第62話 5-12 宝石のような時間

 沖縄 常夏のリゾート 

一度は彼氏彼女と行ってみたい美しい自然と多種多様な海の生き物


 二菱静香にとってもそれは例外ではない。

優雅な海を大好きな剣也とクルージング。浜辺でバーベキューそして、夜は…

遊びに行くわけではない。それでも何かを期待せずにはいられない。

なんたって、沖縄だもの!

そして三人は優雅なクルージングで沖縄へ向かった。


「うわぉぉぉぉぉ!!」

「どりゃあああ!!!」


 失礼、訂正しよう。優雅さなど皆無の暑苦しい化物二人の人力ジンリキでだ。

剣也はオールを、王はバタ足で。

その辺に停泊していたボートを使って東京湾から沖縄へ直進している。


 最初はあほなのかこいつら? と静香は思ったが、乗ってみるとどうだろう。

空を飛ぶ勢いで進んでいく。というかほぼ飛んでいる。

静香は、遠い目でなぜか楽しそうな思い人を見ながら、なすがままボートに座っている。



 東京沖縄間 直進距離にして約1400キロ

今は時速3,400キロほどだろうか。4時間もすれば到着する。


 最初こそアホかと思ったが、案外この二人ならこれが一番早かったかもしれない。

2時間ほど進んで少し休憩入れたものの、さすがは身体能力8万倍と5000倍

ちなみに静香が合間合間で護りの剣豪を発動させている。

必死にオールを漕ぐ剣也の頭を無心でチョップしている。

攻撃を受ければいいだけなので、これでも発動するようだ。

自分では発動できないだけなので、協力者がいればどんな攻撃でも発動する。



「ふぅ。いい汗かいたぜ」


「だな」

まさかの3時間で到着。


 剣也と王は、ハイタッチしている。

やり切った顔で、満足そうだ。


 途中、王は海の上を走っていた。

バカみたいなトルクで、海を蹴って進むものだから。

水の反発力で、まるでコンクリートの地面を走るような速度になってしまった。


「お風呂に入りたい!」


「「え?」」

綺麗な海にパンツ一枚で入ろうとしている二人を静香が止める。


「あんたたちはいいわよ。適当に遊んでれば」


「私は、この潮と風でぐしゃぐしゃになった髪が気に入らないの!」


これでも髪にはとても気を使っている。

最近キューティクルが剥がれてきた。ストレスかもしれない。


 そういうと、静香はホテルを探しに行ってしまった。

大災害から一年が経過し、リゾートとしての機能も徐々に取り戻したとはいえ完全に再開しているところは少ない。


「なぁ、剣也?」


「なんだ?」


「聞こうと思ってたんだが、あの女お前の彼女か?」


「い、いや? ちがうぞ」

 剣也は冷汗を流しながら目を逸らす。

思い出すのはあの洞穴での長いキス。しかも少し大人のキス。

罪悪感と、間違いなくあれは浮気だと剣也もわかっているが、しかたない。

だってあの状況で、キスされたんだよ? そりゃ盛り上がっちゃうよね?


「ふーん、でもあの女はお前のこと好きだろ?」


「いや、あー、うん。そうだね」

 剣也は否定しようと思ったが、静香が自分のことを好きなのは理解している。

それを否定するのは、静香の気持ちを否定することになると思ったので、肯定する。


「まぁいいけどよ」


「いや、王には話すよ」 


 しばらく、浜辺で剣也と王は語り合った。

誰もいない浜辺なので、ゆっくり落ち着けた。

二人は今まであったこと、ケルベロスのことや、静香のこと、夏美のこと、妹のこと。

今まであったすべてのことをお互い話し合った。





「ホテルとれたわよ。剣也は変装しながら今日はそこで休みま…」


「なにしてるの? あんたたち」


そこには抱き合う世界最強達がいた。


「お、お前そんなの。そんなことがあっていいのかよ~」

剣也は、王が自ら妹に手をかけたことを聞いて涙していた。

どれほどの絶望だっただろう。それはどれほど辛かっただろう。


「お、お前こそ、命を懸けて護った人たちに裏切られるなんてそんなのあっていいのかよ~」

王も、剣也が夏美に殺されそうになったことを聞いて涙していた。

それはどれほど剣也の心を傷つけたのだろう。それはどれほど辛かっただろう。


二人は今まで歩んだ道をお互い話、そしてお互いに同情し合い涙していた。


 静香はしばらくその二人が泣き止むのを隣で見ていた。

剣也が今まで弱音を吐いているのをみたことはない。

こういう時間も大事だろう。


 そして三人は、ホテルへ入る。

高級ホテルだけあって、ベランダでバーベキューができるようだ。

一同は、バーベキューをしながら親睦を深める。


「おい、王! それは俺が育てた肉だぞ!」


「速いもん勝ちだ。とれるもんならとってみろ」


「思考加速!」


「おい! ギフト使うのはずるい。俺も狂戦士つかうぞ」


「やめなさい。ホテルが壊れるわ。ほら、剣也焼けたわよ。これあげる」


「うまい! うまい! うまい!」


「ははは! 似てる似てる!」


 宝石のような時間、ずっと走ってきた剣也たちにとっての束の間の休暇

こんな時間がずっと続けばいいのに。

素直に三人はそう思った。でもそういうわけにはいかない。

世界中の人間は、洗脳を受けている。今は剣也を狙うだけ。

でもいつどんな洗脳を受けるかわからない。

だからあの声の主に合わなくてはならない。戦わなくてはならない。



それでも今は。今だけは。少しだけ笑わせてほしい。

仲間たちと。

この楽しくて、優しい仲間たちと一緒に過ごしたい。


夏の夜は美しく、月夜の下で三人の笑い声がその日だけは最後まで途切れることはなかった。

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