第5話 1-4 心の鉢と、始まりのタネ
システム音声
「リトライされました。
再度発芽処理から開始します。
発芽処理
ポイントは0のためポイントによる発芽はできません。
続いて心の鉢 による発芽を試みます。
心の鉢が発芽に必要な大きさまで拡大しています。
大きさはAランクまで上昇しています。
Aランクスキルの中で、現状求められる適切なギフトを選択します。
スキル 思考加速が選択されました。
思考加速は、
視覚などの情報を脳が処理する際の処理時間を、最高1000倍まで短縮するスキルです。
思考速度が上昇するのみで、身体能力に変更はありません。
リトライ処理を終了します。」
剣也の意識は覚醒した。
直後流れるシステム音声 何度も聞いたはず内容が、今回だけは違っていた。
なんだ?思考加速?ギフト?
心の鉢といっていた。心が関係しているのだろうか。
今はわからない。
わかるのは、このギフトの使い方のみ
夏美を逃すため、あいつを倒すためなら使えるものは利用させてもらう。
「剣也、剣也?」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
俺はすかさずギフトを使用した。
初めてのはずなのに、体が、頭が使い方を知っている。
思考加速1000倍!!
そして時は止まった。
すごい、世界が止まったみたいだ。
実際には1000分の一で進んでるのだろう。
だが、俺からしたら止まっているのと変わらない。
体は、動かせないな。正確には、動くが、ゆっくりだ。
夏美をみる。今度こそ救って見せるから。
1秒が1000秒つまり、15分ほどだ。
あの獣が現れるまでたしか、5,6秒は猶予があったはずだ。
ならば最高でも75分もの間思考ができる。
あの獣を倒す方法を。
この力を使えるならば夏美を逃すだけじゃなくあいつを倒すことだってできるかもしれない。
あの獣は速い。
おそらく人の足で逃げ切ることは不可能だろう。
ならばどうするか、追いつけないところに逃げればいいんだ。
冷静に考えれば、逃げる隠れるだけならいい場所がある。
ここは壊れたとはいえ、コンクリートに囲まれた校舎だ。
例えばトイレなら、コンクリートに囲まれてあの獣もすぐには追ってこれないだろう。
落ち着いて考えればいくらでも夏美の安全を確保できそうな場所はあるな。
よし、1番近いのは、あのトイレだな。
あそこならば狭い扉にコンクリートに囲まれてあの獣といえどすぐには壊せないだろう。
次にあいつを倒す算段だが、全く思いつかない。
どうすれば倒せるのか。
熊なんかよりもはるかに大きい
アフリカ像のような大きさで、狼よりも動きが速い。
手元に武器になるようなものは何もない。
そもそもナイフレベルのものがアレに効くのか?
狩猟用の銃や大型の獣を狩る専門家が必要に思える。
剣也は考えを巡らせる。
この学校にあるものであいつを殺せる可能性があるもの。
化学薬品、アーチェリー部の弓、テニスラケット、
どれもあの獣を倒すのには難しい。学校にそもそも武器なんてあるわけがない。
せめて武器と呼ばれるものが有れば。
あ!
