第17話 2-11 急転直下
作戦決行の1日前
希望ヶ丘高校の避難所に一騎のヘリが到着した。
高校のグラウンドに、ヘリコプターという異質がとても違和感を感じさせる。
その中には、八雲大臣と神宮寺少佐
そして静香とさらにもう一人男?が乗っていた。
突然の有名人の登場に、避難所は騒然とした。
剣也は、何かあったのかとグラウンドに向かう。
「八雲大臣おはようございます。
どうしました?作戦決行は明日ではありませんか?」
ヘリコプターの前で待つ大臣に剣也は話しかける。
予定が早まったのかな?そんな普通の想像しかできないのは、仕方のないことだろう。
「あぁ、それがね。
少し、いや、とても大変なことになった。
とりあえず乗り給え。移動しながら話そう。
と、その前に君のご両親に挨拶だけさせてくれないか?」
「え?うちの両親ですか?
いいですよ、そんなの大丈夫です。」
大袈裟に手を振り断ったが、
「いや、そういうわけにはいかない。
行かなくなった。だから案内してくれないか?」
「わかりました。」
真剣な表情の、大臣に押されて俺はすぐ近くの避難キャンプへ案内した。
「父さん、母さんちょっといい?」
剣也がキャンプの外から聞くと中から返答があった。
「あぁいいよ。
仕事が休みだから、父さんは朝から筋トレしかやることがないからな。」
剣也はドアを開きながら八雲大臣を招き入れる。
部屋では母さんを背中に乗せてパンツ一枚で腕立て伏せをしている父親がいた。
部屋を間違えたようだ。こんな変態は俺の親じゃない。
「失礼します。
剣也くんのお父さん、お母さん
私は防衛大臣の佐藤 八雲というものです。
災害時の突然のご訪問誠に申し訳ありません。」
そうして八雲さんは頭を下げる。動揺していない。なんて胆力だ。
頭を下げる防衛大臣と
パンツ一枚で嫁を乗せながら腕立て伏せをする親
の間で今すぐ消えたい俺
なんだこの地獄絵図は。
「父さん!早く服着て真面目に話があるから!」
流石の父親もこれはダメだと思ったのかすぐに服を着て床に正座した。
「お見苦しいところをお見せしてどうもすみません。
どうぞ何もないところですが、お座りください。」
「ありがとうございます。
本日こちらに伺わせていただいた理由から話させていただいてもよろしいでしょうか。」
「ええ、お願いします。」
そうして八雲さんは、魔獣のこと、神の子学園のこと
そして俺が魔獣と戦うこと。
全て正直に話した。
本当に全てを話したわけではないが、
細かいステータスのことなどは話さなくても十分内容は伝わったはずだ。
「なるほど、今世界で起きている異変についてはあなたの会見で見ました。
まさか息子が巻き込まれることになるとは思っても見ませんでしたが。」
「誠に申し訳ありません。
まだ子供である剣也くんにとても大きな責任を持たせようとしていること、
国の防衛を預かる身として恥ずかしいばかりです。
どうかお許しください。」
「父さん!俺大丈夫だから!俺戦えるから!」
「お前は少し黙っていなさい。」
いつもふざけている父親からの叱責に、面くらってしまい剣也は黙る。
「八雲さん、それはこの子にしかできないことなんですか。
まだ高校生ですよ。国を救うなんてこと。」
「私は彼こそが、この国を救う人材だと信じております。
彼だけが、彼こそがこの国の窮地に選ばれたいや、自らの力で勝ち取った特別な存在だと確信しております。」
八雲さんなりのケジメなのだろう。
正座したまま、許しを乞うように手を床について謝罪した。
「剣也君を、利用する形になってしまい本当に申し訳ありません。
しかしわたしにもこの国を救うという使命があります。
そのために剣也君の存在は絶対です。
正直なところどんな手を使っても必ず協力してもらうつもりです。」
八雲さんはしっかりと両親の目を見据えて答えた。
「ですが、それでもご両親には誠意ある対応を。
全て正直に話して恨まれる、叱責される。
そんなことしか今のわたしにはできません。本当に申し訳ない。」
八雲大臣は再度手をついて心から謝罪した。
「八雲さん、やめてください。
俺大丈夫ですから、父さんもいいよね。俺頑張るから。」
そして父さんは静かに口を開いた。
「八雲さん、顔をあげてください。
もうこいつも大人です。先程は子供と言いましたが、それは親のエゴでしょう。
いつまで経っても子供には子供でいてほしい。
もっといえば、いつまで経ってもこの子はわたしの子供です。
それこそ目に入れても痛くないと思えるほどこの子に愛を注いできたつもりです。
心配じゃないと言えば嘘になります。
でも」
そうして父さんは、俺を見た。
「頑張るんだよな?剣也」
真剣な目で真っ直ぐと俺をみる父さんに俺は
「うん、頑張るよ。俺。なにができるか分からないけど、こんな俺だけど、俺にできることがあるなら! 俺にしかできないことがあるなら俺はやりたい!」
俺も真っ直ぐ素直に答えた。
「わかった。頑張ってきなさい。八雲さん、息子を頼みます。」
そう言って父さんと母さんも頭を下げた。
その姿をみて自然と感情が震え溢れた。
両親とは仲はいい方だ。むしろ普通の家庭より友達のような感覚で接してきている。
それが普通かどうかなど分からないが、友人達からは仲の良い家族と思われているだろう。
そんな父がこれほど真剣な表情をみせることは初めてだった。
子供の意思を尊重し、信じてくれる両親を誇りに思う。
「ありがとう、父さん母さん。」
言葉は自然と溢れていた。
「いいご両親だな。」
八雲さんは、俺に笑顔でそう言った。
「はい、自慢の両親です。」
「大事なこととはいえ、申し訳ありませんが、ここからは急がせていただきます。」
「じゃあね、父さん母さん!
