第23話 お門違い

 集落は、ひどい有様だった。

 防壁がわりの柵は破壊され、三つの建物が倒壊し、五人が怪我をして……一人が死んだ。

 幸いアウスの家は無事だった。不幸中の幸いといえる。


「……やられたわね」

「うん」


 少し落ち込む僕の隣でなお凛々しく立つ姉は、冷静に被害を受け止めているようだ。


「僕がもっとしっかり確認していれば……!」

「終わったことは仕方ないわよ。やれることはやったし」


 そう肩をすくめる姉に、狩人の一人が食って掛かった。

 唯一でた犠牲者の兄だという彼は、泣きはらした顔を真っ赤にしてがなり立てる。


「お前ら冒険者が守ってくれるんじゃなかったのか!? このざまは何だ!」

「少なくとも、あたし達は走蜥蜴ラプターを食い止めたわ」


 感情的に激昂する狩人に、姉は小さくため息を吐く。

 こういう時の姉は、どこか冷静を通り越して冷徹だ。

 男の悲しみはもっともだが、僕らはできる限りのことをした。

 これ以上ないくらいに戦って、被害を最小限に抑えたのだという自負が姉にはあるのだろう。


「この有様を見ろ!」

「“大暴走スタンピード”の被害としてはごく軽度よ」

「弟が死んだんだぞ! お前たちの不手際で!」

「……あんた、“大暴走スタンピード”なめてんの?」


 分厚く冷めた殺気を放ちながら、男を睨みつける。

 赤かった男の顔はあっという間に蒼くなり果て、膝を震わせて小さく後退った。


「たかだか銀貨十枚ぽっちであたし達に命までかけろっての? ここに駆け付けるまでに走蜥蜴ラプターを五十も狩ったわ。言ってる意味が分かる?」

「姉さん、そこまで言うことは……」

「ダメよ、ノエル。この無礼者に教えてあげないと。今回の戦闘で金貨何枚分の魔法道具アーティファクトを使ったと思ってるの? 危ない橋を渡って、大赤字になりながら戦ったってのに、この男はアタシたちの責任だと言ったのよ」


 男が怯えた様子で尻餅をつく。


「家族が死んだことには同情するわ。でも、依頼はここでおしまいよ」

「そ、そんな……! いや、オレは……」

「あたし達は調査に来たの。集落の防衛は依頼に含まれてないわ。今回は成り行きでサービスしただけ」


 大走竜ダイノラプターと“大暴走スタンピード”の兆候を調査する、というのが今回の依頼だったことを考えると、確かに僕らの目的は達成されていると言っていい。

 むしろ、“大暴走スタンピード”と思しき魔物モンスターの集団に対して防衛戦闘を行ったのは、過剰なサービスといったって過言ではないくらいだ。


「ノエル様、ただいま戻りましてございます」

「おかえり、チサ。どうだった?」


 姉が殺気を撒き散らす中、チサが音もなく戻ってきた。


大走竜ダイノラプターの足跡は森に消えておりました」

「ありがとう。お疲れ様」


 【ゴプロ君1号】を飛ばすにも魔力が必要で、範囲も限られる。

 追跡であれば専門家であるチサに任せた方がよいと思い、村についてすぐに頼んでおいたのだ。


「して、この状況はいかがされましたか?」

「ちょっとあってね」

「……この男が、村の被害はあたし達の責任だと言ったのよ」


 姉の説明を聞いたチサがピクリと眉を動かす。


「なるほど。では、早々に撤収いたしましょう」

「チサ?」

「そのような愚昧で恩知らずの輩の為に、わたくし達が命をかける必要はございません。まさに骨折り損というやつですよ」

「そうね。アウスに挨拶だけして、ガデスに戻りましょう」


 二人がそう言うなら、僕も特に言うことはない。

 すでに大赤字の状態で、さらに責任まで追及されるとなれば、ここに留まる理由はどう考えても見つからないのだ。

 少なくとも僕はアウスという男の為に手を貸しただけで、この集落に思い入れがあるわけではない。


 それに、僕は『一つ星スカム』だ。

 これ以上難癖をつけられて、何かしらの責任問題となれば……僕の場合はそれが命の危険にすり替わる可能性がある。

 仲良くなったアウスという青年の事を思うと少しばかり心苦しくはあるが、ここが引き際だろう。


 そう考えていた矢先、当の本人が広場へ走ってきた。


「すまない、待たせた。妻も無事で……えっと、何かあったのか?」

「いいえ。何もないわ」

「そうかい。とりあえず、手紙を書いたから冒険記録ログと一緒にギルドに提出してくれると嬉しい」

「わかったわ」


 差し出された手紙を受け取って、姉は周囲を獰猛にひとにらみする。

 村人たちは怯えた表情を見せて、目をそらした。


「……ウィルソンのところに送っていくよ。俺からも報告を入れておきたいし」

「あらそう? じゃあ行きましょ。ノエル、チサ、出発するわよ」


 姉に頷いて、その背中を追う。

 背後の広場からは小さなすすり泣きのようなものや、舌打ち、そして視線が浴びせられてどうにもいたたまれない。

 気持ちはわからないでもないが、僕ら冒険者は慈善活動家ではなく、金で危険な労働を請け負う専門職だ。


 同情や義侠心だけではやっていけない。

 しかも、それに責任までもつことはできないのだ。


「なんか、悪いな。村の連中、何か言ってきたんだろ?」

「ええ。少し気まずいですね」

「気にし過ぎよ。それより、奥さん無事でよかったわね」


 姉の言葉に、アウスが曖昧な苦笑を浮かべる。

 なんだか、父さんみたいな笑い方だ。


「どうも彼女、悪阻のせいで虫の居所が悪かったみたいでさ……家に近づいてきた大走竜ダイノラプターに気当たりを飛ばしたみたいなんだ」

「……気当たり?」

「はい。気当たり」


 『気当たり』とは優れた武芸者が使う、指向性の殺気を飛ばす技術だ。

 先ほど姉が放った殺気もそのようなものだが、それをアウスの奥さんが?


「それで大走竜ダイノラプターを追い払ったの? すっごいわね……」

「俺は詳しくは知らないんだけど、昔は冒険者だったみたいなんだ」

「ともあれ、奥様が無事でようございました」


 それは本当にその通りだと思う。

 大走竜ダイノラプターが集落に到達してしまったことをチサから報告された時は、アウス同様に僕も顔を青くしたものだが、こうして終わってみれば多少の被害はあったものの、“大暴走スタンピード”を止められた。


 小規模とはいえ“大暴走スタンピード”は“大暴走スタンピード”。

 これを冒険者ギルドに報告すれば、領主の耳にも届くはず。

 そうすれば、あとは領軍の出番だ。


 その間に、僕は破損した大型魔法道具アーティファクトを修復に向かうとしよう。

 うっすらとそんな計画を立てながら、僕は東スレクト村への道を歩いていくのだった。

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