勇者は死ねない

第1話

「はぁ……どうしてまだ生きてるんだろう……?」


 地面に転がる数多くの死体を足蹴にし、顔にかかった返り血を拭う。

 今回の依頼でも死ぬことは叶わなかった。

 ゴブリン百体という途方も無い数を蹴散らして、それでも僕はここに立っている。


――王国で反乱が起きてから二年。


 それは僕と魔王が出会ってから、ちょうど三年が経ったということを表している。

 腐った世界をどうにかしたい、なんて思ったことも幾度かあった。

 あんまり人に自慢できる話でもないが、極悪な人も極悪な魔物も殺しまくった。数などとうに数えるのをやめてしまうほどに多くの命を奪った。

 私服を肥やしていた王を殺したのがちょうど二年前だ。


「だけど、世界は腐ったままだ。僕はなんのために頑張ってきたのだろう?」


 人に期待されて、勇者と呼ばれて、今は生きるために魔物を殺すことを生業としている。


「――だから、あんな依頼引き受けるなって言った」

 

 仕事から帰ってくるなり、昔の仲間である魔法使いのヘカテーに説教される。彼女は現在バーのマスターをしている。

 説教なんていうのは、つらい仕事を終えて、依頼を受けたバーまで帰ってきた僕に対してすることじゃない。


「まずは労いの言葉をかけてくれてもいいと思うんだが……」

「そんな死にそうな顔してるから!」


 ヘカテーは顔を背けて、怒りのままに吐き捨てた。


「生きていくためには仕方ないだろう? 僕は死ぬことも許されないんだから……」

「はいはい、もう知らないから」


 こいつはいつも、僕に対して怒っているけど、僕の何が気にくわないのだろう。


「あー、それでなんだけど、次の依頼って来てないか?」

「そんなに、依頼ばっかり来ないって! ここは酒を嗜む場所だよ!?」


 ヘカテーがそう言い切ったタイミングで、バーのドアが勢いよく開いた。


「この街に勇者が住んでいると聞いた!」


 街でもっとも大きなバーで、異常なまでに大きな声が響き渡る。

 毛むくじゃらのヒゲを携えた大男から発せられたものだ。


「ほかの客に迷惑だ……はしゃぐなら出ていってもらうよ?」


 大男とは対照的に、小さなヘカテーが、これまた小さな声で男を牽制した。

 小さな見た目とは裏腹に、彼女から発せられる闘気は相当に大きい。

 それはもう、大男が怯んでしまうほどだ。


「うっ……! いや、これはすまない。私は勇者に会いに来ただけで、営業妨害しようってわけじゃない」


 よっぽど彼女のことが恐ろしかったのだろう、男はひたすらに小さな声で話す。

 しかし、彼女はどこ吹く風。


「……知らないね。この街には住んでない」


「あんた、もと勇者パーティなんだろ? 住んでる場所だけでいい。教えてくれないか!?」


 男は地面に手をついて土下座する。彼の額から流れ落ちる汗が冷たくなるまで、ひたすらに土下座を続けた。

 あたりの客も注目し始めて、ヘカテーにヤジを飛ばし始めた。


「男が頭を下げてるんだ! 教えてやりなよ」


「そうだ。そうだ」


「この貧乳娘!」


 次々と飛ばされるヤジにも、最初こそ我慢していた。

 しかし、胸のことを言われると同時に、カウンターを力強く叩いた。


「胸の大きさは関係ないだろう!?」


「いや、関係あるぞ。胸が小さいやつは総じて、融通が効かないという統計がある」


 勇者が会話に割り込んだ。


「せっかく黙ってやっていたのに……」


「僕も死に場所を探していてね……腐った王国で、腐らず生きていくためのね。あーあ、あとついでに金もな」


 勇者は髪をかき上げて、顔を見せた。


「あんたは……勇者!」


 大男は驚きのあまり、地べたにへたり込んだ。

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