夏美によろしく!」
「あぁがんばれ! 応援してるぞ!」
そうして俺はヘリに向かった。
「遅かったじゃない。何してたのよ。」
静香と目があった。
静香は驚いた顔で俺をみる。
あぁ、少し目が赤いからかな。
それでも俺は送り出してくれた両親の気持ちに応えたい。
真っ直ぐに赤い目で前を向く。
決心めいたものを感じた静香はそれ以上何も言わない。
この年の男の人の涙って初めてみた。
何故か心が締め付けられるような思いを感じたがすぐに切り替える。
静香は今起きていることを知っているのだから。
席に座ろうとすると、聴きなれない野太い声が聞こえる。
「あらー!始めまして♥
可愛いメンズじゃない。」
オカマだ。ゴリゴリのオカマが座っている。
「私は
よろしくね♥」
黒光りしている筋骨隆々の体に、バッチリメイク、そしてなぜか坊主
オカマとは、こうあるべきというような。オカマを具現化した存在がそこにはいた。
「誰ですか?あなた。専属スタイリスト?」
剣也は動揺しながらも疑問をひねり出す。
「彼は、いや彼女は君のこれからの活動のための専属スタイリストだ。
その道では、有名人だよ。」
八雲が代わりに答える。
「スタイリスト?なんですかそれ。」
「うふ♥ つまりはこういうことよ。」
そういって筋肉だるまは、俺を抱きかかえて目の前に座らせ、何かをかぶせる。
これは?散髪のときの髪が服につかなくするやつ?名前は知らないけど。
「あーなた、素材は良いのに手入れがなってなさすぎるわ。
私が変身させて あ・げ・る♥」
するとオカマは、ハサミを取り出す。
何が起きているのかわからない。なんで俺は髪を切られようとしているんだ?
「見た目は重要だよ。剣也君。
君が今からなるのは、英雄という名のインフルエンサーなのだから」
神宮寺、静香、八雲、剣也、そしてオカマを乗せたヘリは長野に向けて飛び立った。
剣也の髪を切りながら。
「それで八雲さん何が起きたんですか?」
髪を切られながら剣也は、八雲に質問を投げる。
「あぁ、結論を先に言おう。
Cランク魔獣だった、ボブゴブリンが変異した。
いや、進化と言った方がいいだろう。
原因はわからないが、風貌が変わり明らかに前よりも強く見える。
そして、クエストを受注していたナンバーズの少年は、クエスト失敗となっていた。
これは予測だが、クエストには時間制限があり、一定時間を過ぎると、難易度が上がる。
初めての事例なので確証はないのだがね。」
「なるほど、それが緊急事態ということですか。」
「いや、それだけならいいのだが、問題は二つある。
一つは、田舎で被害がなかったため放置していたゴブリンだったが、
どういうわけか1番近い街の避難所へ真っ直ぐ向かっている。
このままだと明日には到着してしまうだろう。
早急に対処する必要がある。
そしてもう一つの懸念は、
再度進化してしまわないかという点だ。
仮に時間経過で進化してしまった場合脅威は跳ね上がる。
どちらにせよ、早期に対処する必要がある。」
なるほど。
八雲さんが焦る理由もわかる。
まさかそんな現象が起きるなんて予想できるわけもない。
予定とはいつもうまくいかないものだな。
そう思っていると、八雲に連絡が入った。
「どうした。緊急か?」
「はい! 監視対象の長野のゴブリンですが、
ゆっくりと南下していたところを先ほどいきなりは、走りだしました!!
