第24話 街道をいく

 アウスと別れ、ウィルソンに事情を説明した僕たちは東スレクト村を出た。

 ウィルソンは一晩泊まっていけと言ってくれたが、これ以上のトラブルに巻き込まれたくないと思っていた僕たちは事情を話して固辞し、街道に向かったという訳だ。


「それで、どうする?」

領都ガデスに向かうんじゃないの?」

「依頼者のウィルソンに報告したんだもの。正式に記録ログは出さなきゃいけないけど、そこまで急ぐほどでもないわ。受け取れるのもはした金だし」


 なるほど、言われてみればそうかもしれない。

 アウスの書状はウィルソンが人を使って早馬をだしたし、その際に状況説明用の簡易記録ログも預けた。

 後は領軍や討伐依頼を受けた冒険者たちの仕事だ。

 第十二等級ルーキーである僕らの仕事は、終わったと考えてもいい。


「じゃあ、魔法道具アーティファクトのところに戻ろう」

「わかったわ。チサもそれでいいかしら?」

「もちろんでございます」


 ここから領都ガデスには、徒歩だと三日ほどもかかる。

 修理用具を購入に領都へ行くにしても、一度あの魔法道具アーティファクトのところに戻って修復を試みてからの方が、二度手間にならずに済むだろう。


 日が沈み始めた街道を三人で歩く。

 そろそろ野営の準備をしなくてはいけないな、なんて考えていると不意にチサが口を開いた。


「それにしてもノエル様はすごかったですね」

「ね。あたしもびっくりしちゃったわ」


 突然そう話を振られて、僕は首をかしげる。


「里にも魔法道具アーティファクトを使って任にあたる者はおりましたが、あのように多種多様な魔法道具アーティファクトを使って戦うのは初めて見ました」

「ノエルったら昔からすっごく器用なのよね。ヘンな魔法道具アーティファクトいっぱい作ってるし」

「ヘンとは失敬な」


 思わず憮然として言い返す。

 魔法道具アーティファクト製作は僕の中で唯一といっていい特技だ。

 こればっかりは姉にも負けられないし、父だって超えたいと思っている。


「もう、バカにしたわけじゃないわよ。独創性があるって言いたいの」

「あ、うん……ごめん」


 僕の様子に、隣のチサが小さく噴き出すようにして笑う。


「あ、チサまで」

「これは失礼を。お許しくださいませ」


 かしこまるチサを慌てて止める。

 責めたいわけではないのだ。


「でも、失敗はたくさんあったよ」

「そう? あたしには随分手慣れて見えたけど?」

「わたくしにもです。正直……その、驚きました」


 二人はそう言ってくれるが、僕にすれば緊張と恐怖の中でミスを連発していたように思う。

 例えば、【鉄の猟犬メタルハウンド】のような未完成の魔法道具アーティファクトを使ったせいで魔力を大きく消耗してしまったし、魔法の巻物スクロールももっと効果的な組み合わせがあったかもしれない。


 大走竜ダイノラプターを見失ったのも僕の失態だ。

 初めての大規模戦闘に中てられて、集中力と観察力を散漫にしてしまった。

 もし、父ならこのような失態は犯すまい。


 事実として〝大暴走スタンピード〟の被害を最小限に抑えられたという自負はある。

 だが、僕が気をつけていれば脅威自体を取り除けた可能性だってあったのだ。


「考えすぎですよ、


 黙り込んでしまった僕の肩に、チサがそっと触れる。


「あなたは立派に戦いました。〝英雄〟に相応しい戦働きだったと、このチサが保証いたします」

「チサ……」

「ですので、お一人で抱え込まぬよう。失態があるとすれば、わたくし達全員の失態なのです」


 チサの言葉に、姉がうんうんと頷く。


「そうよ。だいたい……三人で大群の走蜥蜴ラプターを仕留めたのよ? ちょっとおかしいくらいよ。でも、それはノエルが勝機を作ってくれたからよ?」

「僕が?」


 意外な言葉に、再度首をかしげる。

 僕は僕なりにやれることをしたとは思うが、そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。

 むしろ、第四等級冒険者の姉からすれば、『責めこそしないが、褒められたものではない』という評価ではないかと思っていたのだが。


「ノエルが最初にやった遠隔攻撃で走蜥蜴ラプターの数が減った上に、足並みが乱れた。おかげで囲まれずにすんだわ」

「ええ、まさに出鼻をくじく、といった風情でございましたね」


 ちゃんと役に立っていたのだと思うと、少し心が軽くなる。


「それに強化付与の魔法の巻物スクロールだって有難かったし、討ち漏らしを潰してくれたのも助かったわ」

「あの固定型弩弓による足止めも見事でした。あのようなものがあるなんて、初めて知りました」


 褒められすぎて、今度はいたたまれなくなってきた。

 と、いうか……その評価のどれもが、魔法道具アーティファクトによるもので、僕の実力という訳ではない。


 僕は起動させただけ。魔力こそ注ぎはしたが、僕自身が何か力を揮ったわけではないのだ。

 魔法道具アーティファクト職人でもある父が用意した恵まれた環境で、金貨を湯水のように使って準備した魔法道具アーティファクトを見せびらかしたに過ぎない。

 どれも、僕の実力というには語弊があるように思えた。


「あ、またなんか余計なこと考えてるわね?」

「うっ……」


 姉に看破され、僕は思わず苦笑する。


「結果が出てりゃなんでもいいのよ! あたし達は『無色の塔』の住人で賢人を目指す人間よ? どこに至るかが問題で、どう至るかは問題じゃないの」

「暴論が過ぎる……!」

「にゃにおう! 生意気な!」


 姉の励ましで、鬱屈したものは晴れた。

 そうとも。これでよかったのだ。


 魔法道具アーティファクトを使って、人の役に立つという目的は達成できたのだから、それを僕が否定するわけにはいかない。

 今回の結果は、僕の目指す結果の最初のテストケースとして十分だったと言っていいだろう。


「でも、うん。ありがとう、姉さん」

「わかればよろしい! さ、とっとと魔法道具アーティファクトを直して、家に帰りましょ。きっとパパもママも心配してるわ」

「そうだね」


 返事をしながらも、先送りしている魔法道具アーティファクトを起動する魔力確保の問題をどう解決するか考える。

 四十年後ならいざ知らず、この時代で携帯可能かつ大きな魔力を得る方法はかなり限られる。

 それを、どう手に入れるかが問題だ。


「どうされました? まだ何か心配でも?」

「ちょっとね。でも、魔法道具アーティファクトを修理してから話すよ」

「左様でございますか。なんでも遠慮せずに仰ってくださいね」


 そう微笑むチサに、少しどきりとしながら僕は頷く。


「あ、野営地が見えてきたわよ!」

「ようやく到着ですね」


 そう姉が指さす先には、小道と広場。

 何とか日が落ちる前に、野営地に到着できたみたいだ。

 夕陽がスレクトの草原を赤く染める中、僕たちは大急ぎで野営の準備を整えるのであった。

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