第58話 5-8 破壊の化身と共犯者

 李がステージに上がるのを一人の軍人が舞台脇で見ている。

彼の名前は、チョウ

中国内で、ギフトや、塔に関する軍事行動のすべての最高責任者。

日本でいうところの、八雲と同じ存在。

中国全土で、発生した神の子達をいち早く確保もとい誘拐し、拷問、実験を行った首謀者でもある。


 そんな彼が作った最高傑作、それが李だ。

Bランク以上のギフトを持つ神の子達を集め殺しあいをさせた。

そしてポイントを集約し、頂点に立ったのが李だった。それはまるで蟲毒のように。


 その過程で洗脳教育は済んでいる。

まだ幼い子供、軍にかかれば簡単に操り人形とすることができる。

その苛烈さに命を落としたものも多いが。

少し壊れてしまったが、李は、命令には忠実で、実に良い兵士、いや良い兵器となった。



 そして今大会で、世界中の神の子達を殺して、李の3つあるAランクギフトを開花させる。

そのためのポイント集め。不確定要素の多いダンジョンなんかよりよっぽど効率がいい。

しかし、彼も焦っていた。

本土の研究施設が、一年前から次々と壊されて、多くの関係者が殺されている。

原因は、超常の力を発芽させた少年。

ここで李を最強にして、その少年を討伐させる。そういった思惑もチョウは持っていた。



 あの日本のサムライ、彼の殺害をもって作戦を発動させる。

待機させているBランク以上のギフトを持つ我が国の兵器たちを突撃させ蹂躙。

そしてすべてを手に入れる。我が国が世界の覇権を握るときがきた。

現代兵器の利かない最強の兵士たち。これほどの軍事力はないだろう。


「さぁ! いけ! 李!」

そして李がステージに上がった。


チョウは電話をかける。

待機している兵士たちへ。


「そろそろだ。準備はいいか?」


「はい、いつでもいけ…、おい、なんだ? なんだそいつは!! 攻撃! 攻撃しろ!! うわぁぁ!!」


「おい? おい! 何があった!」


ツーツーツー


そして会場から目を離したすきに、李が地面にたたきつけられていた。

混乱するチョウ。一体何が起きているんだ…


「おーっと、御剣選手、一撃で、李選手を地面にたたきつけた!! なんて強さだ」

実況が熱くなる。あまりの剣也の強さに、これは李は立ち上がれないと。



一瞬気絶していた李は、必死に思考を手繰り寄せる。

うつろな思考で李は理解した。殴られたのだと。

自分はこの日本人に殴られ、叩きつけられたのだと。


「ち、調子に乗るな!!」


血を吐きながらも李は立ち上がる。


「お前を殺したいが、法によって裁いてもらう」


そして、剣也へナイフを向け突き刺そうと走り出す。


「だまれ! 私がルールだ! 私が勝者だ!」


「それでも、犠牲になった人達へのせめてもの僕からの鎮魂歌だ、いい声で鳴けよ」


「え?」

直後李の両腕が血しぶきを上げながら空中を舞う。


「ぎゃあああぁぁぁっ、う、腕が!!」

剣也は、一刀のもと李の両手を切断した。もうこいつの手にかかる人が現れないように。

李は声にならない悲鳴を上げてうずくまる。


「た、助けてくれ! そうだ。一緒に世界を支配しよう。君と私なら可能だ。な? 悪い話じゃないだろ? そうすれば女もやりたい放題だぞ?」


どこまで俺をイラつかせれば気が済むんだこいつは。


「李!」

直後軍人が走ってくる。

心配だからではない、信じられないからだ。

李が敗北する? 我が国最強の兵士だぞ? それに、待機させていた兵からの連絡もない。


「ち、張さん! た、たすけ…」


「御剣殿! 上だ!!」

トーマスの声が聞こえる。上?


ドンッ!


 いきなりそれは現れた。

李の頭をトマトのように踏みつぶし、まるで何もなかったかのように、立ち上がる。

破壊の殺意をまき散らい、獣のような雄たけびを上げながら彼は現れた。


 破壊の化身、すべてを滅ぼさんとするその存在は、見た目はただの少年だった。

服はぼろぼろ、黒い髪に、理性を宿していない瞳。背丈は剣也と同程度

しかし、その体に一切の傷はなく、その瞳には、憎しみと悲しみを映していた。


「ら、乱入者が李選手をふ、踏みつぶしたー!! 一体何が起こっているんだ!!」


「彼は一体。出場選手の中にはいませんでしたが」

会場は混乱する。突然の乱入者に。突然の殺人に。


剣也も同様する。

なんだ、彼は。

なんだ、あのプレッシャーは? 感じるのは、ゴブリンキング。

いや、そんなレベルじゃない。彼は一体なんだんだ。


「ぐっ!」

そのぼろぼろの少年を見ていると、突如剣也に頭痛が走る。

なんだ? なんだこの記憶は?

