第45話 4-7 略奪愛

「あーーしずしず、おはー」

肩に鞄をひっかけてあくびをしながら美鈴が教室に入ってきた。


「ええ、おはよう…」

静香は感情なく答える。


「どったの?なんか元気な…」

「しずしず! どうしたのその目? 真っ赤だよ!」

美鈴は、泣きはらしたような静香を見て驚愕する。


「え? あぁなんでもないわ。気にしないで」

静香は、すぐに手で目をこすりながらなんでもないと取り繕う。


「おはよう。静香、美鈴」

直後剣也も登校してくる。


剣也を見た静香はすぐに顔をそらし、うつむく。

「あ、お、おはよう」


美鈴は、剣也を見るだけで笑顔になっていた静香の異変に気付く。

昨日からの付き合いだが、正直わかりやす過ぎるこのお嬢様の性格を美鈴は好ましく思っていた。


「おーい、座れー。出席をとるぞー」

たった6人の生徒に出席をとる必要もあるのかと思うが、小御門は、出席をとる。


「せんせーい! しずしずの体調が悪いんで。保健室連れて行っていいですか?」


「ん? かまわんぞ。大丈夫か。しっかり休め」


そして美鈴は、半ば強引に静香を連れ出す。


「ちょ、ちょっと私体調なんて…」


「悪いでしょ。そんな目して! 何があったか知らないけど。私たちもう友達なんだから相談して」

美鈴は姉御肌だった。この傲慢だけど、正直で、からかい甲斐のあるお嬢様をほっとけない。

まだたった一日の付き合いだけど、美鈴にとっては友達になるには十分なほど彼女を気に入っている。


そして二人は、保健室につく。

保険の先生は、常駐ではないため呼びに行かなくては、来ないので二人きりだ。



「話してみ? 多分だけど剣也のことよね? なんかされた?」

美鈴が、静香の肩を支えながら落ち着いて聞く。


「な、なんでもないのよ。なんでも。彼はなにもしていないの。ただ彼には彼女がいた。それだけなの」


「はぁ!? まじ? あいつ二股かけてたの? サイテイー!!」

美鈴は、怒りをあらわにし、ちょっといいなと思っていた剣也に失望する。



「ち、ちがうの! 彼は本当に何も悪くなくって。私が一方的に彼を!…彼を好きになっただけで…」


「そっか」

美鈴は静香を抱きしめる。正直あの優しすぎる英雄様が二股するなんて想像できなかったので、何か思い違いでもあったのだろう。


「それは、つらかったね」

美鈴は静香を抱きしめながら頭をなでる。

静香も張りつめていた想いが、再度決壊して無様に泣いてしまった。


しばらく、時間にして10分ほどたっただろうか

静香の気持ちもようやく落ち着いてきたころ、美鈴は提案をする。

「じゃあ、しずしず奪っちゃおうか」


「え?」

ある程度泣いて落ち着いた静香は、いきなりの美鈴の提案に疑問を浮かべる。


「略奪よ、奪ってやるのよ。剣也を」

真剣な目で美鈴はとんでもないことをいいだした。


「だ、だめよ。そんなの。いけないわ」


「何言ってんのよ! 高校から結婚して最後まで添い遂げる人が何人いると思ってんの? ほぼ0よ。 チャンスはまだまだあるわ!」

静香は同じ高校生なのに、経験豊富そうな美鈴のアドバイスに少し明るくなりかけるが、やはり自分の心が許せない。


「だめよ。略奪なんて。よくないことよ」


「後悔してもいいの? ううん。もうしているから泣いたんじゃないの」


「うっ」

 図星を突かれて静香を声が漏れる。

もし自分がもっと積極的に動けば。

もっと素直になっていれば、もしかしたら剣也の心は変わっていたのかな。

そんな想像を何度もしては泣きを昨日の夜は繰り返していた。


「頑張ろう。しずしず! 剣也が好きなんでしょ? 後悔しないように。それにしずしず超美人だし、超お金持ちだし。案外押せ押せで行けばコロッといくかもよ。剣也スケベだし」