あるじゃないか、ひとつだけ
あれは入学後、校舎を見学する時間が設けられたとき、校長室で見かけた。
大きな兜と、日本刀がセットで飾られていて、流石に偽物だろうと思って聞いてみたら
どうも校長の趣味らしくちゃんと許可証も持っているらしい。
とはいえ、それを学校の部屋に飾るのは犯罪じゃないか?とも思ったのだが法律的には何ら問題はないらしい。
ここから校長室までは、全力で走って20秒と言ったところか。
幸い崩れた校舎とは別の校舎に校長室はあるため崩れてはいないはずだ。
問題は、夏美の安全確保、そして武器の確保
これが絶対だ。
勝てるかどうかはわからない。
この力を持っても、たかが高校生の力であの獣に傷を与えられるのかは疑問だ。
失敗したらまたリトライできると思う。
しかし次もこの力を得ることができるかは疑問だ。
だからこの一回であいつを殺す。
あいつに対する恐怖は、いつしか怒りへと変わっていた。
あれほど錆び付いて動かなかった体は、脈打つ血が潤滑油となり、温かい。
加速する思考の中で、夏美を見る。
今度は絶対助けるからな。
ここまでの思考で体感だが、3分つまり180秒
現実では、約0.2秒ということだ。
あの獣が門から現れるまで、10秒はあったはず。
夏美を安全なトイレに投げ入れるのに5秒
校長室へ向かうのに20秒
あの獣が俺か夏美かどちらを優先するのかわからないが、今まで全て夏美からだった。
もうあいつのやり口はわかっている。
ただ殺すんじゃなくて、絶望を与えてから殺したいんだろう?だから俺がいつも一瞬助かったと思ってから食い殺すんだろう。その反吐が出そうな性癖、利用させてもらうぞ。
俺は、どっかの僧侶のように憎しみを耐えたりしない。
やられたらやり返す銀行員の精神だ。
土下座はできないだろうが、変わりに命を取り立てさせてもらう。
そして、ギフトを止める。
加速していく世界は色づき始め、俺は夏美を全力でそばに寄せる。
「黙ってついてこい。」
「はぇ!?」
びっくりしながら俺を見つめる夏美だが、俺にそんな顔を見る余裕はない。
夏美の手を握りながら、トイレに駆け込み夏美を放り込む。
「え!ちょ!なに?」
無理やりトイレに連れ込まれた。その事実に夏美は混乱する。
「そこで待ってろ、絶対に出るな。」
何が起きたか何も理解できない夏美だが
剣也の真剣な眼差しを受けて、うなづいた。
え?なに?何でトイレに連れ込まれたの。まさか?え?ほんとに?
そんないきなりはダメだよ。乱暴なのもちょっとドキッとしちゃったけどこういうのは良くない。
命の危険があるときは、種の保存の本能がとか漫画で見たことあるけど。
完全に勘違いをしてしまっている夏美だが、
よくわからないまま彼女はトイレで座って待っている。
剣也は走った。
全力で、そして校舎についた時だった。
「ウォーーーン」
ケルベロスの遠吠えが聞こえた。
あいつがきたか。
なんとか先に刀を見つけて戦える状態にしておきたい。
校長室についたとき、
きゃーという夏美の悲鳴が聞こえた。
見つかったか。でも見つけたのは俺も同じ。
あった!刀だ。
俺は刀の入ったショーケースをたたきわり、刀をとって、夏美の方へ向かった。
夏美のもとへ戻ると、ケロべロスが必死に壁を壊していた。
しかしあの獣といえどコンクリートを粉砕するほどの力はないようだ。
だが少しずつ壊れている。
後1.2分もすれば完全に壊れて、夏美は食われているだろう。
そして俺はケルベロスの目の前まで走り、ギフトを使った。
思考加速10倍!
1000倍はながすぎで、戦闘に向かないと考えたため10にした。
自分の体も動かす必要もあるため1000だともう完全に感覚がない。
これは校長室に行くまでに倍率を変えながら試した結果だ。
10倍が動かしながら早いものを避けたりの戦闘に向くと考えた結果だ。
加速する思考の中で俺は刀を抜く。
銀色の刃は、一度も使われていないのだろう。とてもきれいだ。
そしてその刀を力任せに、巨大な足へ突き立てようとした。
しかし、刀は勢いよく地面に突き刺さる。
避けられた。
ケルベロスの顔を見ると、明らかに驚いている。
刀が向けられているからではない。
剣也の真っ直ぐな目を見て、微塵の恐れも自分に抱いていない、その目をみて驚いている。
この獣にとって人間は餌、敵ではない。
なのにこの餌は自分をまっすぐに見つめている。
あまつさえ殺意すら込めて。
不快だ、噛み殺したい。
絶望させてやりたい。そのまっすぐな目を歪ませたい。
怒りがこもった大きな咆哮をあげて、ケルベロスは剣也に襲いかかる。
「こいよ、糞犬。今回の餌は牙をむくぞ。」
剣也は、自らを奮い立たせるように強い言葉を使う。
今までの自分とは違うということを自覚するために。
窮鼠猫を嚙む。ネズミだって、追い詰められれば猫を噛む。
今度のネズミは、勝利しか見据えていないが。
そして今
神話の生物 地獄の番犬ケルベロスと
帰宅部のエース 地獄を乗り越えた少年の
たった一人の少女が見守る、たった一人の少女を守る英雄譚が始まった。
その第一章
彼女だけの英雄が、刃を構えて前を向く。
その熱く燃える瞳には、微塵の恐れも映さない。
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