経験したはずのない記憶。まるで前世のような。


自分がたくさんの人間を殺した記憶。ぼろぼろになりながらも前に進んだ記憶

やめろ、やめろ!!、それ以上殺すな!

走馬灯のように、一瞬で駆け巡った記憶は終わる。

なんだったんだ。今のは。

剣也は自分が泣いていることに気づかない。


いや、それより今は、あの少年を。


「やっと、み…つけ…た」

直後その少年が視界から消える。現れるのは張の目の前。

拳を振り上げ、張を殺そうとする。


直後剣と拳がぶつかり合う音があたりに響く。

衝撃は風圧となって、あたりを吹き飛ばす。

殴るのは、少年、剣で受け止めたのも少年


「よくわからないが、止めさせてもらうよ」


「じゃ…まを…する…なら、お前も…敵だ!!」


最強のサムライと、破壊の化身の戦いが始まる。


 何だ? 腕が痺れている?

受けきれなかったのか。なんて力だ。

動きはでたらめ、ただ力任せにふるっているだけ。

なのに風圧だけで、人が飛ぶ。コンクリートのステージがはじけ飛ぶ。


剣也の開花したギフトは、護りの剣豪+と剣聖+


 護りの剣豪は、攻撃を受ける際武器へのダメージがなくなる。

つまり折れない、傷つかない。

そして10倍だった倍率が100倍になるというシンプルな強化だった。


 そして剣聖、常時3倍が30倍、剣を持つとき5倍が50倍となった。

追加で得たのは、魔神剣と同じ能力、居合切りの構えからその一刀のみ10倍の威力。


 これが剣也が開花したギフト。

推測だが開花すれば能力が一つ追加され、身体能力上昇系は10倍になるのだろう。

静香を一刀のもと切り伏せたのもこのすべての合わせ技。


 正直、この力の前ではすでに敵は存在しないと思っていた。

明らかにインフレしている。圧倒的な力だと。

しかし、どうだ。この人は。膂力だけで押されている。一体どれほどの力が。



「ひ、ひぃ。た、助けてくれ!!」

張は、腰が抜けながら必死に足を動かす。


張の周りを、視認できない速度で動き回る二人は、いたるところで爆発音を鳴らしている。

剣也は、膂力で負けているのを、技術と思考加速で補っている。


「わ、私たちはなにをみているのでしょう」

 実況が、実況をできなくなっていた。

見えないからだ。正確には、一瞬だけ見えるが、目で追えない。

ぶつかり合っていることしかわからない。


「まるで、某野菜ヤサイ人のごとき戦闘です。もはや知覚することすら叶わない」


「先ほどまでの戦いがお遊戯にすら見えるこの戦いは、一体」


「わかりません。わかりませんが、一つだけわかることは、まさしく今。世界最強が決まろうとしているということでしょう。勝った方が最強。誰も文句は言えないでしょう」

      

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

 殺す! そいつだけは! じゃなければ妹に顔向けできない。

仇はとったと。兄ちゃんが仇をとってやったぞと!