胸を押し付けただけでドキドキしていた剣也を美鈴は思い出す。

所詮思春期の男。性欲には抗えまい。


「うん。好き。剣也が好き。 私頑張ってもいいの?」

まだあきらめなくてもいい。この気持ちを殺さなくていい。

そう思ったら少しだけ心が軽くなり、目元も腫れたが、心も晴れる。


「あったりまえじゃん! 結婚前なら略奪は法律でもOKよ!」

正確には別にOKされているわけではないが、NGなわけでもないのであながち間違いではないその理論に静香は笑う。


心機一転、ここからが勝負

静香は決意した。もう後悔しないと。



一限目が終わり、静香と美鈴が教室に戻る。

その顔は前を向き、もう下を向かない。


「おお、もどったか。体調は戻ったか?」


一限目は国語だったようで、担当の小御門が部屋をでるところだった。


「はい! もう戻りました。ご心配おかけしました」

そのまっすぐな目を見た小御門は、何かを決意したのだなと感じ取ったが何も言わない。


「ならいい。迷えよ若人。迷った分だけたくさん歩けるのだから」

小御門は、遠回しにエールを送ってその場を後にした。


「おお、戻ったんかいな。なんや? 女の日か?」


「あんたデリカシーなさすぎ」

美鈴が彪雅にカツを入れる。


「ふふ、ある意味そうかもね」

静香が笑って答える。今日私は恋することを決めた。

女として。この日を覚えておこう。戦うと決めたのだから。


そして、通常の授業が行われた。授業は数学や、物理など基本的なものを行う。

この学園が設立される条件の一つとして、最低限度の勉強はさせることが条件だったからだ。


そして午前が終わり、午後へ。


「そういえば、佐藤は?」

美鈴が、朝からいない佐藤のことを気にする。


「知らん。なんか朝からおらへんねんて、体調不良ちゃうか? まさか思うけどな」

「あぁ、さすがにそこまで馬鹿じゃないはずだ」


何やら彪雅と武は知っているような雰囲気だが、さすがにそれはという話をしている。

そして午後は初めての戦闘訓練が行われることとなった。


特進クラスは特進クラス専用のグラウンドがあり、そこで訓練することになっている。


「よぉ! 坊主! 学生生活は順調か?」

そこには、筋肉質のナイスミドル 神宮寺守少佐が立っていた。


「神宮寺さん! 戦闘訓練って神宮寺さんがしてくれるんですか?」


「いや俺は監督なだけだ、お前は別だがな。俺の担当はまだ体ができてないやつらだ。お前はこの半年みっちり鍛えたから、もう十分だろう」


気心しれた相手かと思って期待したが、俺は別なのか。


「あんたの相手は私だよ、がきんちょ」


「え?」

なにか聞いたことのある婆さんの声が聞こえた。

小さい頃会うたんびに泣かされた思い出のある妖怪ババアの声が。


「よ、妖怪ばばあ!!」


「誰が妖怪だぁ! 姫野さんとお呼び!」

そこには、夢野夏美の祖母。 柳生 姫野が立っていた。

齢70を超えるが、背筋は伸びグラサンをかけまるで某国民的海賊アニメのトナカイの師匠を思わせるその風貌はまさしく妖怪ババア 俺が小さいころからずっと変わらないぞこの人。


「俺の戦闘訓練の相手って、妖怪…、姫野さんなんですか?」


「あぁ、国の偉いさんに頼まれてね。英雄様に剣の稽古つけてやってくれってね。それがまさかうちの孫娘の周りをちろちろしてた、がきんちょだとは夢にも思わなかったよ」


夏美の祖母は、達人だ。

なんの達人かは知らないが、昔から遊びに行くたんびに稽古だとかぬかしながら泣かされた思い出がある。

それがまさか剣の達人とは。柳生ってもしかしたあの将軍家指南役のあの柳生なのか?


「じゃあ、坊主は姫野さんにお願いするとして、他は…」


「あぁ、私の弟子を何人か連れてきてるからね。そいつらに任せるよ」

そう言うとぞろぞろと、今何時代だ? と思わせる坊主の修行僧みたいな人達が現れた。

白い胴着に、手には木刀を持つ。


「そいつらも、そこそこはやるからね。剣術としては良い訓練になるだろう。お前たち頼んだよ!」


「「ウッス!!」」


「じゃあまずはあんたの力量みせてもらおうかね、模擬線だよ。あんたたちも見ていきな。剣術ってやつを」


「模擬線? さすがに俺が勝ってしまいますよ?」


「ははっ! あのはなたれ坊主が言うようになったじゃないか。大層な力を手に入れたらしいが、まあいっちょもんでやるかね」


そして、成長したはなたれ坊主と、妖怪ババアの模擬戦が始まった。


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