推定速度は40キロを維持! このままでは、あと1時間後には、街に到達します!」
「なんだと?
何故いきなり走り出した?」
「わ、わかりません。
いきなり、なにかを見つけたようにいきなりです。」
何かを見つけた?
もしかして、人なのか?
魔獣達は人間を感知し、発見すると襲うようにできているのか。
それならば危険だ。まっすぐ最寄りの避難所に向かうことになる。
正直わからない、わからないが大体最悪の事態を想定した場合は、
それが起きることを八雲はしている。
「報告ご苦労。至急、長野の避難所に緊急避難命令をだせ、間に合わんかもしれんが、できるだけ多くの人を避難させろ」
「了解しました。」
そして電話が切れた。
「どうしたんですか?」
「悪い知らせだ。
進化したゴブリンが高速で移動を始めた。
このままでは、私たちが到着するよりも少し早く、街に到達しそうだ。」
「そんな、それじゃあ被害が出る可能性も?」
「あぁ、あるだろう。」
八雲は、祈るようにそう答える。
「神宮寺 すまんが急いでくれるか。」
「ええ、聞いてましたよ。
了解です。とはいえ、ギリギリですね。」
そう言って運転席にすわる神宮寺は、速度をあげた。
散髪を終えた剣也は、黒い制服を八雲に手渡される。
「これは神の子学園の制服になるものが。
とても頑丈で、軍服並みだ。
これに着替えてくれるか。」
言われるがままに剣也は着替えた。
「見違えたじゃないか。これならばビジュアル的にも問題ないな。」
「剣也きゅんかっこいい。きゅんきゅうしちゃう。」
ぴったりだ。この服
すごく動きやすい。これなら戦いやすそうだ。
剣也は、進行方向を向く。
5人を乗せたヘリが真っ直ぐゴブリンへ向かう。
天気が悪い。太陽を隠すように分厚い雲が前方に広がっている。
今にも雨が降りそうだ。
長野 とある避難所
「ねぇ、ママーいつになったらお家に帰れるの?」
「ごめんねー、まだ当分はここで過ごさないとダメなの。」
「えーここ狭いし、暗いからいやー、おうち帰りたいよー」
まだ若い母と。まだ小さい女の子が
避難所で身を寄せ合う。
この災害で、避難してきた親子だ。
父親はいない。数年前に病気で亡くし、今は母子家庭だ。
母親には、この小さな娘しか家族はいない。
娘には、この優しい母しか家族はいない。
古い建屋に住む家族は、今回の災害で倒壊し、帰る場所を失った。
倒壊した家に居なかったのは、不幸中の幸いだろう。
ここには同じような家族がたくさん居た。
都会ほど建築が新しくない田舎町では、今回の災害に耐え切れる家は少なかった。
この避難所は、街に一つしかない小学校の体育館を開放して作られた。
体育館のため雨風は防げるが、
仕切りで各家族を分けているだけですみ良いとは、お世辞にも言えない環境だった。
それでも母は、あの災害で無事だった我が子を見て、
良かったと心から思っていた。
まだ小さい愛する娘。
この子が倒壊した家で留守番していたらと思うととても想像できない。
娘をぎゅっと抱きしめる。娘も嬉しそうに母に寄り添う。
そこで、配給が始まったため、
娘と一緒にグラウンドに移動しようと思って立ち上がったときだった。
「皆さん! 落ち着いて聞いてください。
いま防衛省から通達がありました。
この避難所にまっすぐ魔獣が向かっているとの連絡がありました。
至急この避難所を放棄して移動する様に!
至急です! 猶予は1時間とありません。
急いでください!
繰り返します、至急移動してください!」
拡声器で警告が響き渡る。
伝えた人間も恐怖からか冷静さを書いていた。
自分もすぐに逃げ出したいのに、この事実をこの町に伝えて回っているのだろう。
焦りは、声に乗って、伝播した。
もう少し落ち着いて話せたら良かったのだろうが、一般人にそれは酷だろう。
むしろ連絡に回っている勇気をほめるべきだった。
しかし恐怖は感染する。
ただでさえ不安な状態の避難所にいる人々をその声は簡単に恐慌状態にした。
それは仕方なかったことだろう。
母も恐怖で一瞬我が子から目を離してしまったのは。
周りが騒然として一瞬で人混みになり、
愛する娘を見失ってしまった母を責めることは誰にもできない。
それでも母は、自分を責めるしかなかった。
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