だから安心して眠っていいぞと。


 少年の心の叫びが切り結ぶたびに、剣也に聞こえる。

泣いているのか? この人は。


 そして、剣也の目にも涙が浮かぶ。

初めて会ったはずなのに、なぜか彼の感情が手に取るようにわかる。

何が彼をこうしたのか、なぜ彼はこうなってしまったのか。

剣也には胸が裂けるようなほど、痛いほどにわかってしまう。


 それでも剣也は、彼を止める。

彼の涙を止めるために。助けたい。この人を。

理由はわからないが、救いたい。彼の絶望を。


 二人は、何度も切り結ぶ。

李の現在の身体能力は、約8万倍

それは8万人もの人間を殺してきたことを意味する。


 神のごときその力は、ふるうだけで瓦礫が吹き飛ぶ。

観客席に瓦礫が吹き飛ぶ。

まずい! 剣也が振り向く。弾き損ねた。

しかし、そこには静香が立つ。飛んできた瓦礫を静香が弾く。

そして周りには同様に神の子達が観客を守る。


「みなさん! 伏せて動かないように。下手に動くと守り切れない!」


 ありがとう静香。これで戦いやすくなる。

剣也は心で静香に感謝を述べながら少年に再度相対する。


 頑張って、剣也。

あなたが勝てないならその化け物を倒せる人は誰もいないわ。

静香はわかっている。自分では、倒せない。

あまりに技術が介入する隙間もないその圧倒的暴力に。その破壊の化身のような存在に。

でもきっと彼ならば…


「じゃ…まを…するなーー!!!」

理性を失ってなお、少年は、ただ力任せに剣也を殴る。

何度やってもこの存在は壊れない。

なんでこいつは壊れない。

なんでまっすぐ俺を見る。

なんでお前もを流す。


 お前にわかるのか。俺の悲しみが。俺の絶望が!!

そいつは殺すんだ。そいつが元凶なんだ!

じゃないと妹は、じゃないと静は、俺を許してくれないんだぁぁぁ!!!


「そこをどけーーー!!!!!」


「どけないよ」

剣也が拳を弾く。


「わからない。わからないけどわかるんだ。君の気持ちが」

剣也はまた弾く。


「それでも君には殺させない。ここで止めなきゃ君は多分戻ってこれないから」


剣也は構える。魔神の剣を。


「この一刀だけは手加減ができないんだ。殺してしまう可能性もある。でもきっと君なら耐えられる。やり残したことがある君なら命を繋ぎ止められる、そして…」


そして、落ち着いたら友達になろう。

俺は、俺だけはたとえ世界が敵になっても君の味方であると誓おう。


 直後放たれる、神の名を冠する一閃

空間は裂かれ、音すら置き去りにするその一閃は、破壊の化身をガードの上から弾き飛ばす。

少年は、そのまま壁に激突して止まる。威力にして100×50×10の一撃


そのまま少年は、ふらふらと、よろめきながら静かにつぶやく。


「ごめん、静」


そして、力なく地面に倒れこんだ。


『設定した目的達成は困難なため狂戦士を停止します』


「し、勝者は、御剣剣也!! あの破壊の化身を下し、倒したのは日本のサムライ、御剣剣也だ!!」


「「うぉぉぉぉぉ!」」

うずくまっていた観客たちの歓声で会場が湧く。

世界最強の誕生に。破壊の化身の恐怖から解放された事実と安堵に。



 剣也は少年に駆け寄ろうとするが、膝をつく。

体のいたるところが悲鳴を上げている。

折れてはいないだろうが、ヒビぐらいは入っているかもしれない。


それでもゆっくりと体に鞭打って少年に近づき、脈を図る。

良かった。生きてる。


少年は、倒れたままゆっくりと目を開ける。

「負けたんだな、俺は」


「俺が君のギフトは止めた。大丈夫、俺は君の味方だ」

少年は、剣也を見る。


「そ、そいつを殺せ!!」

張が震える足で近づき、銃を構える。


「それと」

剣也が、張の首を切り落とす。


「これで俺たちは共犯者だ。友達になろう」

殺人を全く気にも留めないように、笑って少年を見る。


「はは! なんだよ、お前。そいつを守ってたんじゃねーのかよ」

その行為に少年は高らかに笑う。

死ぬほど殺したかった相手があっさりと死んだ事実に。


「こいつはクズなんだろう? 死んだほうがいい。俺は君を止めたかっただけだよ」


「なんで、初めて会った俺にそこまでするんだ?」


「わからない。それでも重なったんだよ。俺が歩いてきた道に君が」


「はは、よくわからねぇことを」


「俺は、御剣剣也だ。君の名前は?」


「…ワンだ。王偉ワンウェイさすがにちょっと疲れたな。ここまでずっと走ってきたんだ。長かった。本当に…。少し休む」


「あぁ」

そして王は意識を失いその場で寝てしまった。



直後システム音声ではない、声が脳に響く。

その声は、初めて聴いたはずなのに、なのに剣也の全身が警報を鳴らす。


『狂戦士が他のものに、渡った時はどうなるかと思いましたが。結局は、やはりあなたが最強に至るですか、御剣剣也』


俺はこの声を知っている。

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