第3話 PK
晴れて初心者プレイヤーを卒業した私はルンルン気分で森を回っていた。今は誰でもいいから人に会いたい気分だ。ここまで誰かの姿を追い求めるのは初めてのことで。これが初恋の気分か、とか狂ったことを考えていた。そして一切隠れることなく歩いていた私は、気付けば何かの視線を感じていた。
【敵対感知】スキルの効果だ。
パーティで周囲を警戒する役目の人には必要なスキルで、ソロプレイには絶対必須なスキルだ。
「……さて、どうするか」
逃げるか、戦うか。戦うにしてもどうするのが一番安全か。
いやそもそも戦えるほど私の装備は整っているのか。ほぼ初心者丸出しなのに。
戦っても勝てるビジョンは思い浮かばない。モンスター一匹まともに仕留めるのに二日だ。プレイヤーとなると勝手も違うだろう。
今すぐログアウトして逃げてしまおうか。プレイヤーとして殺されるのは変わらないが、私が殺されるのは避けられるだろう。
ああ、どうしよう……。
とか考えている隙に、木の陰から一人が飛び出してきた。
「やっちまえー!!」
大斧を持ったモヒカン頭が、叫びながら接近してくる。モンスターに比べると足も遅いが、しかし人に命を狙われるというのは、結構なストレスで一瞬反応が遅れてしまった。
「……ひっ」
「しゃー!!」
横薙ぎに振るわれた斧を、しゃがんで回避する。というより腰が抜けた。
視界がチリつく。端末についてるセーフティ機能で強制ログアウトされかけているのだ。しかしそんな状況の中、私は恐ろしいほど冷静に相手の武器を見ていた。
意識が、反転する。
大斧は攻撃力に高い補正が付くがスピードが下がる。大盾の攻撃版という感じだ。その分、短剣や剣と比べると防御力に補正もつくので、短剣じゃ倒すまでに何度切る必要があるか。
だが、それがどうした。
モヒカン頭を見る。170くらいはありそうな男。装備はその大斧によく合っている鎧だ。どこをどう見ても短剣など届きそうもない。
ああ、だけどそんなことは関係ない。
一度攻撃されかけたことで、私の中の理性のタガが外れてしまったらしい。
殺されるかもしれない恐怖心も、人であるものを殺すということへの抵抗感も、その全てが今この瞬間の好機を掴む欲求に塗りつぶされた。
今、今しかない。今こそが絶好の好機。鎧は分厚く、短剣など届きようも無いが、モヒカン頭を見せつけたいが為に兜は着けていないらしい。首が丸見えだ。
「……」
ほぼ惹かれるように私の体は半自動的に動いていた。
短剣をあの首に滑らすことだけを、意識の中央に置く。他のものは何も見えない。
いや違う。全てが静止しているのだ。まるで時間が止まったような。一応現実的な物理法則を再現しているらしいこの世界では風だって吹いている。風が吹けば草木が揺れて、森が歌う。だがこの瞬間はその全てが止まっていた。
短剣が肉を抉る。後はこの腕を引くだけ。すー、と白紙の紙に筆をなぞらせるように。ひたすら無心で私は短剣を動かす。こんなに何かに没頭したことはあっただろうか。
昔、実家の庭でアリを潰した時のことを思い出した。何も考えずただ無心で命を弄んでいた。無邪気に残酷に。
「あ」
短剣から感じた重い感触が無くなる。
気付いた時には目の前にいたモヒカン頭はいなくなっていた。
「ああ」
ほとんど一瞬だった。
短剣を当てた時も、腕を引いた時も、そしてモヒカン頭のアバターが光の塵となって四散した時も、私の頭は正常では無かった。あの一瞬一瞬をとても長いこと見ていた気がする。
そしてそれらが終わった時、私に残っていたのは強い倦怠感だ。
「そういえば、まだ残ってたような……」
周囲を見渡すまでもなく、私の前には二人のモヒカン頭がいた。分身とか幽霊とかでは無さそうだ。武器は手に持っていない。短剣とか短杖、もしくは拳で戦うタイプか。だとしても全く構えた感じがないのはおかしい。
「武器も構えずに出て来て、それが作戦?」
私が聞くとモヒカン頭二人はドンッと音を立てながらその頭を地面に叩き付けていた。
「ひっ」
急に理解不能な行動に出られて、張り詰めていた緊張の糸が解ける。それまではただのモヒカンだった二人が今は、滅茶苦茶怖いモヒカンになっていた。
「すんませんでしたー!」
と二人の音が叫ぶ。その言葉の意味を理解する暇もないまま、
「ご、ごめんなさーい!」
私も反射的に頭を下げていた。
頭を下げてから、あれ? 私何やってるの? と思ったが、もう遅かった。
多分、二人はあのモヒカン頭を瞬殺した私に恐れをなしたのだろうとは思う。でもそのすぐ後にこれじゃ、やっぱり弱い奴だと思われてしまう。そうなれば終わりだ。流石に二人を一気に相手出来るほど、私は戦い慣れしていない。
しかし二人の反応はこれまた私の予想とは違っていた。
「まさか、あんな見事なナイフ捌きだけでなく優しさも持ち合わせているとは」
「しかも可愛い!」
あー、これは……大丈夫そうだ。
私は短剣を鞘にしまった。とりあえず命の危機は去ったということである。
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