第2話

「それで、僕に何の用だ?」


 一年もこの仕事を続けていればわかるが、強そうな見た目のやつが持ってくる仕事はだいたい面倒くさい。

 だけど、報酬金がかなりいい。


「実は――」

「――ここはギルドじゃない! 依頼するなら、ギルドを通しな」


 大男が話し始める前に、ヘカテーは二人を締め出した。


 放り出された二人は、唖然とする。


「……あいつの言う通り、ギルドで話すってのはないよな?」

「まあ……そうですね」


 だいたい、僕の元を訪れる人間は、大抵、ギルドから断られた人間だ。

 犯罪歴があるだとか、厄介すぎる依頼を持ってくるとか、ともかく、普通の人間が受けるには割に合わないことが多い。

 きっと、この男もそうなのだろう。

 面倒だが、いつもの場所へ連れていくとしよう。


 街の外れの、そのまた外れ。

 おおよそ人が住みつかないような崖の上、そこには僕達の家がある。

 社会に追われ、世界から疎まれてやむなく、そこに住むしかなかった二人の人間……それが僕と魔王だ。


「――あら、帰ってきたのね?」


 僕の気配を察知して、一人の女性が家から出てきた。

 背丈は小さく、まるで少女のような娘、彼女こそが、魔王その人だ。


「……は?」


 大男が固まっている。

 そりゃそうだ。魔王が勇者に挨拶なんてしていたなら、普通の人間は驚くに決まっている。

 僕は大きくため息をついて、彼女に家の中に入っているように促した。


「気にするな……」


「……いや、あれ魔王ニケさんですよね?」


 男は正気を取り戻したようで、すぐさま痛いところをついてくる。

 まあ、ここに彼を連れてきたのは僕なんだけど、段階ってものは踏んでおきたかった。


「ああ、だけど――」

「――すごい! 三大英雄全員に一日で会えるなんて……まさに奇跡だ!」


 こればかりはいつも面倒くさい。

 僕達三人、僕とニケ、そしてヘカテーは真実を知らない一般市民の間で、三大英雄なんていうイコンとして扱われているらしい。

 腐った国が考えそうなことだ。

 だから、だいたいの奴は、ここにきた時点で同じような反応をとる。

 僕達はそんなに素晴らしいものじゃない。


「ちょっと静かにしてくれないかな?」


 僕は苦笑いで、男に言った。

 男は途端に申し訳なさそうに顔を下げる。


「すんません……」


 この時ばかりは、なんとなく申し訳なく思う。


「それで……俺への用というのは?」

「はい、ギルドでも断られてしまって、勇者様なら直接依頼を聞いて頂けると紹介してもらったので……」


 ギルドの連中は、僕のことを便利屋かなにかと勘違いしているらしい。

 しかし、ギルドが僕を紹介する依頼となると、かなり難しい依頼なのだろう。この前のようなゴブリン百体狩りでなければいいけど。


「その依頼というのは?」

「申し上げにくいのですが……ドラゴン討伐です」


 僕は思わずにやりと笑う。

 世界の頂点に君臨する大いなる力、ドラゴンとはその一角を担う。すなわち、この世界においてかなり上位にある存在だ。

 人間が千人いても勝てないとまで言われている。

――ようやく、死に場所を得られそうだ。

 しかし、ドラゴン討伐など、するメリットが存在しないはずだ。

 ドラゴンは人間社会には関わらず、お互いに不干渉を原則としている。


 つまるところ、相手から手を出さない限りはお互いに手を出すことは出来ない。


「まさか、ドラゴンが攻めてきたのか?」

「はい……村の住民は逃しましたが、このザマで……」


 男は自身の服をめくりあげ、痛々しい傷跡を見せた。

 見た目からもわかるとおり、王国の兵士よりも屈強な彼が、これほどの傷を負わされる相手、かなりの手練れということだ。


「知能が高いドラゴンが人間を攻めて来るか……いよいよ、腐りきった人間社会に嫌気がさしたかな?」

「それなら、もっとはえぇはずです。革命後からは治安も良くなりましたし……ドラゴンにだって少なからず恩恵はあるでしょう」


 まあ、どうしてドラゴンが攻めて来たのかなんてどうでもいい。


「じゃあ行くか?」


 僕は地面に転がっていたボロボロの剣を拾って鞘に収めた。


「え?」


 男は意外そうな顔をして硬直している。


「どうした……行かないのか?」

「いや、契約金は? それよりも、その剣はどうするつもりで?」


 困惑しているのか、きちんと話すことができていない。

 一体なにがそんなにおかしいというのだろう。


「金の話は終わってからの方がいいだろう? 俺の実力も知らず、契約てのもおかしな話だ。ドラゴンってやつがどれだけ強いかもわからないしな……」


 万が一、ドラゴンが弱いという可能性も十分あり得る。

 ここにある中で、もっとも弱い剣だが、いい勝負になればいいけど。


 

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