にとって、麻紗美と過ごす時間はゆっくりと流れて行く様に感じ、とても心地がよかったのだ。
麻紗美の喋る姿に俺はとても癒された、それは今でもだ。
麻紗美はそんな癒し系美女、そして……俺を、俺個人を認識してくれている数少ない友人の一人だった。
「そうか、宜しくな!」
「うん~~よろしくぅ~~」
麻紗美は嬉しそうに俺を見て笑った。その笑顔も俺を癒してくれる。
そんな会話をゆったりとしながら俺と麻紗美は仲良く教室に入ると……。
「うっ!」
「ど、どうしたのぉ?」
突然立ち止まる俺にそう言って声をかける麻紗美、俺はキョロキョロと辺りを見回すと……教室の一角、恐らく妹軍団と思われる所から射るような視線と殺気を感じ取った。
「な、なんでも無い、大丈夫」
恐らくは栞からの視線だろう、しかし、その視線が何を意味するのか、俺はこの時あまり深く考えていなかった。
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