第4話

 山を少し登ったところで、僕は自分が考えていたことがどれだけ愚かだったかを思い知らされた。

 まず、僕達の目に入る山村は焼けただれ、灰以外は何もない。

――心の奥底から熱いものが滾る。


「……ドラゴンとやらはどこにいるんだ?」


 僕は焼き払われてしまった村を見て言った。

 旅をしていた頃はよく見た光景だ。あの頃の僕なら、真っ先に怒りの感情が湧いたことだろう。


『人間のエゴ』を知らない時の僕だったなら。


 だけど今は不思議と冷静だ。これも世界の秘密とやらを知っているからだろう。

 ともかく、これほどの惨劇を起こせるだけの種族だ。

 僕を殺せるやもしれない。


「山の中にある洞窟だとおもいます。太古の時代から、ドラゴンの住みかとして有名ですからね」


 男は見るも無残な焼け跡から目を背ける。

 ここは彼の村だ。無理もないだろう。

 だけど悪いが、僕にはどうでもいいことだ。僕が興味を持っているとしたらドラゴンの強さだけだ。

 ようやくだ。ようやく腐った世界とおさらばできるかもしれないんだ。


「クラトス……」


 ニケが不安そうな顔で僕の左腕を掴む。

 彼女も世界の秘密を知っている。だからこそ、僕が死に場所を求めていることも知っている。

 長い人生において、自分のことを理解できる人間に出会える機会はそうそうない。

 僕はそんな人物を二人も得た。

 それでも、僕の心は死を求めている。


「先に謝っておく……僕が勝てなかったら、君が倒すことになるだろう」


 元勇者である僕は、今現在の人間種としては最強だろうと自負している。

 だけど、それはあくまで人間種としてだ。ドラゴンが相手となると、もしかしたら、奇跡的に僕が死んでしまうこともあるかもしれない。いや、そうあるべきだ。

 となると、僕が弱らせたドラゴンを、僕と同等の力を持つであろうニケが倒す以外に方法がない。


「いや、一人で戦う必要ないでしょう? 二人で戦うのよ」

「……そ、それは卑怯だろっ!?」


 盲点だった……まさかそんな手段があるとは、そうか、だから彼女は僕についてきたんだ。僕を絶対に殺させないために……。

 彼女の計画には僕が必須だから……。


「いやいや、相手はドラゴンです。二対一でも卑怯なことなんてことはありません。むしろ千対一ぐらいでちょうど釣り合いが取れるぐらいですからね」


 大男が、自分の知識をひけらかす。

 もう二度と声を発せないでほしいと思ったのは、この時が初めてだろう。彼の言った言葉は誰だって知っていることだ。むろん、冒険者とか街の兵士とかの戦う職業じゃなくてもな。

 だから大前提として、こちらからドラゴンとの盟約を破ることは決してない。

 そんなことをすれば、街は一瞬にして消し炭だからな。


「そうだ! ニ対一なんて卑劣なことをすれば、きっとほかのドラゴンも怒り狂うぞ?」

「どうして、そんな思いついたかのように喋るのかわからないけど……ともかく、シャレにならないわよ。相手がドラゴンなんて。戦うだけで自殺行為ってことはわかってるんでしょ?」


 ニケが僕を睨みつける。

 一体全体、何を怒っているのかは知らない……訳でもないが、僕が一人で戦いたい理由だって知っているはずだ。

 だったらやらしてくれていいだろうに。


「とにかく、洞窟はすぐそこなんで、行きませんか? そもそも、ドラゴンがまだいるのかどうかもわからないことですし」


 男に諭されて、僕とニケは一時休戦とした。

 またも、この男に話の腰を折られたわけだが、やはり胡散臭いような気がしてならない。

 

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